公爵令嬢は悪魔なのか?
ログナー大公の領地は地獄の底。
公爵は加虐趣味の色狂い。
夫人は派手好きの選民思考。
子息も揃いも揃って鬼畜外道の極み。
ああ、でも一番恐ろしいのは一人娘。
無い罪を作り上げ残酷な刑罰に処すラケル嬢。
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狂った笑い声が響き渡る。
広場を満たすその合唱を奏でているのは老若男女の市民達。されど心から歓んでいる者はこの中にどれ程いるだろうか。何れも淀んだ瞳は虚ろに此度の犠牲者を見つめている。
哀れみと、諦めと、少しの憤り。
歓びとは程遠い思いを抱きながらも彼らは歓声をあげなければならなかった。理不尽な世界の住人達は血に飢えた死神の目に付かないように、彼女が望む様に振舞う事を強いられているのだ。
だって、彼女の目に付いてしまったら。
「あら、あなたとぉっても不満そうね」
可憐な声が罪状を読み上げて。
「死刑よ。今日私とっても機嫌がいいの。だから首刎ねで許してあげる」
無慈悲に理不尽な罰を下すのだ。
兵が新しい贄と追加された男を引きずり出しながら、異質な刑は続く。
令嬢自ら手掛けたという断頭台には既に今日の獲物が設置されていた。罪状は謀反罪。実際には領主への不満を言っただけの、謀反の意すら定かではないもの。
漏らしてしまう者は少なくない。それを警邏隊に聞かれてしまった男がひたすら運がなかった。
「お と せ」
少女の声と共に凶器を押さえていた力が消える。
高い所から低い所へ。何の制限もない物が上から下へ落ちていく事は道理である。
美しく刎ねる事を追求した狂気の産物は創造主の御心のままに獲物に襲いかかった。その結果として首が宙へ舞う。
幸運の女神像と言って男が年中離さず身につけていた首飾りは鎖を断ち切られて無様に血に落ちる。
死の間際、宙を舞う男の目は見開かれていた。
運に見放された男が最後に見たのは
死神のような令嬢の笑みが呆然とした表情に変わる瞬間だった。
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私は生まれ変わりなんて信じていなかった。
魂? 霊? 非科学的である。オカルトに興味はない。
科学信者とは言わないが、見た事がない物を信じるのも難しいものだろう。
だから死ねば無に帰る。死んだ後の世界なんてない。
そう思っていました。
オオオオオオオオオオオオオ。
宙を舞う人間の頭。
地鳴りする程の歓声。
そんなものに祝福されるように
ラケル・ツェン・ディ・ログナー令嬢の意識を食い破って令嬢の前世こと私、高橋明奈は令嬢に成り代わって再誕を果たしたのである、まる。
いや、どんな世紀末だ。
前世の自分も聖人君子然とした人間とは口が裂けても言えないが、こんな悪鬼のような人間ではなかった。少なくとも拷問処刑は好まない。
そしてうっかり精神乗っ取られるぐらいメンヘラでもなかった。前世の記憶を思い出しただけで私になってしまうとはなんて情け無い来世よ。
メンヘラと拷問好きが合わさった結果がこの地獄絵図と思うと、少女漫画の修羅場も的を得ているもんだと現実逃避したくなる。現実は御伽噺よりつらたん。真理だね。
つらつらと考えている間にも首刎ねマシーンに第二球よろしく犠牲者がセッティングされていく。
ちょ、ま、タイム!! と言おうにもそんなシステムは実装されていない。縁起でも笑えもしない犠牲フライが空高く舞ってしまう前になんとか手を打たねばならない。
今こそ働け我が灰色の脳味噌!!
……空を飛ぶあの極彩色の鳥が気になって動かない。
よく考えればそんなに焦らなくても執行の合図私だからとちらなかったら大丈夫か。落ち着いたら妙案が浮かんできた。
「止めよ」
なるべく威厳たっぷりに兵に告げる。
そして間髪入れずに次の指令を下す。
「雲行きが怪しい。今回はここまでだ」
天は私に味方している!
