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ふんどしになって 上

ワシの名前は織田信長。

戦国時代の織田信長と同姓同名の誰かだと思っただろうが、そんなことはない。ワシは第六天魔王の信長じゃ。

ええい、そんな自己紹介などしてる場合ではない。今、ワシはいとヤバイ。げにヤバイ。

例えて言うなら光秀に裏切られて本能寺に火をつけられたくらいヤバイ。というか、今まさにその状況。


「あんのうつけがー!」


こちとら息子にも裏切られてるくらいの被謀反の手練れじゃ。そう簡単にはやられはしない。だがしかし、寺の外には足軽がずらりと並んでいて逃げられない。

となれば、隠れる場所を探して寺を駆け回るしかない。悪態の一つくらい許されてもいいじゃろ。まぁ、うつけはワシなんだけどね。


火の手を避けて庭先に出ようとしたが、突然、爆竹のような破裂音と共に、頭に強い衝撃が襲う。

ぐわん。と視界が揺れ、縁側と夜の月が見えた。体が熱い。逃げなければ御陀仏だと分かっていても、体が思うように動かなかった。

足軽たちの怒号が聞こえる。火の手がワシの服を焼く。なんとも雅な目の前の光景も、徐々に赤みがかり、炎に侵されていく。


まぁ、いい。

荒波のような人生だった。

波にのまれるのも、また、人生。

惜しむらくは、このまま行けばあの鼠野郎が天下を取ることか。藤吉郎め、美味しいところを持っていきよる。

あー、蘭丸は無事かな。あいつは良い奴だったからな。こんな情けない死に方しないで、生きててほしいなぁ。


バチィ!


木が爆せる。もはやどこにも感覚がない。そりゃそーだ、服が燃えてるのに熱さも感じないんだ。助かりはしない。既に目も霞み、視界も黒が支配している。


あぁ、ワシは、死んだのだな。


───


「ほ、ほわぁ!ネー姉さん、お宝だよ!お宝!」


カン高い声に意識を覚醒させられる。全身が気だるくて、目を開けるのも億劫だ。


「あら、ついに見つけたのね、ヒカリちゃん」


「こっ、これは…ふんどしだよ!」


「ふん…どし?それは、外の世界ではどう使うのかしら?」


なにやらふんどしを見つけたオナゴたちの会話のようだ。ん?ワシは助かったのか?しかし、体はやはり思うようには動かない…


「え…えへへへへ。ネー姉さん。ちょっと待っててくれるかな?」


「ええ、村を救う大遺産かもしれませんから、いくらでも待つわ」


途端に、ワシの体が大きく揺れた。思わず立ち上がろうと全身に力を入れても、なにか大きな圧力を全身にかけられていて、どうしようもない。


「うぅー、よりにもよって、ふんどしだなんて」


オナゴの声と衣擦れの音が聞こえるが、以前体は動かない。目を開けているつもりなのだが、視界も暗いままだ。


「よい、しょっと。こ、これで、いいのかな?」



その時、刀同士が打ち合ったような金属音が響く。ワシもたまらず耳を塞ぎたかったが無理だった。

しかし、その音と共に、暗かった視界は白く輝き、太陽を見ているような眩しさが徐々に和らいだときには、ワシは岩肌の地面を、立ち膝くらいの位置で眺めていた。


「ん?」


思わず声が出る。そして声が出たことに驚いていると、再び視界が揺れる。


「うぇっ!?男の人の声!?」


「だ、大丈夫?ヒカリちゃん!」


「ネー姉さん!一応大丈夫だけど…」


「なんじゃい、やかましい」


「ほぁぁ!くすぐったい!」


「黙らんかこのうつけが!ええい、ワシは今どうなっておるんじゃ!」


体は動かずとも、視界だけはぐるぐると動く。不自由なストレスとオナゴの声にたまらず声を荒げる。

すると、もう一人のオナゴが、訳のわからないことを言い出した。


「あらあら、もしかして、ふんどしさんはこちらにいらっしゃるの?」


…ふんどしさん?


