第9話 逆転の刃
稽古場での実践練習四日目。
ようやく本当の「実践練習」をすることになった。
アリアと模擬戦と同じルールで手合わせを行う。
素振りと軸合わせはまだ完璧ではない。
しかし時間がないのも事実。
俺はアリアとの修行が終わったあとも素振りや軸合わせの復習をしていた。
それでもまだ、いや、まだまだ完璧とはほど遠い。
アリアとの手合わせでコツを掴めるといいのだが。
それから約数時間後のこと。
アリアとの手合わせでコツを掴めればいいと考えていた自分が憎い。
結果から言えば、合計三十回にも及ぶ手合わせで一度もアリアの鎧に触れることができなかった。
地面に片膝をつき、荒い呼吸を無理矢理整える。
顔を上げるとそこには絶対強者の姿が写し出される。
アリアは手加減しているのかそうでないのかわからないほどに攻めてきた。
基本動作である縦振りだけでなく、突きや斬り上げも駆使し俺を地に侍らせる。
その度に立ち上がり、剣を構え、視線の先の絶対へと向かうもそれから放たれる攻撃に何度も土を舐めた。
こちらから攻めることはできず、剣の刀身で受け止めたり受け流すことで精一杯だ。
恐ろしいほどまでの力の差。
わかっていたはずだ。
それなのに。
一度も刃を突き立てることができないことが悔しいのだ。
三十回目の手合わせが終わり、アリアは今日の修行は終わりだと告げる。
しかし、これで終われるはずがない。
最後に、もう一度だけ。
「アリア、さん。
もう一度……もう一度だけ、お願いします」
呼吸は乱れているし、身体も重い。
精神だけが、身体を動かしている。
その様子を見たアリアは何か言いかけたが、やめた。
「……わかった、これが最後だ。
剣を構えろ、好機を無駄にするな」
俺はアリアの声とともにゆっくりと立ち上がり、剣を構える。
「ふぅ」と一息吐くと自然とそれが手合わせ開始の合図となった。
瞬間から繰り出される、突き。
俺がまだ習っていない特殊動作だ。
先ほどまでの構えから打ち出されたとは思えない速度と威力。
なんとかそれを剣で横から払い除けた。
同時に、俺の胴を遮っていた剣が消える。
払い除けられたアリアの剣は、まるで意志を持った生き物のように動く。
突きは斬り上げへと変化し、襲いかかる。
しかし、それを寸前で回避。
身体を捻り、剣を斜め右下へ構える。
斬り上げを斬り上げで制しようという寸法だ。
だが、放たれる斬撃は目標へと触れることができなかった。
アリアは、自らの斬り上げを放つ際に左足を一歩後ろに下げていた。
本来なら攻撃が当たる位置に、アリアの半身が存在しない。
剣が虚空を切り裂いた瞬間、真横からの斬撃。
それはギリギリで避けられるものの、ペースは完全にアリアのものになった。
次々と繰り出される攻撃を受け止め、受け流し、避けることしかできなくなっていく。
攻撃のチャンスが見当たらない……!
次第に体力が削られ、ジリジリと追いつめられていく。
これでは、だめだ。
勝つことができない。
どうやっても無理なのか。
一体どうすれば。
一体どうすれば目の前の相手を倒すことができる?
そうだ、信じるのだ、その鎧を。
そうだ、信じるのだ、その剣を。
そうだ、賭けるのだ、その命を。
ならば
視えるはずだ。
その瞬間、視界に、一筋の光が見えた。
いや、光とは形容し難い何かだ。
それが一筋、俺の剣からすーっと伸びている。
繋がる先は、アリアが持つ剣のほんの僅かな隙間。
しかし、わかる。
その線が示すルートを剣で辿る。
スルスルと自然に動いた剣は、何の邪魔も入らないまま動きを止めた。
衝撃も、音も、色も、すべてを置き去りにして結果だけが場を支配する。
剣先は確かに、アリアの鎧を捉えておりその鎧を青色に染め上げていた。
時が止まったかのように錯覚するほどの静寂。
一秒、二秒。
ゆっくりと時は刻まれていく。
やがて、俺が疲労に耐えきれずその場に片膝をついたことをきっかけに、世界は音を取り戻した。
決着だ。
「……やるじゃないか、アキト」
ガランと剣が地面に落ちる音がする。
それは俺の持っていた剣ではなく、アリアの持つ赤い剣であった。
完全に隙を突いた一撃ではない。
だが、自らの手と目はあの感覚を覚えている。
もう一度感覚を確かめたい。
そう思うも、身体は限界を迎えているため、立ち上がるどころかアリアに対して何も答えることができなかった。
しかし、歪む視界の端に驚きと、どこか嬉しそうなアリアの顔が見えたのは間違いではないだろう。
三十敗一勝のお世辞にも良いとは言えない成績だが、確かな一歩を踏み出せた気がする。