さっきまで雲ひとつなかったのに黒い雲が空を覆い始めている。なんてグッドタイミング。
「その男は牢にでも入れよう。沙汰は追って下す。屋敷に戻ろう」
矢継ぎ早に言えば、優秀なメイドが素早く帰還準備を整えてくれた。流石メンヘラ悪鬼令嬢付きメイド、仕事が出来ない奴は皆死刑にされるブラック企業真っ青の地獄職場の歴戦の勇士である。
メイドに導かれるまま、私はその場を後にした。
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未だ人が残った静まり返った広場。
そこを見下ろす時計塔に彼女はいた。
震える腕で弓を抱きしめて、彼女はただ恐怖に怯えていた。
彼女は公爵令嬢を殺す為にここにいた。
当然こういった狙撃に適した場所、警備がなかったわけではない。その為の仲間の囮作戦。
仲間わざと目に付く真似をして、その隙に壁を走り登って屋根まで移動。捨て身といっていい危険な囮を引き受けたの、仲間が彼女を信じたからだ。
その彼女は、今屋根の上で子供のように震えていた。
---確かに目があったのだ。
見通すような青い目と、自分の目が。
そして自分が怯んだ隙に隙なく鮮やかに去っていった。
朗々とした声は戦意を打ち砕き、仲間を連れ去っていった---
仲間が捕まった時、彼女は既に持ち場についていた。
男の首が刎ねられた時、弓に矢をつがえていた。
確かに殺す、そういう覚悟が彼女にあった。
だが今、彼女には何もない。
いや一つの確信が残っている。
冷酷非道な悪鬼であった令嬢が今ではそれを上回る怪物になったのだ、と。
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馬車に乗って、あの混沌とした場所から去ってやっと一息つけた。あんな所にいたら精神が汚染されてしまう。
緊張が解けたせいかうつらうつらと船を漕いでしまう。
心地良い眠気に抗いながら今後の方針を考える。
さてまずは一体どう令嬢を演じるか、だ。
例えば原作のジャイ◯アンに劇場版を差し替えたらどうなるだろう。うん、おかしいよね。
悪鬼要素を抜いてきれいな令嬢になる!というのはまずはなしだ。悪鬼を維持するのも私の精神衛生上大変よろしくない。よって段階を踏んで穏やかにしていくのがベストだろう。
次にこのままいけば社会の汚物こと我が公爵一家は消毒の運命が近い。人の怨みは蛇並みなのだ。ヘイトを貯め過ぎるとおそろしい報復がくると相場で決まっている。
貯まった怨みは仕方ないので、これ以上増えないように管理するのと来る報復に備えるしかない。
悪鬼令嬢の凄惨な処刑はヘイト上昇値が半端じゃないものの戦意喪失にはこれ以上ない効果がある諸刃の剣。今後刑を執行しないならそれに変わるストッパーが必要なわけで……。
…………。
ぐぅ……。
はっ。
うっかり寝てしまいそうになった。
瞼の反抗期のせいで目が開かない。睡魔に負けてはダメだ、ファイト私!
「お嬢様はお休みになられているのか?」
「疲れていらっしゃるようでしたもの。早くお部屋にお連れしないと」
……なんか止まってると思ったら家に着いていたようだ。
私専属の騎士とさっきもお世話になったメイドさんの声だ。
「そういえば、捕まえた男が反乱勢力の奴だったようだな」
ほう?
「ええ、流石お嬢様。反乱の芽を逃さぬ慧眼に私惚れ直してしまいましたわ」
「恐ろしい人だよ。だからこそ俺はお嬢様に着いていくと決めたんだが」
「私はお嬢様だから着いていくんです」
……何この人望。
思わぬ伏兵過ぎて吹きかけたじゃないか。
しかし良い情報だ。身近な人間が味方なのは心強い。
まぁ悪鬼令嬢に心服してる時点である程度人間壊れてそうだが。
っと、体を抱えられたみたい。
メイドさん力持ちだな。てかもしかして姫抱きで帰還?
何それ恥ずかしい。寝たふり寝たふり……。
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アーデルハイトにとってラケル・ツェン・ディ・ログナーはただの齢12の令嬢ではない。
仕えるに値する最高の主、理想の人である。
といってもまだ幼い主は抜けている所がある。それを補う事はメイドとして当然の義務であり有難い誉れと彼女は考えている。
美しい主。
まだ幼い覇王の卵。
アーデルハイトがこの価値がない地獄で出会えた輝ける姫。
その道具として扱われることこそがアーデルハイトの喜びであり生き甲斐である。
そう、彼女は道具である。
元より主は遥か先を見通す慧眼の持ち主。彼女の考えなど休むに似たりなのだろう。
故に彼女は今聴覚を研ぎ澄ませる。
それが待機を命じられた彼女に唯一出来ることだから。
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少し休んで英気を養った所で行動開始。
反乱勢力さんと接触しちゃおう計画始動です。
人間は易きに流れやすい。そして嘘は突き通せば嘘じゃない。
正義感が強い人間がか弱い女の子に出会ってどう思うだろうかな?
