第9話 繰り返す盗賊
それは、奇妙な、少年だった。
一目見たその時から、俺は、ふっ、と何かよくわからない感覚に襲われた。
何か恐ろしいものに出遭ったような……いや、違う。
夕陽を見たような感覚とでもいえばいいのだろうか。
夜が迫ってくることが分かる。
それと同時に、とても懐かしいような、古い友人に再会したかのような気分にもなって……。
いや、そんなはずはないか。
俺にこんな友人などいない。
我に返った俺は首を慌てて振り、すぐに気を取り直して、その少年を改めて見た。
そいつは今、森の中で焚き火をしている。
おそらくは、周囲に潜んでいるだろう危険な生き物を避けるためだろう。
同時に、自らの食事を用意するためでもあるようだ。
つまりは、森を抜けようと考える旅人のする、至極当たり前の行動である。
焚き火の周りには、木を適当に削って作られた串に刺された肉が規則的に並べられていて、香ばしい匂いを辺りに撒き散らしている。
俺のいる場所にも届いてくるほどで、このまま耐えるのは中々に精神力が試されそうだった。
そう、俺のいる場所。
それは、少年からは見えないだろう、夜の暗い森、その茂みの中だ。
なぜ、こんなところに俺がいるのかと言えば、その答えは非常に簡単に出る。
――俺は、道行く旅人から身ぐるみを奪う、盗賊なのだ。
そう。
これはただ、それだけの話だ。
◇◆◇◆◇
「……あれ、お兄さん、どうしたの? こんな夜更けに」
俺がそいつの周りに他に誰もいないことを確認したあと、ゆっくりと近付くと、そいつはあっけにとられたような表情で、俺にそう言った。
当然だろう。
こんな夜更けに、街道に近いとは言え、深い森の中でそろそろと静かに近づく他人に、簡単に心を許せる人間などいない。
けれど、俺はこういう時の専門家だった。
自らの頭の内にある薄暗い狙いを心の奥底に隠し、表面的には人懐っこい笑みを自分の顔に貼り付け、至って平凡な様子で少年に語り掛けることが出来る。
いかにも、偶然灯りを見つけた、酷く困った旅人かのような雰囲気で。
「いや……予定ならすでに次の村についているはずだったんだけどな。出た時間が少し遅かったらしい。目算を誤って、今、こんなところにいる……そんなところだ。お前は?」
「なんだ、そういうことだったんだ。僕も似たようなものだよ。どうにも目算を誤ったみたいなんだ。もう少し簡単に行くかと思っていたんだけど、思いの外、入り組んでいてね……こんなときは、お互い困った者同士、助け合いと行こうか? 早速だけどお兄さん、穀物か何か持ってない?」
俺が浮かべたものと似たような笑みを俺に返して、そんなことを言う少年。
その様子には、まるで俺を怪しむようなそぶりは見えなかった。
きっと、俺が背負っている背嚢を見て、俺を行商人か何かだと思って安心したのだろう。
だとすれば、俺の背嚢の中身が目当てでこのようにほほ笑んでいると思われるあたり、この少年も見た目ほど育ちがいいわけではなさそうだ。
旅人としてはそれほど経験豊富ではないにしても、それ相応の、適度なしたたかさと賢さを身に付けた若者、そんなところだろう。
俺は少し、心の中の少年の評価に修正を加える。
しかし、それでも少年の警戒心は薄いにもほどがあった。
俺は怪しむべきところのない、行商人。
確かにそう見えるような格好や物腰でいるつもりだが、こうまで簡単に引っかかるとつい、品のない笑みが出てきそうになる。
しかし、そうもいかない。
俺はこのままこの少年を騙し通し、アジトまで連れて行って身ぐるみを剥がなければならないからだ。
少年自身の容姿も華奢で、よく見れば整っている。
好事家にはそれなりの値段で売れそうな気がしないでもない。
それに加えてそこそこの計算が出来て学もそれなりにありそうとくれば、貴族にも売りに出せそうだ。
まぁまぁ、いい儲けになりそうな予感に、俺は機嫌がよくなってきた。
そんな考えを読まれないよう、注意しながら、俺は少年の言葉に答える。
「穀物か……燕麦と豆が少しくらいならあるが、それでいいか」
もちろん、略奪品だが、本当に持っている。
擬態とはそれくらい細かくやらなければすぐに見抜かれるからだ。
すると少年は嬉しそうに、
「それだけあれば十分だよ。実は、こんなものがある」
そう言って、どこかから取り出した皮袋を掲げ、中身を取り出して見せてきた。
それは、奇妙なものだった。
金属製の容器にはいった、潰れた真っ赤なものと、カラカラに乾いた野菜、それにいくつかの香辛料だ。
「……なんだこいつは。食えるのか?」
見たこともない品々を前に、俺はそう首を傾げた。
しかし少年は、
