表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/83

第13話 絶対零度な彼女

「短い間ですが、お世話になりました」


 俺はニックとの模擬戦に敗れた。

約束は守らなければならない。


 ニックとの模擬戦を終えたあと、宿舎に戻り荷物をまとめる作業に取り掛かった。

と言っても、まとめる荷物は多くはないんだがな。

宿舎のメイドから、最低限の服と食料を分けてもらったのでしばらくは食いつなげるだろう。

結局その日が、宿舎で過ごす最後の日になってしまった。


 そして、翌日。

俺はここ出て行く。

見送りにお世話になったメイドや、アリアが来てくれた。

当たり前だが、ニックは来ていない。

アリアはいつも装備している大剣を今日は装備していない。

代わりに、騎士団の標準装備であろう片手剣を左腰に差している。


「アキト、すまない……

 本当なら私が責任をとるべきだというのに……」


 アリアの表情は浮かない。

勝てると自らで言ったがゆえに責任を感じているのだろう。

それにこの話を持ち込んだのは誰でもないアリア自身なのだから。

それでも、アリアに非はないのだ。


「いえ、むしろありがとうございます。

 一ヶ月間修行させてもらった上に、寝泊りする場所と食事まで提供してくれたんですから」


 その言葉にアリアは驚き、何かを口にしようとしたがやめた。

そして、右腰に提げていた皮袋から緑色に光るコインのようなものを取り出すと、こちらに手渡す。


「アリアさん……これは?」


「これは買い物や施設を利用するときに使う通貨だ。

 赤、青、緑、黄、銀、金の種類があって、赤が一番価値が低い。

 緑貨が二十枚あればしばらく大丈夫だろう」


 アリアから手渡されたのはこの世界の通過だった。

赤貨十枚で青貨一枚の価値、青貨十枚で緑貨一枚の価値……というように、十枚ごとに価値が上がっていく。


 ウォレスタで夕食朝食つきの宿をとると、おおよそ緑貨一枚の支払いが求められる。

アリアは今二十枚の緑貨を渡してくれたので、泊まる以外に少しお金を使ってもだいたい十五日は何とかなるだろう。


「いいんですか!?

 こんなに貰ってしまって……」


「詫びのようなものだ。

 このくらいのことしかしてやれないが、また会うときがあればその時はよろしく頼む」


 そう言ってアリアは深く頭を下げた。

上級騎士であるアリアが一般人に頭を下げるというの本来ならありえないことだ。


 上級騎士はその強さを国に認められている。

だから自らの地位に(おご)る者も多くいるのだ。

例え自分に非があっても、相手が悪くなることだってある。

アリアのようなタイプは上級騎士の中でも珍しい。


「そ、そんな頭を下げないでください……!

 お……僕は自分の実力で負けたんです。

 もっと実力がついたら、また来ます」


 これで終わりではないと言うように小さくガッツポーズをする。

今は未熟かもしれない。

騎士になるには実力も勇気も、そして志すら足りないだろう。


 しかし諦めたわけではない。

ニックや他の騎士に劣らない実力を身につけ、再びこの城を訪れてみせる。

そんな思いが俺の心のなかで湧き上がっているのだ。


「……それは、心強いな。

 私は……いや、私たちはいつでもアキトの帰りを待っているぞ」


 アリアの言葉とともに見送りに来ていたメイドたちが頷く。

初めて食事を振舞ってくれたメイドさん、宿舎で迷子になったとき部屋まで案内してくれたメイドさん、ニックとの対決のとき筋肉痛の処置をしてくれたメイドさん、服や食料を提供してくれたメイドさん。

全員の名前すら覚えていないが、この一ヶ月間とてもお世話になった。

そして、自らも騎士という立場にいて、一ヶ月間修行してくれたアリア。

圧倒的な実力の差を見せつけられた、ニック。

すべての出会いに感謝し、俺は往く。


「改めて、短い間でしたが、お世話になりました。

 また会う日があれば、その時はよろしくお願いします」


 深く頭を下げ、そしてアリアたちに背を向ける。

視界の端でメイドが頭を下げたのが見えた。

よし、行こう。

一歩前へ踏み出すと、後方から剣を鞘から抜く音が聞こえる。

思わず振り返ると、アリアが剣の切っ先を天に掲げていた。


「遥か空の同士ともよ!

 今ここに、志高き一人の戦士が生まれた。

 往け!新たな戦士よ!