ご協力はメイドさんとその他です。
さぁ主演は私。客はたった一人。
彼の為に幕を開こうか。
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計画は失敗に終わった。
要とも言える狙撃手のメランダを責めることは出来ない。
あの時自分もあの悪魔に圧倒されたのだから。
拷問が終わって牢に放り込まれてどれほど経っただろうか。
小さな足音が耳に入ってきた。
足音は次第に近付いてきて、そのまま自分の牢を通り過ぎようとして。
「……そこにいるの、だれ? 」
囁くような声に緩慢に顔をあげれば憎い顔が目にうつった。
怒声をあげそうになって、あげる気力も出なくて呻き声が虚しく牢に響いた。
強く睨みつけても臆せず少女はこちらに寄ってきた。
「みないひと、だね。あきな、しってる?……あきなもしらないんだ」
たどたどしい口調。奇妙な話し方。
気が触れたような人間だったが、また別の方にぶっ飛んでいる感じだ。
そう感じてからよく観察して、あの悪魔と幾つか相違点がある事に気付いた。
姿形は瓜二つ。
だが派手なフリルとレースのドレスの悪魔と違い質素なワンピース。両腕に抱いた大きなぬいぐるみは所々ほつれ綿がはみ出ている。長い髪を遊ばせている悪魔と違いツインテールの髪型。冷たい牢獄を当然のように立つ小さな素足。
大事に育てられている令嬢とは思えない格好をしている少女。見れば見る程自分の知るラケル・ツェン・ディ・ログナーとは別人のように見える。
しかし罠かもしれない。
あの悪魔なら考えられる。
油断せずに様子を伺う。
「はじめまして、おにいさん。わたしは、レイチェル。この子は、あきな」
レイチェルと名乗った少女はぬいぐるみを指してあきな、と言った。
先程話し掛けていたのはどうやらぬいぐるみだったらしい。
しかしレイチェルというのが偽名とするにはお粗末すぎる。ラケルの読み違いに過ぎない。
ここは会話を繋げてみよう。
「俺はクロード、だ」
よく使っている偽名の一つを名乗る。
レイチェルの顔を伺うが、特にこれといった反応はない。
「くろちゃん、だね。よろしく」
くろちゃん!?
凄い渾名だ。初めて聞いたぞ、その略し方。
「ああ、よろしく。レイチェル」
心なしか、機嫌悪そうになったような。
「レイシー」
「ん?」
「くろちゃんはトモダチだからレイシーでいい」
いつ俺たちは友達になったのだろうか。
クロードはくろちゃんなのにレイチェルはレイシーなのか、普通過ぎる。
「あと、あきなのこと、わすれてる」
ずぃっとぬいぐるみを出される。
確かにこういったものに感情輸入して友達扱いする年頃は存在するが、5、6歳ぐらいのことだ。
俺は勿論レイチェルぐらいの歳の令嬢がすることではない。
だから、対応に困る。
「ああ、悪かった、レイシー。……そしてよろしく、あきな」
結局真剣な眼差しに負けて「あきな」を認めることになった。
嬉しそうな表情にほっとする。
「くろちゃんはやさしいね」
ぽつりと零された言葉は不意打ちで。
思わず少女を呆然と見てしまう。
「いなくならないで。おいてかないで」
俯いた表情は見えない。
たどたどしい悲痛な声が胸をうつ。
「…………」
急な展開に頭がついていかない。
何か声をかけないと、そう思うのに言葉は喉につっかえる。
やがて顔をあげた少女は遠くを見るように虚空を眺めた。
「……わたし、いかなきゃ」
辛そうな顔で、それでも笑顔を無理矢理浮かべてレイチェルは俺に笑いかけた。
「くろちゃん、またね」
レイチェルがもう一度ここに来た時、自分はまだここにいるのだろうか。
俺の中で、レイチェルとラケルは既に別人になっていた。
悪役令嬢ってこういうことですよね?()
双子も二重人格もどっちも好きな作者です。
今回はこの短編を読んで頂きありがとうございます。
悪役令嬢でヒロインざまぁーっ!m9(^o^)
っていうのやりたいなぁ→こんな設定でこんな感じで→前日譚すら終わらない*\(^o^)/*いまここ
登場人物の全員に無計画に自分の好きな要素詰め込んだ結果がこれだよ。全員に見せ場作りたい。カットしたく無いでござる。
でも犠牲者さんのサイドストーリーはカット。犠牲の犠牲になったのだ。
長々長文失礼しました。
ラケルちゃんはどうなったのか?
クロード(ロリコン)の運命は?
また機会に恵まれたら投稿したいと思います。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。