「まぁ、騙されたと思ってちょっと見ててよ。実は鳥も狩ってある。美味しいスープが出来ると思うよ」
そんなことを言いながら、微笑んだ。
俺としては、少年の言うことは今一、信じることが出来なかったが、ご相伴にあずからせてもらおうという人間がそうそう文句など言えるはずもない。
少年は横に置いてあった大きめの背嚢から鍋を取り出し、呪文を唱えてそこに水を入れ始めた。
どうやら、この少年は魔法を使えるらしい、とそれでわかった。
とはいっても、魔術師、というほどではなく、魔物を倒せるような高度なものは使えないようだ。
本人に尋ねたところ、
「生活魔法全般は結構使えるんだけど、攻撃用のものは才能がないらしくてね……ほら」
そう言って、俺でも知っている魔術師の代表的な攻撃魔法である火弾を唱えて見せてくれたが、今にも少年の指の先から火の玉が、というところでぽん、と煙が上がり、焦げ臭いにおいを撒き散らすだけに終わった。
他の属性魔法も色々と見せてくれたが、すべて同じような結果だった。
攻撃系の魔法は神の加護によるもの。
自らに適性のない魔法を使うと、そのような現象が起こることは常識であったので、なるほど、確かに本人の申告通り、魔術師の才能はないらしい、と納得する。
ただ、それでも俺は少年に、
「生活魔法が使えるだけ便利だろう。俺だって使えねえし、使えるやつなんて百人に一人か二人だって聞くぜ」
そう言った。
魔術師はさらに少なく、数千人とか一万人に一人のレベルだ。
言い伝えによると、昔はもっと多くの人が使えたというが、いつのころからか使えなくなってしまったらしい。
理由はよくわかっていないが、どうも神の加護が弱まっているからだと言われている。
昔、祖母に聞いた話だった。
少年は俺の言葉に、
「ま、確かにね。旅してるとすごく便利だし、これだけを理由に僕と一緒に旅をしてくれる人もいたりするから」
見たところ、少年は武術の方もからっきしらしく、しかし旅をしている関係上、どうにか護衛が必要であるということだった。
そういうときに、生活魔法を僅かではあるものの使うことが出来ると伝えると、すぐにどこかの集団が仲間に入れてくれるのだという。
確かに、水を荷物として持っていく必要がなく、火種も簡単に作れ、傷の類の化膿を避ける魔法も使えると来れば、パーティに一人いれば恐ろしく役に立つだろう。
盗賊の集団にも二人ほど生活魔法に長けた者がいるが、この少年ほど多彩な魔法を使うことは出来ない。
せいぜい、片方が水を出すことができ、もう片方が侵入者がアジトに入って来た時に警報を鳴らせるくらいのかわいいものだ。
そこからすると、少年はかなり万能だと言ってよかった。
こうなると、好事家に売るよりも仲間に引き入れた方が得かもしれないなという気がしてきた。
しかし、すぐに仲間に入れと言っても頷くはずがないというのは分かっていた。
いずれ切り出すにしろ、しばらくは言うべきではないだろう。
今いきなり、俺の仲間になれ、と言ったところでこの少年には何の得もない。
何か、この少年の利になることを考え、そしてそれを提示するべきだった。
少し、考えてみなければならないかもしれない……。
そんな目論見を見透かされないように注意しながら、俺は少年の言葉に答える。
「それにしても、今は一人みたいだな……それとも仲間がどこかにいるのか?」
この辺りにいないことはすでに確認済みだが、獲物を取りに行っているとか、用を足しに行って離れているという可能性はある。
一般人であれば二人や三人はどうにかできないではないが、護衛を職業とするものがいるとなると話は変わってくるため、念を入れて確認したのだ。
そんな意味の籠もった俺の質問を、そうとは理解せずに少年は素直に首を横に振って答えた。
「いや、一人さ。どうもこの辺りは最近物騒らしくてね。あまり人が通りたがらないみたいなんだ。護衛も雇えなかった。それでも通らなきゃいけなくてしかたなくね……どこかに盗賊の根城があるらしいよ。今、討伐軍が組織されているところで、そのうちいなくなるみたいだとは聞いたんだけどね」
「……そうなのか。そいつはまずいな。心に留めておかなければ」
「でしょう?」
少年は、盗賊が出現するという事実を俺に教えて、俺がそのことを知らなかったために、盗賊に気を付けようと言っているのだと取ったのだろう。
けれど、俺が心に留めておくと言ったのは、討伐軍についてだ。
まさか、そんなものが差し向けられる予定があったとは。
この辺りの村や町には盗賊団の構成員が定期的に情報を仕入れに行っているのだが、そんな事実はまだどこからも入っていなかった。
もしかしたら、そういった構成員たちは金をつかまされて裏切り、嘘の情報を盗賊団に持ち帰ってきているのかもしれない。
