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何分歩いたか分からないが、潮が満ちてきている。早くしないと、また元通りの海になってしまう。
島は、カラスや海鳥で溢れていた。イツクは男から手渡されたナイフを握りしめ、牢獄の扉を開けた。
牢獄の中は、太陽が昇り始めていたため、真っ暗ではなかった。代わりに、猛烈な悪臭が鼻を襲う。酸っぱい様な、つんとくる臭い。吐き気を催したが、何も食べていないので戻せない。
2階からが囚人部屋だったが、どの囚人も既に息絶えていた。鳥の巣窟と化している。人の脳みそをカラスがつついていた。腐敗臭、汚物、鳥の臭い。
273へ向かって階段を駆け上がったが、途中何度も転び、顔を打った。そのたびすぐ起き上がり、もつれる足を必死に動かした。
囚人273号のいる5階へ着いたときには、体中震えていた。びっちょり汗をかいていて、服が体にまとわりつく。自分のはあはあ喘ぐ声だけが聞こえる。鳥すらおらず、辺りは静寂に包まれていた。
囚人273号の部屋は、1番端だった。汚臭はするが、下階の者たちほどではない。
男から渡された鍵で、そっと扉を開けた。
簡素なベッドに女が横たわっていた。伸び放題の髪に汚れた服。恐る恐る近付くと、かすかだが呼吸をしている。
女の首をナイフで切断しなければならない。ナイフを持つ手がぶるぶる震える。いったい、この女は何をしたんだろうか。
腕が震えすぎたせいだ、イツクはナイフを落としてしまった。その音で、女が動く。女の表情は垂れ下がった髪で見えなかった。
イツクはナイフを拾い直し、女に襲いかかった。女は痩せこけていて、すぐ押し倒すことが出来た。首元を狙うが、以外にも女は俊敏で、器用にナイフをよけた。
女に腹を蹴られ、イツクはその拍子にベッドから落ちた。咳き込んでいると、女がゆっくり近付いてきた。イツクにもう戦う勇気は無く、一目散に部屋を出て、階段を駆け降りた。