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ふんどしになって 中

しばらく眠っていたようだ。目を覚ませば、先程の薄暗い洞窟とは異なり、太陽の日差しが感じられる土を見ていた。これからの景色がだいたいこんなものだと思うと、気が滅入るわい。


「こらー!出てきなさいよ!」


ヒカリが大声でわめきたてている。ドン、ドンと木製の何かを叩く音が響く。どうやら、悪代官の屋敷の戸でも殴っているのだろう。



「出てこないって言うんなら、こーなんだからっ!」


気合いを入れた一撃を放ち、ビリビリと振動がワシにも伝わってくる。派手な音を立てて、木が折れる。凄いなワシの力。こんなものが使えたら攻城がどんなに楽だったか。


「どーだっ!じゃあ、勝手に入るかんね!」


ワシの景色も再び動き出した、と思いきや、数歩歩いたところで止まる。


「やれやれ。こちとら召し使い候補の選別に忙しいというのに…一体誰だ?」


なんだかキザったらしい男の声が聞こえる。この声が悪代官なのか?


「陽光学園一年一組、諸星ヒカリ!あんたの好きになんてさせないんだから!」


「やれやれ、その身なり…セイフク、と言ったかな?どうやら異世界の人間のようだなぁ。こちらの事情に首を突っ込むのはやめていただきたいところだ」


「うるさい!ネー姉さんはあんたらなんかに渡さない!」


「元気なのはよろしいが、やかましい女は僕の好みじゃないなぁ。悪いが、ここで死んでもらおうか。先程手に入れた大遺産の威力を、試しがてらにね」


「なっ…あなたも大遺産を!」


「…≪あなたも≫?」


その言葉を聞いて、男は高笑いをする。


「丁度良い!貴様の大遺産もいただいて、僕の覇業の礎になってもらおう!」


「難しいこと言ってんじゃないわよ!」


「さぁてぇ!諸星ヒカリ、この瓶に詰まっているものは、わかるかな?」


「はぁ?それがなんだっていうのよ?」


「これは大遺産だ。鑑定の結果、貴様の居た世界から来た耳垢だ!」


「げっ…」


明らかにヒカリが引いた。まぁ、耳垢だしな。


「この耳垢を喰うことで、大遺産を我が物にできると言うわけだ!ハーハッハッハ!」


「…ぉぇ」


多分食べたんだな。それを見てヒカリはえづいたんだな。


「ふーふふーん。体中がみなぎる。もはや僕に叶う人間なんているのだろうか?いや、いない」


「反語なんて使ってんじゃないわよ!さ、さっさとかかってきなさい!」


「まぁそう慌てるな、すぐに楽にさせてあげる…よ!」


言い終わりと同時に、男が駆け出す。んー。こいつは分が悪いな。


ドスン、と鈍い音が響く。ヒカリの呻く声がなんとも痛々しい。男は高笑いをあげながら、その力を顕示しているようだ。


「素晴らしいぞ!パワーもさることながら、この速さだ!誰にも追いつけやしないだろう。ほら!ほらぁ!さっきまでの威勢はどうした!諸星ヒカリぃ!」


「ち、ちっくしょー…」


絶え間ない攻撃に耐えきらなくなったのか、ヒカリ空高く跳躍した。一瞬ではあったが、赤い髪をしたつり目の男が見えた。そしてこの世界の家屋などが見えるほど飛び上がったので、さながら鳥のような景色を堪能できた。


「おい、うつけ。こりゃーお前の敗けだ」


勝負は見えている。これ以上続けるのは愚の骨頂。


「うるさい!まだまだこれからなんだから!」


あー、どいつもこいつも。鼠野郎や狸の坊主のような賢いやつは、どこの世界でも少ないな。


「早めに退くのが吉ぞ。これ以上はなにも言わん」


こやつが死んでも、ワシには関係ないからの。


景色が地表に近づき、大きな土煙をあげて着地する。



「ふっふっふ。そろそろ降参したらどうだ?力の差は歴然だろう?」


「馬鹿じゃないの?降参なんてしないんだから」


「貴様が一体どんな英雄の大遺産を手に入れたか知らんがなぁ。所詮はこの≪明智光秀の耳垢≫には勝てんのだよ!」


あぁん?