裏切者は皆、それと分かった時点で見せしめに殺されてしまうため、そうそう裏切ることなどないと思っていたが、それでも絶対にない話とは言えなかった。
もちろん、この少年の言っていることが、必ずしも正しいとは限らない。
一応、確認してみると、少年は街の有力者に知人がいるらしく、直接情報を仕入れてきたらしい。
突っ込んで聞けば、かなり親しくしていることがわかる話で、少年自身が身に付けているものも、よく見れば目立たないところにその有力者一族の関係者であることを示す紋章がついていた。
つまり、少年の情報はかなり高い確率で真実であるということだ。
危なかった。
これでは、とんでもないことになってしまう。
早くアジトに戻らなければ、と俺は改めて思った。
心を決めると、俺は、即座に本来の目的のために、行動を起こす。
少し用を足してくる、と少年に告げ、森に一度入ってから、少年の死角に回り、ゆっくりと近づいていった。
そして、少年が気づく前に、即座に距離を詰め、その首筋にナイフを突きつけて言う。
「……さて、意味は分かるな? 悪いが、ついてきてもらおうか」
少年はそんな俺に、驚くほど素直に、
「……盗賊だもんね。悪い、なんて言うことないさ。もちろん大人しくついていくよ」
そう言ったのだった。
◆◇◆◇◆
さくり、さくり、と森の中を進む。
先を歩くのは、俺が捕らえた旅人の少年だ。
ナイフを突きつけられているのにも関わらず、無言で、何の緊張感もなく歩いていく。
そのあまりの変わらなさに、俺は何だか却って不安になってきて、つい、話しかけてしまった。
「お前……分かってんのか? これから向かう場所は、俺たちのアジトだぞ?」
つまりは、盗賊の本拠地ということで、そんな場所に好き好んで行きたい人間など、まずいない。
しかし少年は飄々とした様子で言うのだ。
「うーん……そう言われても困るよ。だって、僕が行きたくないって言ったら君は、じゃあ戻ろうか、なんて言ってくれるのかい?」
少年の的を射た質問に俺は一瞬絶句し、それから呆れたように答えた。
「……言う訳ねぇだろうが」
当然の話である。
どこの盗賊がせっかく捕まえた獲物を何も奪わず何もしないまま解放するというのだ。
そう答える以外にない。
しかし、少年もそれはよくわかっていたようで、肩を竦めて、
「でしょう? だったらそんなこと聞かないでほしいな」
と答えて苦笑する。
その様子はまるで盗賊に捕まった旅人には見えない。
変わったやつだ、と心の底から思った。
しかし、こういう人間に会ったことがないわけでもない。
盗賊に捕まって、もう逃げようがないとなったら開き直ってしまう、そういう性格をしている者というのはいなくはないからだ。
大抵が、自分の財力や実力に自身のある商人や戦士で、この後の交渉次第では生き残れると思っているが故の図太さだった。
この少年もおそらくはその口だろう、と俺は思った。
もちろん、この華奢な少年が金持ちとか、強力な戦士という風には見えない。
けれど、この少年の親族や知り合いがそうであるという可能性はある。
それに、この少年はこの辺りの有力者一族と関係があるらしいことも分かっている。
その辺りからの助力を期待しているのかもしれないと思った。
人質として使えば身代金をとれる、とアジトにいる首領と交渉しようと考えているのかもしれない、と。
だとしたら。
それは、俺にとっては気楽な話だった。
盗賊をやっているのだ。
それなりに悪行を重ねた自覚もある。
しかし、別に罪を犯すのが好きな訳でも、何も感じずにそんなことをやっているわけでもない。
ただ……。
「……おっと、着いたみたいだね?」
俺が考え事をしていると、前を歩いていた少年が立ち止まり、そう言った。
危なくナイフが突き刺さるところで、俺は若干慌てる。
ギリギリのところで気づいて止めることに成功し、ほっと溜息を吐きつつ俺は言う。
「そのようだな」
目の前には確かに少年の言う通り、盗賊のアジトがあった。
大きな洞窟があり、その前の開かれた広場のような場所で数人が焚き火をしている。
洞窟の横に二人、見張りが立っているのは、あの洞窟の奥こそがアジトだからだ。
焚き火をしている奴らは交代の門番で、夜も更けて寒くなって来たから暖を取っているのだろう。
俺はそんな彼らに向かって、口笛を吹く。
特殊な音階で、それを鳴らすことが警戒を解かせる合図だった。
それに気づいた盗賊たちは、返礼の音階を返してくる。
それを確認してから、俺は彼らの前に姿を現した。
「おぉ、戻って来たか……そいつは、今日の獲物だな?」
