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サント・ベール牢獄は、潮の満ち干により、陸続きにも島にもなる所にある。
母を失ってから、イツクは塞ぎ込むようになった。やっと見つけた新聞配達の仕事も母が亡くなって以降行かなくなり、1週間でクビになった。
夜になると、毎日潮の引いた後の海へ足を運んだ。何をするでもなく、どこまでも続く砂浜をただ眺める。そのもっと向こうにサント・ベール牢獄が見える。あの牢獄に、今もときどき囚人が連れて行かれる。
今イツクは、その牢獄の前にいる。
いつもの様に、その夜も海岸にいた。すると、黒ずくめの2人組の男に声を掛けられた。
「あの牢獄にいる、囚人273号の首を取って来てくれないか?」
報酬として金をくれるという。その金があれば、弟と妹と3人で1ヶ月は暮らせる。金欲しさにイツクは承諾した。男たちは名も名乗らず、訳も話さなかったが、今のイツクにはどうでもよかった。それほどまで飢えていた。