「えっ?明智光秀?!」


ワシのことを多少なりとも知っているヒカリも、狼狽していた。


「ほほーう、知り合いか?貴様らの世界でどういった人間だったかは知らんが、格が違ったのだよ。使用者の、そして大遺産のなぁ!」


こいつぁ…なんとも因果な巡り合わせよなぁ。


「おい、うつけ。気分が変わった。退け」


「嫌だ!」


「勝ち方を教えてやると言っているのだ。それともなにか?貴様の下らないプライドで、ネールをこやつらに連れてかれて良いのか?」


「なっ!何でその事を!」


「わしゃー信長ぞ?この程度のこと朝飯前より前じゃて。ほらほら、目的を見失っちゃぁいかん。はよぅ退け」


ヒカリは悔しさに歯を食い縛る。ギリリと擦れる音がなる。


「お、覚えてなさいよ!このツンツクリン!」


そう吐き捨てて、踵を返して逃げるヒカリを、男は追うこともなかった。なるほど、こいつは思った以上に簡単かもしらんな。




「ここまでこれば、大丈夫かな。…多分」


どれくらい走ったか、どうやら森の中に入ったようだ。追っ手の声も、騎馬の地響きも聞こえない。無事逃げ切れた。と言うよりも、追っ手を差し向けなかった可能性が高い。


「さぁ、織田さん。しっかり逃げてきたんだから、その勝ち方ってのを教えてよ!」


相変わらずやかましくわめきながら、ヒカリは木に腰かけたあと自分のふんどしまで顔を近づける。気づいてないだろうがものすごい態勢じゃの。


「潔く逃げたのは褒めてつかわす。じゃが、今の時点で勝ち目がわからぬようじゃあ、まだまだうつけよの」


「ぬぅー…わかったわよ。私はうつけもの!だから教えてって言ってるの!」


「かっかっかっ。じゃがのぉヒカリ。ワシにはまだわからんことが一つあるでよ。それを聞かない限りは手を貸せんなぁ」


ニヤニヤと詰め寄るワシになにか察したのか、ヒカリも苦い顔をしている。しかし、話が進まないことを感じとると、観念したのか、小声で呟いた。


「なによ。答えるから教えなさいよ…」


「そう照れるでない。ヒカリよ、ワシはなぁ。ぬしがネールに手を貸す理由がわからんのじゃ」


「理由って…。そんなの当たり前のことよ。右も左もわからない私を、ネー姉さんは嫌な顔も全然しないで受け入れてくれたの。だから」


「それだけか?」


「織田さんは本当に侍だったの?侍は受けた恩は忘れちゃいけないんだよ?」


「少なくとも、ワシらにはそんな文化はないなぁ。駄目だと思ったら親も子も殺し合う仲よ」


「ふーん。嫌な世の中だったんだね…」


「飢饉が続いてなぁ。どこもかしこも生き残るには強くなきゃいかんかったぁ。仕方ないことよ。それに比べれば、まぁ大したことないのぉ」


「…私もね、こっちの世界の人じゃないから、よくわからないんだけど…」


「ん?」


「領主の召し使いってさ、毎年何十人も連れていかれちゃうの。帰ってきた人はいないんだって」


やかましいヒカリにしては、神妙な面持ちで話し出す。


「ネー姉さんはね、あーいう性格だから、選ばれちゃったーって暢気に言ってたんだけど…私、見たんだ。夜、一人で泣いてる姉さんを…。だからさ、そんなの見ちゃったらさ、黙ってられないじゃない。色々方法を探してさ、大遺産をなんとか見つけて、あとは、あのツンツクリンをぶっ飛ばすだけなの。姉さんのために、私、頑張りたいの!」


情に厚い性格、か。長生きできそうにないの。


「まぁいい。貴様の理由はよう分かった。ワシもなぁ、あの光秀の糞野郎に騙されたもんで、その恨みを晴らせれば良いんじゃ、いいか、どんなときでも、ワシの言うことを聞け。そうしたら絶対に勝てるぞな」


「…わかった」


「愛い奴じゃ、ヒカリ。戦も喧嘩も全ては同じよ。勝つための準備を如何にしたかで勝敗は決まる。つまりは、始まった時点で勝敗はすでに決まっているのだ。それがわからん奴は、まだ負けないと踏ん張り、逃げ時を見失う。それはうつけのやることじゃ」


「そんなこと言って、織田さんだって何回も負けてるじゃない」


「馬鹿者。全て自分の望んだ戦ができるわけないじゃろうが。だからこそ、不意の戦には、相手の戦力を見定め、迅速な判断を下す必要がある。わかるな?」


「うん、まぁ…」


「幸いのぉ、お前の相手はお前以上のうつけだ。勝ちを確信しているからこそ、追い討ちをして徹底的に潰す必要があるのに、奴はしてこなかった。無駄に手の内をさらしたことも気づいてないじゃろう。その油断につけこめ。良いか、次の喧嘩で仕留めなければ、貴様が負ける手番となるぞ。心してかかれ」


「は、はい!」


「では、喧嘩の準備じゃ、今から言うものを揃えて、備えておけ。決行は…次の雨の日じゃな」


「雨の日って…そんなアバウトな…」


「馬鹿者、空を見よ、湿気を感じろ。明日には降りだすやもしらんぞ?準備にも一刻の猶予はない。急げよ?」


「え…あ、はい!」


「かっかっかっ。愛い奴じゃ、これが貴様の田楽狭間じゃて、今川のような糞貴族まがいを討ち取るぞ」

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