その場にいた面々が近寄ってきて、少年を興味深そうに見つめる。
そしてそれぞれが少年の容姿を見て、なるほどこいつは金になるかもしれないな、という表情をした。
盗賊の考えることは皆同じ、というわけだ。
「あぁ……見てのとおり、金になりそうだろう? 行商人みたいでその背嚢にはそれなりに金目のものも入ってるらしいしな」
俺がそう言うと、門番たちは物欲しそうな顔になって、
「さ、酒はあんのか?」「金貨とか持ってるか?」
と聞いてくるが、
「まぁ、それはまだ荷物漁ってねぇから何とも言えねぇな……それに、報告する前にそんなことしたら首が飛ぶだろうが。まずは、首領のところに行ってくるぜ」
そう言って歩き出した。
門番たちは俺の台詞に納得したようで即座に道をあけたが、
「酒があったら分け前くれよ!」「そのときは他の奴らには黙っておこうぜ!」
などと好き勝手なことを言う。
お互いに思いやりなどない、欲望に正直な連中だった。
「愛すべき人たちだね?」
少年が本当に心からそう思っているかのように言うので、俺は場違いにも笑ってしまい、
「お前、盗賊にそんなこという奴がどこにいるんだよ」
と突っ込んでしまった。
少年はそんな俺の言葉に、確かに、と微笑み、それからは無言で洞窟の中を歩いた。
本当に、変わった少年だったのだ。
しかし、この程度の事、この少年にとっては大したことではないのだと、俺は後で理解することになる。
◆◇◆◇◆
「ほう、また随分と上物じゃないか。高く売れそうだな」
首領が俺に笑いかけつつ、そう言った。
俺はそれに答える。
「俺もそう思いまして……。ただ、こいつは魔法も使えるみたいで、売っちまうのも惜しい気がするんです。どういたしやしょう?」
他の盗賊たちには言わなかったことだが、首領には正直にそう伝えた。
首領は俺の言葉に驚き、それから少年に向き直って尋ねる。
「それは、本当か?」
しかし、少年はこの言葉に答えず、少しだけ驚いたような表情で、
「盗賊団のボスなのに、女の人なんて珍しいね?」
と言った。
首領の見た目は、金色の髪を伸ばした妙齢の女性である。
身に付けている露出の激しい防具が、その野性味を引き出していた。
そう、首領は、盗賊団には非常に珍しい女性であり、しかもボスなのである。
これを見て、驚かない方が珍しいというものだった。
首領はそんな少年の言葉ににやりと笑って、
「女だからと舐めると怪我するぞ? ま、お前にそんな気はなさそうだがな……」
とつぶやく。
事実、首領は女だから、となめてかかって来たこの周辺の盗賊すべてをなぎ倒し、そして首領の地位についたのだ。
その台詞もさもありなん、という感じだった。
しかし、そんな首領をして、この反応は珍しいことだ。
男と見れば、大抵が女をなめてかかっている、と見る人なのだが、少年にはそんなそぶりがないと見たらしい。
少年はそんな首領の言葉に首を傾げて、
「……そうなのかな? 盗賊団の首領が女の人だから、逃げやすそうだなって思ってるかもしれないよ?」
と冗談なのか本気なのか分からない口調で答える。
首領はこれに笑い、
「はっはっは。出来るものならやってみるといい……ま、それまではどうするか。お前は高く売れそうだが……おっと、そうだ、魔法の話だ。どんな魔法が使える?」
「水を出したり、火種を作ったり、化膿止めをしたりとかかな? 他にもいろいろ細かい生活魔法は得意だよ。攻撃魔術は使えないから、捕まっちゃったけど」
「それは私たちにとっては運のいい話だったな。もしかしたらお前にとっても。そうだな、お前、なんだか妙に面白そうだ……私たちの一味に入らないか?」
それは突然の台詞だった。
とは言え、俺が考えていたことと概ね同じで、それほどの驚きはなかった。
少年も、自分の技能が盗賊団にとってそれなりに有用であることは自覚していたのだろう。
もしかしたら、それがあるからこそ、こうまで素直についてきたのかもしれない。
魔法の力は固有の技能だ。
殺したら使えなくなる以上、殺されることはあるまいと思っていたのかもしれない。
その証拠に、少年は首領の誘いに頷き、
「命を保証してくれるなら、それも悪くないかもしれないな」
と答えた。
これに首領は、
「もちろん、私は仲間の命は保証するさ。仲間の命は、な」
裏切ったら、という念押しに他ならない言葉だった。
そしてその日から、少年――サンゴは、盗賊団の仲間になった。
それからサンゴは、驚くほどの短期間で盗賊団に馴染み、すぐに欠かせない存在になってしまった。
人の懐に入るのがうまいというか、適応能力が飛び抜けているというか、誰の隣に彼がいても、そのことに全く違和感を感じないのだ。
