第8話 チュートリアル
アリアと修行を初めてから、約二週間が経った。
身体も運動に慣れてきて、走り込みや基本的な筋力稽古での筋肉痛は軽くなっている。
運動に支障がないレベルの筋肉痛なので、筋肉痛の場所に応じて稽古を変更。
筋肉に負担をかけすぎないようにというアリアの配慮だ。
修行により精神と肉体、どちらも成長している。
しかし、まだ武器を使った実践練習はしていない。
赤髪金眼の女性にもあの日以来会えていないし、異世界での生活は順調ではあるものの、どこかもどかしい。
この日もいつものように走り込み終えた。
街の中と外を一周ずつ。
それなりに疲れはするが、休憩時間でそれも落ち着く。
走り込みの疲れを広場で癒していると、アリアが近くへ寄ってきた。
「お疲れ、アキト。
そろそろ実践練習も加えていこうと思うんだが、大丈夫か?」
「お疲れさまです。
はい、大丈夫です! いけます!」
迷いなど感じられないほどの速度。
待ってましたと言わんばかりに答えてしまった。
アリアは「期待しているぞ」と短い返事をすると、稽古場の方へと向かっていく。
しばらく休んで、すぐに俺も行こう。
十分ほど休憩したあと、訓練場へと向かう。
すると、先に稽古場の使用権を得ていたアリアが待っていた。
足下には真っ白な防具が二組と、青い剣と赤い剣がそれぞれ置いてある。
「来たな、アキト。
まだ模擬戦の規則を説明をしてなかったから、先に教えておく」
アリアは足下の赤い剣と白い防具を持ち上げる。
そのまま赤い剣で白い防具を攻撃すると、攻撃を受けた場所が赤く変色した。
「このように、剣で攻撃すると防具が変色する。
変色した部分が致命傷と判断されたら一本。
今回は模擬戦だから二本先取だ」
「無論、剣での攻撃以外で鎧は変色しない」と付け加えるアリア。
模擬戦のルールは思っていた以上に単純だ。
変色した部位が致命傷と見なされれば一本ということなので、細かな変色は一本とみなされないようだ。
模擬戦といえど実戦を想定しているため、戦闘続行不可能レベルの攻撃が一本として判定されているのだろう。
アリアから青い剣と防具を受け取り、早速装備してみる。
防具は頭、胴体、篭手、脚のパーツに分かれており、思ったより軽く、それでいて丈夫だ。
頭を守る防具はヘッドギアのような形で、胴体は鎧のような形状をしている。
先ほど赤く変色した部分は色が薄くなっており、時間の経過で色が消える仕組みになっているようだ。
剣も防具と同じように軽い。
ある程度の重さはあるものの、取り回しに不便さを感じない程度だ。
逆に考えれば、鍛え抜かれたニックにとっては武器と思えないほどの軽さということだ。
まずは武器の使い方と基本動作、そして応用。
模擬戦までにどれくらいマスターできるかわからないが、それでも全力は尽くそう。
「そういえば、模擬戦まであとどれくらいなんですか?」
「そうだな、今が一番星、山の四……
試合の日は二番星、太陽の一だから、あと七日くらいだ」
俺はまだこの世界の暦を理解していない。
そのため模擬戦までの日数計算もできずにいたのだが、あとわずか七日で模擬戦と考えると時間がないなんてものではない。
一分一秒も惜しい、そんなレベルだ。
「そ、そんなに時間ないんですか……?
大丈夫なんですかね、俺……」
「アキト次第だ。
実践練習でどれだけ吸収できるか……期待しているぞ?」
アリアは剣を構えると、軽く一振りして感覚を確かめてからもう一度振った。
何度か素振りをして完全に感覚を掴んだのか、こちらに向き直ると剣の構えを真似するように指示する。
剣先を相手の目、場合によっては喉元に向けるように構える。
柄の部分を握るとき、利き手が鍔に近くなるようにするのが基本だ。
「ニックはスタンダードに構えてはこないだろう。
身体を横向きにして、剣を脚で隠すようにしてくるはずだ。
剣が見えないから相手が攻めかねるし、ニックは手が早い。
防御も攻撃も一瞬だ」
「一瞬……」
「もちろん、何度も言った通りまともに戦えば勝ち目はない。
だが、アキトの隙を見つけて攻撃してきたニックにカウンターを打ち込むことができれば引き分け。
運が良ければ勝つことさえできる」
アリアの秘策。
相手の攻撃に合わせて、こちらも攻撃を叩き込む。
何も考えずに攻撃するのではなく、絶好のタイミングで。
隙を突いた攻撃のさらに隙を突く。
これが対ニック戦での必殺と成り得るのだ。
基本的な動きができなければ難しいだろうが、これを成さなければ勝ち目はないと言ってもいい。
模擬戦までの七日間で基本的な動きとカウンターを会得するのが勝利への一歩だ。
「まぁ、その前に基本からだな。
素振りから始めるぞ、アキト」
そしてアリアはまた剣を構えた。
先の感覚を思いだしもう一度剣を構えてみる。
構えを維持したまま、剣を頭上へ持って行き、そして振り下ろす。
剣身がブレないように、構えも崩れないように、振り下ろす。
単純な動きだが、それ故に難しい。
何度か動きを繰り返すうちにコツを掴んでいくが、少しでも気を抜くと剣身がブレてしまう。
この動きが自然とできるようにならなければ、実践や実戦で使い物にならないとアリアは言う。
結局この日一日は素振りと相手への軸合わせだけで実践練習は終了した。
実践と言えるのかといえばそうではないのだが、ただ筋力稽古をしてるよりも身になっているような感覚だ。
稽古場での実践練習二日目。
今日も素振りと軸合わせ。
昨日と違う部分を挙げるとすれば、縦振りだけではなく、横振りを交えた素振りであったことだ。
アリア曰く、剣を横に振るということは形式上まずありえない。
しかし、模擬戦や実戦となれば話は別。
縦、横、斜め。
様々な方向へ剣を振ることが考えられる。
斬り上げや突きなどの特殊動作も必要になってくるが、武器種によって異なる精度が必要なのだ。
技の練度を高めることは短い期間では難しい。
模擬戦や実戦を通して成長する部分もあるので、あくまで基本と秘策であるカウンターだけを教えると言う。
「実際に動いてみるとやっぱり難しいですね……
こう、剣が自分の意志通りに動いてくれないっていうか……」
「そうだろう。
感覚を掴みきれていないだけでなく、まだ信頼関係もないからな」
信頼関係?
信頼関係というものは基本、人が人、または動物などに対して成立するものだと思っていた。
それを無機物である剣に対して向けるというのはなかなか難しい。
その疑問を察したのか、アリアは微笑し、そして語った。
「剣や鎧、盾などは己の命を預けるものだ。
特に剣は、時に相手の命を奪うもの。
防具に対しては、自らを守ってくれるという信頼。
武器に対しては、相手を倒すことができるという信頼。
こちらが信頼を寄せることで、武器や防具はその性能を存分に発揮してくれる」
アリアは、「まぁ、要は思いこみだ」と付け加えたが、アリア自身が思いこみで武器を振るい、防具を纏っているわけではないだろう。
ドラゴンとの戦闘時、ブレス攻撃の予備動作中に飛び出していったのはこの信頼関係があってこそのもの。
命知らずといえばそうかもしれない。
武器への信頼、防具への信頼。
これもまたニックとの戦いにおいて重要になるのかもしれない。
「さぁ、続きだ。
剣を構えろ、素振りからいくぞ」
「はい!」
今日からはアリアの語った信頼を意識してみよう。
きっと、前の自分よりも強くなれるはずだから。