「ふんどしさん。わたし、ネールと申しますの。よろしければ貴方のお名前を教えてくださいな?」


「ふ、ふんどしとは、ワシのこと、なのか?」


認めたくないからこそ、聞いてみる。


「ええ、その雄々しい声のふんどしさんです」


聞かなければよかったとほとほと後悔した。


「わ、ワシの名は、織田信長ぞ。誰か、鏡をもて…」


「お、お、お…織田ぁーーー!」

ネールと言ったオナゴとは、別のオナゴが、ワシの名を叫んだ。とにかく、耳を塞がせてくれ…。


───


様々なことがわかった。


まず、ワシがふんどしになったこと。泣きたい。

ネールが手鏡で写したワシの姿は、どうみてもふんどしに目がついたワシ。泣いた。


二つ目、ワシはどうやら日ノ本にはいないこと。

これは、ワシを履いていたヒカリというオナゴから聞いたのだが、どうやら、ここは南蛮でも中国でもない、異世界らしい。全く理解の範囲を越えているのだが、ワシが下着になったことを考えれば、場所などどうでも良いことだった。


三つ目。この、ヒカリというオナゴ。日ノ本の未来からやって来たとのことだ。

バカなことを言うと、最初は信じなかったが、こやつ、ワシの戦歴から本能寺のこと、そしてその後の藤吉郎の天下の話まで知っておった。やはり、鼠が天下をとったのか。ええい、悔しい。

なんでも、ヒカリの時代には誰もが教育を受けることができ、彼女もその≪高校≫とかいう場所に通っていたところ、気がついたらここにいて、ネールに拾われたそうだ。


これらのことが分かって、ようやくワシとヒカリは若干の落ち着きを取り戻す。

ヒカリの表情こそ見えぬが、余程恥ずかしいのか、よく声が上ずっている。


「ネールよー」


「あら?どうしました、織田さん」


「ワシの現状には、まぁ、頷くことにしよう。しかしな、一つだけ疑問がある」


「疑問、ですか?」


「うむ。何故ヒカリが、ふんどしを見つけて、履いたのか。というところじゃ」


「なるほどー。確かに、それは説明していませんでしたねー」


陽気なネールは、本当に忘れていたらしく、あははーと笑いながら座る姿勢を変える。


「織田さんはですね。大遺産、と呼ばれる物になったのですよー」


「だいいさん?なんじゃそれは…?」


「ヒカリちゃん。ちょっと立ってもらって良いかしらー?」


「え?あ、うん」


視界がまた、地面に戻る。


「そしてー、ふんっ!って、これを握ってみて」


「え?この石を?」


「うん♪」


どうやらヒカリに石を渡したようだ。


「じゃあ、いくわよ?」


ふんっ!と力強い声と共に、何かが砕ける音がした。


「ほぁー!い、い、石が砕けつぁー!石砕き!石、砕きー!」


砕いた本人が一番興奮していた。


「だぁー!このうつけが!黙りゃあ!」


「こんな感じでですねー。普段は剣も振れない非力なヒカリちゃんも、ドーンと、パワーアップしてしまうのが、大遺産なのよー」


「はぁ!?」


「大遺産はですね、私たちの住む世界にたくさんあるのですが、織田さんのように、こんなに形として残っているのは、レア物なのですー。だから、パワーもドーンと、アップするんですねー」


いや、ワシでも石なんぞ砕けないのだが…まぁいい、深く考えないでおこう。


「ネー姉さん!これならいけるよ!あのツンツクリンな悪代官もボコボコだよー!」


「よかったわー…わたしも頑張った甲斐があって」


ちょっと待て、またよくわからない話を持ち出してきたぞこやつら。


「そーとなったら、早速村に帰ろう!」


「おー」


「待たんか、うつけども」


「むぅ、何か問題でも?ふんどしの織田さん」


ヒカリは水を刺されたのが気にくわなかったのか、膨れているようだ。


「ワシにも分かるように状況を説明せんか」


「だから、村にひどいことする悪代官をぶっ飛ばすの!それだけ!」


「お前、うつけうつけと馬鹿にしていたが、ほんに馬鹿じゃな」


分かるように説明すらできんとは…


「なによ、織田さんは黙ってて!今は一刻を争うのよ!」


「ほーほー、じゃあ黙っていようかい」


そもそも、こやつらに関わる義理はない。たとえふんどしとして履かれていても、ただそれだけのことなのだから。


「喧嘩はだめよー?」


ネールだけはほのぼのとオロオロしていた。



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