それに彼にはどこか不思議なところがあった。
天気を言い当てたり、失せ者探しなども出来たり、占い師じみたことが得意で、しかも恐ろしいほどの確率で当たるのである。
占い師、なんていう存在は昔話では予言を語ればほとんど当たるとても敬われる存在だった、なんていう話もあるが、少なくとも俺は今まで生きていて当たる占い師に出会ったことなどなかった。
ただ、なんとなく百回言ったことのうち、一つ二つが当たっているかもしれない、くらいのレベルのものしかおらず、占い師などただの眉唾、というのが現実的な者の感覚であった。
けれどサンゴは……。
天気については百発百中だし、失せもの探しも、盗賊団総出でどれだけ探しても見つからないような小さなものですら確実に言い当ててしまうのだ。
そんな彼がいる俺たち盗賊団が、官憲の目を簡単に逃れられるのも当然の話で、サンゴさえいれば、俺たちは永遠に安泰だとみんなが思うのも至極当然の話だった。
しかし、そんな中、サンゴはある日、首領に言った。
「――いつまでこんなことをしているんだい? イレーヌ」
それは、首領の本当の名前で、この盗賊団の中では俺しか知らないことだ。
だから首領は俺に目線を向けたが、俺は首を振って言っていないと示す。
首領はサンゴに尋ねる。
「どこで、その名を?」
言いながら、首領の手は腰のものに伸びていた。
答えを間違ったら、その命はない、と行動で示しているのだ。
しかし、サンゴは首領の言葉には答えず、続けた。
「イレーヌ。君のことはご家族が心配しているよ。どうして家から出たのかは知らないけれど、もうそろそろ戻ってもいいんじゃないかな? 罪は隠せばいい。まさか誰も思わないさ。ゲンガの森の大盗賊の首領が、まさかイレーヌ・オージェだなんて、さ……だから、」
そして、その続きをさらに口にしようとしたところで、首領の剣がサンゴの首を刎ねた。
サンゴの首は続きを口にすることも出来ずに落ちて、ごろごろと地面に転がった。
「……済まないな。カイ。私の見る目がなかったようだ。サンゴのことは今日で忘れろ。他の奴らにもそう伝えておけ」
俺は――その言葉に無言でうなずき、洞窟に設けられた首領の部屋を出ていく。
サンゴの首も布に包んで、ついでに。
俺が連れてきたのだ。
突然の死だったわけだが、せめてどこかに埋めてやろうと思ってのことだった。
歩きながら、盗賊団のメンバーにサンゴが出ていったと伝える。
死んだ、と言わないのは、彼に心酔のようなものを抱き始めたメンバーも出始めているからだ。
あえて混乱を招くようなことを伝えることもないだろう。
サンゴがいなくなったことについて、盗賊団のメンバーは誰もが酷く悲しんだ。
俺も、寂しさを感じた。
それくらいに、サンゴは盗賊団にとって重要な人物となっていた。
しかし、それでも、首領はサンゴを生かしておくわけには行かなかった。
イレーヌ・オージェ。
俺しか知らない首領の本名。
それは、この辺り一帯を治める領主一族、オージェ家の娘のそれなのだから。
◆◇◆◇◆
「……お前も余計なことを言わなきゃ今も俺の隣で笑ってたろうにな……」
首を埋めるために深く掘った穴がある。
木造りの十字も。
そしてその横の平たい石の上にサンゴの首を置き、視線を合わせながら、俺はそんなことを言った。
一撃で首を刎ねられたからだろうか。
サンゴの表情は死んでいるとは思えないほど綺麗で、見つめているとまるで今までのような減らず口を叩きそうに見えてくる。
「ほんとに、馬鹿な奴だ……」
少し、目頭が熱いのは、俺もこいつを仲間だと思っていたからだろう。
出来ることなら、もう少しうまくやってほしかった。
そう、心から思う。
それにしても、サンゴの首を目の前にすると、どうして首領がイレーヌだと分かったのだろうかと不思議になってくる。
サンゴは領主一族と関係がある、とのことであったから、そこから知ったのかもしれないが、もし領主一族がその事実を知っていたというのなら、今までずっと俺たち盗賊団が放置されていたのは奇妙な話だ。
いかに規模が大きいとはいえ、所詮、俺たちは盗賊団に過ぎない。
騎士団が派遣されればそれで壊滅するような、中途半端な存在にすぎないのだ。
領主の娘がいると分かっているなら、即座に騎士団を派遣して叩き潰し、奪い取りにくるはずである。
まぁ、その娘本人が首領なのだから、奪うというのも正確な表現ではないかもしれないが、盗賊団のメンバーを皆殺しにした上で、娘だけ連れて帰り、死ぬまで幽閉、とするのが普通だろう。
しかし、それをしてこなかった。
なぜか……。
サンゴを前に、深く考えたところで、ふと、焦げ臭い匂いが鼻を突く。
――なんだ、山火事か?
