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「本来なら、ずっと東に進んでそのままアードンに入ればいいのだが、今回はそうはいかない。なるべく早くヘボンを出なければならないからな。だから、ヘボンを迂回する作戦をとる。まず、北へ進んでインへ入り、それからクロム帝国へ入れば、まあ、ひとまず安心だ。」
モーリは地図上に指をさし示しながら、イツクに説明した。
「こんなにたくさん国があるんですね。」
イツクは、生まれて初めて見る地図に興味深々だった。根っからのヘボン人でヘボン育ちのイツクにとっては、外国も未知の領域だ。
「向こうに着いたらいろいろ教えてやるよ。君がアードンで証言すると言ってくれて、本当に助かった。」
イツクは、隣で眠っているイトシ、メグムの顔を見つめた。2人は、ヘボンを、故郷の町を離れることを強く反対した。今の仕事を失うことになるからだ。おまけに、3人は、故郷の町すら一度も出たことが無かった。それでも2人がついて来てくれたのは、兄イツクを信頼してのことだ。
(俺たちなら、なんとかなるだろう。)
最後には、イトシも笑ってそう言って、了承してくれた。
何としても2人を守らなくては。イツクは強くそう決心した。それに、一生ヘボンに帰れないわけではない。少女の裁判が終われば帰って来られるのだ。
いつの間にか、イツクも眠りの世界に堕ちていた。
朝が来た。目を開ければ、木々の間から太陽の光がのぞいている。体を起こし、目をこすった。そうだ、何とかいう国に、馬車に乗って向かっていたんだっけ…。あくびをし、辺りを見回した。その途端、イツクの目が大きく見開かれた。馬車は跡形も無く消え去り、代わりに、どこまでも続く白銀の雪の世界が広がっていた。