 この者の往く先に、大いなる武勲あれ!!」


 言葉を背にするように宿舎を離れる。

足取りは決して軽いものではないが、確かに一歩一歩進んでいく。

またこの場所を訪れることができるようにと、願いながら。


「……そして、叶うなら今ひとたびの休息と、幸を与えたまえ」


 最後のに小さく呟かれた言葉は、どうしてかちゃんと聞き取れなかった。




「あー、

 この先どうしよ……」


 早速だが俺は途方にくれていた。 

北部にあるウォレスタ城から南下し中央通りを通った俺は、街の中央広場にあるベンチでこの先のことを考えて軽く絶望していた。


 しばらくはアリアから貰った緑貨二十枚で生活できるだろう。

だが、この先どうなるかわからない以上、無駄遣いは避けたいしできることなら節約したい。

それに緑貨が尽きれば生きていけない。


 何とかして通貨を稼ぐ方法も考えなければいけないのが現状。

ここは商業の街と名高いウォレスタ王都。

名のある商人から、一攫千金を狙う無名の商人まで幅広く存在する。

俺は商業の勉強などしてこなかったので、商売人として生きていくのは難しいだろう。

なら、この街にいる商人に雇ってもらうのが一番だろうか。


 建築関係では事足りても、商業関係ならイケるか?

スキルはないが、力仕事を必要とする商人は多いはずだ。

特に女性の商人だと男性の力があるとないとでは全然違うだろう。


「半魔族とかは力も強そうだし、先に雇われてる可能性高いだろうなぁ。

 まぁ、当たってみなきゃ始まらない……か」


 そう思いベンチから立ち上がり、中央通りから商業区へ向かうことにする。

中央通りから商業区へ向かうと、人がとても多い。

知る人は人通りを避けるため別の通りから商業区へ向かったりするのだが、細かい路地が多く迷いやすいのだ。


 その上、細い路地には柄の悪い連中が多いのもまた事実。

人の多ささえ我慢すれば変な奴らに狙われることもない。

「安心、安心」と人波をかぎ分けていると、不意に目の前からやってきた人とぶつかってしまった。


「あ、すいません!

 大丈夫で……すか……って」


 ぶつかった人に謝ろうと向いたとき、唐突にその瞬間はやってきた。

派手な赤い布のスカート。

鎧は装備していないようだが、腰にはレイピアを差している。

金色に煌めく瞳となだらかに揺れる赤髪をもつ女性は、かつて稽古場裏で見た女性その人だった。


「あ、君は!!」


 思わず叫ぶ。

女性は特別驚く様子もなく、やはりあの時と同じような目をしてこちらを見つめていた。

しかし、前とは少しだけ違う。


 どこか、視線が深い。

言うならば、初対面の時よりも興味深そうな目をしている……といえばいいのだろうか。

女性はぶつかった部位を軽く手で払うと、こちらへ向き直り口を開いた。


「……ルナ」


「……え?」


「……エルナ=リーズウェル。

 あたしの名前」


 燃えるような赤い髪とは逆の、冷たい氷柱のような声で彼女は名乗った。

エルナ=リーズウェル。

聞き覚えは……ない。


「あたし、昨日の試合を見てたわ。

 最初見たときはボロい護服みたいに寝てたけど、模擬戦の時は少し違った」


「ボ、ボロい護服って……」


 ボロ雑巾に近いニュアンスだろう。

エルナが言っているのは、最初に俺を見たあの日。

体力の限界を迎え倒れこんでいたときのことだ。

確かにあの時、今と比べると体力も筋力も劣っているし、剣技だってろくに習得していない。

剣技に限ってはあまり変わらないかもしれないが。


「一ヶ月でニックとあれだけ戦えれば十分。

 アリアの修行があったにしても、むしろ彼よりセンスあるんじゃない?」


 「まぁ、知らないけど」と付け加えエルナはその場を立ち去ろうとする。

呆然と立ち尽くしそうになるが、はっと我に返り彼女を引き止めた。


「ちょちょちょっとまって! まって!

 俺、君に確かめたいことがあるんだよ!!」


「あたしにはない」


 エルナはそう言うと髪をかきあげ、歩き始めてしまった。

エルナを見失うまいと追いかけ、あの時確かめたかったことを聞こうとするのだが……

あいつ、異常に歩くのが早い。

追いつくのが精一杯なほどに。


「……なに?

 しつこいとあなたのこと、嫌うわよ。

 あたしはあなたに用事がないの」


「だろうねその様子だと!

 いや、一回でいいから聞いてくれ! たのむ!」


「なぜ?

 あたし、人が嫌いなんだけど」


「さっきと言ってる事微妙に変わってないか!?

 俺を嫌う以前に人間が嫌いって……俺が人間以下になるってことか!?」


 瞬間、エルナが足を止めた。

ゆっくりとこちらを向くと、一言。


「そう」


 ただその一言を言うためにエルナは立ち止まったのだった。

俺だって人間だ。

人間なのに、人間よりも嫌われる。

哲学な何かなの?

そうしていると、俺の聞きたいことなど聞かせてくれないままに、またもエルナはその場を去ろうとする。


「ま、魔物だあああああああああああああああああ!!

 に、西門から、魔物が! 魔物が入ってきたぞぉおおお!」


 その時、突然誰かの悲鳴が聞こえてきた。

予想もしなかった出来事に、思わずエルナの足も止まる。

そうして俺は、この世界に起きる異変に巻き込まれていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