そう思って辺りを見渡すと、確かに煌々と燃えている一点が目に入った。
「……おいおい! マジかよ!」
俺がそう声を上げたのも当然の話だろう。
燃えていた場所、それは、俺たち盗賊団の、アジトのある方角だったのだから。
俺は慌てて走り出す。
未だ、サンゴの首を埋めることは出来ていなかったが、今は一大事だ。
また後で戻ってくるとして、そのときに野生の獣に食われてなかったら埋めることで許してもらうことにして、放置することにした。
「……やれやれ、生首を獣行き交う森の中に放置だなんて、酷い話だ」
後ろから、そんな声が聞こえた気がした。
でもこれは俺のちょっとした罪悪感が生み出した幻聴だろう。
まさか、いくらサンゴだとて、首だけでしゃべるはずもないのだから。
◆◇◆◇◆
結論として言えば、すべては手遅れだった。
盗賊団はほぼすべて壊滅し、広場の前には数人のメンバーと、そして首領が縄で括られて転がされていた。
それを行ったのは、領主の派遣した騎士団だ。
以前サンゴが言っていた、騎士団の話は事実だったわけだ。
その襲撃についてはもちろん警戒していたのだが、いざとなればサンゴが予言してくれるだろう、とどこかで皆が思っていたらしい。
隙を突かれてなだれ込まれ、そしてこの結果、ということだ。
俺はどうなったか、と言えば、騎士団がアジトにやってきた可能性も考えて、気配を隠しながらアジトに近づいたのだが、結局見つかって捕まり、首領と共に転がされている。
腕が悪いつもりはなかったが、やはり本業の騎士たちと比べれば大したものではなかった、という事実が最も明らかになってほしくないタイミングではっきりしてしまった。
そして、俺たちはその後、騎士団によって街まで連れていかれ、絞首台に登らされた。
「この者はゲンガの森の大盗賊、その首領にして数百の旅人の命を奪い! その身ぐるみを剥いで暮らしてきた大悪人である! よって、神意に基づく裁判により、絞首刑が決まった! 以下、その悪行の数々を読み上げる……」
俺が絞首台の前に立たされている中、騎士が大声を張り上げながら俺が今までしてきたことを告げる。
酷いもんだな、と思った。
この状況ではなく、今まで俺がしてきたことが、だ。
もっと他にやりようがあったはずなのに、どうしてこうなったのか。
イレーヌにしても……あいつが盗賊団の首領などになったのは俺のせいだ。
今、彼女はここにはいない。
あのあとどうなったのか……おそらくは、想像していた通り、どこかの城や塔に幽閉されたのだろうと思う。
まさか領主の一族の娘が盗賊団の首領だったなどと、明かせるわけがない。
結果、全ての責任は俺にかかった。
裁判を受けさせられ、絞首刑が決まってここにいる。
「……罪人! 前へ!」
俺の横には盗賊団のメンバーの生き残りがいる。
彼らもまた、絞首刑だ。
絞首台が複数台設置され、横一列に並べられている。
前へ、とはその絞首台にかかれ、ということだ。
ロープを自ら首にかけ、立てと言うことだ。
俺も、他の奴らも逆らう気力などもう、ない。
諦めたように首にロープをかけ、それから俺たちを憎しみの目で見つめる市民たちを見た。
すると……。
「……サンゴ?」
見覚えのある顔が一瞬写った気がした。
しかし、次の瞬間、俺が登った台がは後ろに立つ騎士によって蹴り飛ばされ、全体重が首にかかる。
息が苦しくなり、視界が白くなっていく――。
……願わくば、次はもっとましな結末になりますように。
――次?
