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イツクは、必死に今の状況を考えた。もしかしたら、馬車が道を外れて転落し、自分だけ馬車から放り出されて助かったのかもしれない。それとも…夢?
先ほどは気付かなかったが、傍らでメグムが眠っていた。1人きりではないことにホッとしたが、同時に、おかしなことを見つけてしまった。自分とメグムと自分たちの荷物だけ、そっくりそのまま取り残されていたのである。もし転落していれば、鞄や風呂敷の中身が飛び散らかっているはずだ。しかし、荷物は全て、自分たちの周りにきれいに置かれていた。
イツクはさも恐ろしくなって、メグムを揺すった。
「メグムっ!」
メグムがびくっと跳ね起きた。
「おい、大丈夫か?」
「…何が?」
「体、どっか打ったりしてない?」
「ううん、平気…。あれ…?馬車は…?」
そのとき、向こうからイトシが駆けて来た。
「兄ちゃん起きたんや、よかった…。」
「どうなってるんだ?」
イトシは、2人を引っ張り起こしながら答えた。
「分からん…。俺にもさっぱり…。」
「落ちたんかな?」
「だといいけど…、いや、よくないけど…。」
イトシも気付いているのだ。転落にしてはおかしいと。
「寒い…。」
メグムがぶるっと震えた。田舎とはいえ、町暮らしだった3人は、冬の森の寒さをまだ体験したことは無かった。イツクも寒かったが、メグムに自分のマフラーを巻いてやった。
「イトシ、何であっちから来たん?」
「いや、俺も起きたら2人のとこにいたんだけど、人を探しに歩いてみたんだ。」
「で、誰かいた?」
「いや、誰もおらん…。」
重い沈黙が流れた。「どうする?」とイトシが訊いた。
「どうしようか…。」
それを聞くと、イトシは下を向き、ぽつりぽつりと話した。
「俺たち騙されたんじゃない?」
「え。」
「あの人たち、本当は盗賊団か何かで、仲間を脱獄させたかっただけなんじゃない。」
「でも、警察って言ってたじゃん。名刺もくれたし。」
「あんなのいくらでも嘘つけるよ。」
イトシは声を荒げた。
「どうすんだよ、ここで死ぬ気?」
「でも、お前だって、僕が『一緒に行こう』って言ったら、『いいよ』って言ったじゃん。」
「俺は最初反対しただろ。でも兄ちゃんが、『罪の無い人を救いたい。救いたい。どうしても。頼む』って言うから、ついて来てやったんだろ。」
2人はしばらくいがみ合ったが、次第に、口喧嘩をする気力も失くした。時折、イトシは地面を蹴り、イツクは、震えているメグムをただ抱きしめていた。
「どうするの?」
メグムが小声で訊いた。その問いに、誰も答えることは出来なかった。