第11話 勝利フラグ
ニックから一本取られたあと、短い休憩時間が与えられた。
理由は簡単。
とてもではないが、戦える状態ではないのだ。
身体が震え、立ち上がることすらままならなくなったので、アリアが休憩を申し出たことにより体勢を整える時間を得た。
アリアの肩を借りてなんとか控え室に戻ったが、自分が体験したことが未だに理解できない。
ニックの動きを目で追えず、気づけば一本取られていた。
これがもし実戦なら胴体を串刺しにされ死んでいた。
膝をついて自らを抱くようにしていなければ、どうにかなってしまいそうだ。
それでも死の恐怖が精神を支配していく。
怖い。
怖い怖い怖い。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。
呼吸が乱れ、身体が震え、視界が歪む。
「アキト!しっかりしろ!」
突如、両頬に衝撃。
現実へと引き戻されると、アリアに両頬を叩かれていたことを頬の痛みで思い出す。
果たしてその痛みによるものなのか、別の何かによるものなのかわからないが、自らの目からボロボロと涙が溢れていることに気づいた。
必死に涙を拭うが、その度に視界は濁る。
止まらない。
涙と、身体の震えが止まらない。
「アキト、落ち着くんだ。
まだ負けたわけじゃない。好機はある」
「で、でも、お、俺は……
俺は、いま、もう……!」
言葉がうまく繋がらない。
紡ごうとする言葉と感情の順番が滅茶苦茶になって、ただただ意味のわからない言葉を繰り返すだけ。
アリアがそれを笑いもせず、頷く。
「あぁ、わかる。わかるさ」と。
俺の肩を支え、何度も何度も頷いてくれる。
やがてアリアのおかげもあってなんとか落ち着いてきた。
呼吸を整え、自らを律するように握りこぶしで太ももを叩く。
筋肉痛の痛みがツンと走り、ようやく自分が返ってきた。
「す、すいません……
何か、怖くなっちゃって……
情けないです」
「そんなことはない。
アキトは今、初めて完全な殺意を知ったんだ。
それが正常なんだ」
アリアは俺を責めることなく、寧ろ肯定した。
ニックが剣に込める殺意は本物である。
なぜこれほどまでの殺意を込めることができるのかわからない。
しかし、相手がそれを向けてくるなら生きるために立ち向かわなければならないのだ。
あの時のニックを思い出すと、今でも身体は身震いする。
鎧越しなのにもかかわらず、鎧の下にある生身にも大きなダメージを受けていた。
少し身体を捻るだけで痛みが走る。
骨が折れているのではないかと思うほどの痛みだ。
だが。
もう、俺は負けたくない。
「……勝ちます。
もう、負けたくないです」
口から放たれた言葉は勝利を望んでいた。
ただ愚直に、感情のままに。
「……策はあるのか?」
「……ない、わけではないです。
やってみなければ、わかりません」
言葉とともに自らを奮い立たせ、立ち上がる。
アリアもまた立ち上がり、俺の目を見て一度頷くと穏やかな表情で微笑んだ。
ニックが見せるような嗤いではない。
信じるというのだ。
ついこの前まで素人でこの俺を。
「意外と熱血なんだな、アキトは」
「そうかも、しれません。
今は、ただ、勝ちたいんです」
「あぁ、勝ってこい。
お前は勝てる、なにせ私が剣を教えたのだ。
ニックに劣るものか」
再びコロシアムへ続く廊下を向くと、勢いよく背中を押され、足が前へ踏み出される。
それがきっかけとなり、足は一歩、また一歩と進んでいく。
恐怖で止まることなく、勝利を見据えて。