◇◆◇◆◇
それは、奇妙な、少年だった。
一目見たその時から、俺は、ふっ、と何かよくわからない感覚に襲われた。
何か恐ろしいものに出遭ったような……いや、違う。
夕陽を見たような感覚とでもいえばいいのだろうか。
夜が迫ってくることが分かる。
それと同時に、とても懐かしいような、古い友人に再会したかのような感覚もする……。
いや、そんなはずはないか。
俺は首を慌てて振り、すぐに気を取り直して、その少年を改めて見た。
そいつは今、森の中で焚き火をしている。
おそらくは、周囲に潜んでいるだろう危険な生き物を避けるためだろう。
同時に、自らの食事を用意するためでもあるようだ。
つまりは、森を抜けようと考える旅人のする、至極当たり前の行動である。
焚き火の周りには、木を適当に削って作られた串に刺さった肉が規則的に並べられていて、香ばしい匂いを辺りに撒き散らしている。
俺のいる場所にも届いてくるほどで、このまま耐えるのは中々に精神力が試されそうだった。
そう、俺のいる場所。
それは、少年からは見えないだろう、夜の暗い森、その茂みの中だ。
なぜ、こんなところに俺がいるのかと言えば、その答えは非常に簡単に出る。
――俺は、道行く旅人から身ぐるみを奪う、盗賊なのだ。
そう。
ただ、それだけの話だ。
……いや。
違う。
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
これは……。
◇◆◇◆◇
本来なら、少年のもとに、俺は静かにゆっくりと近づかなければならなかった。
俺は盗賊だ。
それがばれてはいけない。
警戒を抱かせてもいけない。
あくまでも、迷った旅人として交流を持つべきだ。
しかし、俺はそうはしなかった。
むしろ、少しばかり乱暴な足取りで、存在を誇示するように近づいた。
当然、少年はすぐに気づいてこちらに振り向く。
それから、俺を見つけ……けれど、全く驚く気配はなく、俺を見て微笑んだ。
俺はその顔に確信を強め、そして口を開く。
「……おい、サンゴ。こいつは、何度目だ?」
突拍子もない言葉。
普通に聞けば意味の分からない台詞だ。
けれどサンゴは、その言葉に笑みを深くした。
◇◆◇◆◇
「……今回は気づいたようだね? 長かったな……おっと、何度目かと言う話だったけど、それは僕も覚えていないよ。大体二千を越えた辺りから数えていないから」
その答えに、俺は自分の感覚が間違っていないことをしった。
これは、繰り返しだ。
俺は……俺とサンゴは、同じ時を何度となく、繰り返している。
だからこそ、俺はサンゴを見たときに何か懐かしさを感じたのだ。
当然だ。
もう見たことがあった光景だったからだ。
一度ではない。
何度も、何度も……。
百や二百では聞かない数だ。
「これは……どういうことだ? 何がどうなって……」
「それはまだ思い出していないのかい? まぁ、でも十分かな。これなら戻ってもやり直すことができるだろう。カイ。盗賊になったこと……後悔しているかな?」
サンゴがそう尋ねてきたので、俺は少し考えてから答える。
「後悔は……どうだろうな。いや、しているか。俺一人なら別にどうでもいいんだが、イレーヌを巻き込んじまった。本当なら、あいつは貴族の家で、穏やかで幸せな暮らしをしていけたはずなのに……」
「君が連れ出したんだよね。婚約者が決まった日に、彼女に頼まれて……それが、五年前のこと」
「……なんでそんなことを知っているのか、って聞くのは野暮な話か?」
「いいや? というか、まだ思い出せないのかい? 君は……」
ーーあの日、僕に出会ったんだよ。
◆◇◆◇◆
「……カイ。カイ! どうしたの! カイ!」
耳許で、若い女が叫ぶ声が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、そこは街の路地裏だった。
俺は地面に横たわっていたようで、体を起こすと、節々が痛む。
それに加えて、妙な頭痛がする。
「これは一体……?」
不思議に思いつつ、周囲を眺めれば、泣き出しそうな顔のイレーヌがそこにはいた。
貴族女性の着る、派手な衣服を纏っていて、街中でこれは目立つだろうなというものだ。
そう、俺はあの日、こんな服を着たイレーヌと一緒に街から逃げ出そうと……。
「起きたか、カイ」
頭上から聞き慣れた声が降ってくる。
それで俺はなるほど、と思った。
「……サンゴ。お前……」
そう、そこにいたのは、あの不思議で華奢な少年、サンゴだった。
幾度となく見た笑みは今もそこにあり、俺を見つめている。
「カイ……この人が追手から助けてくれたのよ。覚えてる?」
イレーヌがそう言った。
「追手……ということは、つまり今日は、あの日ってわけか?」
サンゴに尋ねると、彼はうなずく。
「まさにね」
「それで? これは何回目なんだ?」
サンゴと俺は、幾度となく時間を繰り返してきた。
つまり、始まりはここだということだろう。
サンゴと、俺たちが出会った、この瞬間を起点にして、何度も……。
だからこその質問だったのだが、サンゴはふっと笑って意外な答えを言った。
