序
彼女は、空を眺めることが好きだった。
紺碧の空には赤や青、黄色、白、様々な光の粒が慎ましく瞬いている。眺めている彼女の視線に気が付くのか、時折チカチカと信号のように強い光を発するものもあった。彼女にはそれが嬉しくて、はるか遠くにいるであろうその光の信号の主に、手を振って友好を示すのだ。
またある時は、白鳥や天馬が空を駆けることもあった。吸い込まれそうな深い藍色の空を、白銀に輝く動物たちが金銀の帯を引きながら視界を横切っていく。とても幻想的で、彼女はうっとりと見惚れた。そして自身の肩に羽織っている薄絹にそっと触れては、大人になれば自分もあのように羽衣を翻して天を飛べるようになるのだ、と胸を躍らせた。
彼女の周囲は優しさで満ちていた。それが広い世界の中のごく一部の小国にしかすぎない箱庭だとは、彼女も知っていた。けれど、国を治める彼女の両親も、その下に統治される民もみな安穏だったから、彼女は自身の世間知らずをさほど憂慮してはいなかった。
今が幸せだからそれでいいのだと、甘えていた。
空が赤く焼けている。方々で大小の爆発音が響いたかと思えば、閃光が弾けて彼女の視界を貫いた。
民が、国が、星が、塵芥のごとく壊れて崩れていく。のどかであった小国は無残にも侵略者に蹂躙されていった。
不慣れながらも戦の指揮を執りながら、両親は彼女を抱きしめて告げた。今からおまえを下界へ落とす。私たちが迎えにくるまで、下界で身を隠していなさい。大丈夫、必ず迎えに行くから。羽衣さえあれば、また空へ昇ることができるから――
彼女は抵抗した。しかし大人の腕力にかなうはずもない。泣き叫びながら、彼女は下界へ転落していった。