「……一回目だよ」
「は?」
「これは、紛うことなき一回目だ。そしてここから、君たちは選択しなければならない。イレーヌ。君もだよ……思い出すといい」
そう言ってサンゴは、イレーヌの頭に人差し指の先をつけ、なにかを唱えた。
その瞬間、若くたおやかな貴族女性だったはずのイレーヌの表情がガラリと変わり、
「……こ、ここは……これは……お前、サンゴ!? おい、何回目だ! ここは!」
と、盗賊団首領だった彼女の表情が現れた。
その台詞で俺は理解する。
あぁ、彼女もだったのか、と。
サンゴはそんな俺と、そしてイレーヌを見て、
「どうやら二人とも理解してくれたようだ。だから、しっかりと説明をする。聞いてくれるかな?」
そう言った。
俺もイレーヌもなんとも言えない気持ちを持ったのはもちろんだが、ここで首を横に振ったところでしょうがないということも分かっていた。
あの繰り返し、それは間違いなくサンゴの手によるもの。
俺たちの運命は彼に握られているのだと、理屈でなくわかるからだ。
サンゴはそんな俺たちに、穏やかな様子で言う。
「僕が君たちにであったのは、さっきだ。そして僕は気付いたんだよ。君たちが、神の賭け事の対象になっているとね」
「賭け事……?」
「そう。この世界の神々は気まぐれで、残酷だ。人の生き死にを見て、たまに賭けの対象にしたりする。ときには世界に波紋を起こす存在を生み出し、運命に干渉したりね……。君たちもまさにそのような存在として見込まれている」
「なんでそんな……俺たちは、神々にそんなことをされる覚えなんてねぇぞ!」
俺がそういうと、サンゴは、
「さっきも言っただろう。彼らは、気まぐれなのさ。ただ、強いて言うなら……君たちの人生は面白い。賭けの対象の人生がはっきりと予測のつくようなものだと、詰まらないだろう? だから選ばれた」
「面白いって……どういうことだ?」
イレーヌがそう尋ねる。
「君たちは何度も経験したろう? 様々な紆余曲折を経て、盗賊となり、死んでいく自分たちの人生を。しかし、役所は常に同じというわけではなかったことは記憶にないかい? 首領はイレーヌのときもあったし、カイのときもあった。騎士側にいた者が盗賊のときもあったはずだ……」
言われて、俺とイレーヌは今までの繰り返しを思い出す。
多くの記憶があって、その全てを思い出すことはできなかった。
だが、確かにサンゴの言うように、自分が首領をしていた記憶も確かにあった。
イレーヌも同じような記憶に達したようだ。
「それは……珍しいことなのか?」
そう尋ねたイレーヌにサンゴは言う。
「神々にとっては、ね。彼らにとって、人の人生のほとんどは、その最後まではっきりと見えている。ただ、たまに君たちのようなイレギュラーが発生する。彼らはそれを楽しむのさ……ひどい話だろう?」
「ふざけるな!」
叫んだイレーヌに、サンゴは言う。
「ふざけてなどいない。そして、僕はそんな奴等が気に入らない。だからこそ、干渉することにした。君たちに。君たちの人生に……」
「神々が、気に入らない?」
「色々とあってね。僕は奴等が嫌いなんだ。奴等も僕が嫌いだろうけど。それで、君たちに選ぶ機会をあげたというわけさ。流石に時間そのものを何度も戻したりすることは世界の崩壊を招くから、やらなかった。今までの君たちの経験は、すべて君たちの頭の中でだけ、起こったことだ。だから、神々も知らない」
「そんなことをして、何の意味が……?」
俺がそう尋ねると、サンゴは、
「さっき賭け事、と言ったけど、そのやり方は人間のやるそれとは少し違っているんだ。細かいことは理解できないだろうから説明しないが、僕も参加することができる。君たちが、奴等が選ばなかった選択肢を選べば、一泡吹かせることが出来る……それはとても痛快なことなのさ」
そう答えたので、俺は首を傾げる。
「その選択肢ってのは……なんだ?」
「簡単だ。君たちが、盗賊になどならずに、ただどこかで幸せに暮らすこと。もう盗賊人生は何千回も繰り返して飽きただろう? ここから始めてまたそれを選ぶ気にはならないはずだ。全てを知った上でなら、なおさら」
「お前、そのためにあんなクソみたいな経験を俺たちにさせたのか?」
「それは違う。何千回も繰り返してなお、最終的には同じところにたどり着いてしまう。そういう呪いのような鎖が君たちにはついている、ということを身をもって知ってもらいたかった。そうでなければ抗えないから」
「抗えば……なんとかなると?」
「なんとかなる。僕も助ける……たまには、ハッピーエンドもいいじゃないか。というわけで、まずは君たちの格好からだ。二人とも、立ってくれ」
サンゴの言葉に、俺とイレーヌは立ち上がる。
それからサンゴが何事か唱えると、俺とイレーヌの身に付けているものが、貴族風のドレスと下働き用のボロから、街人が着るような麻の衣服に変わった。
加えて、足元にはマントと背嚢が置かれている。
旅装だ。
「その格好なら、問題無く街を出ることができるだろう。旅装も用意した。路銀も十分に……ついでに身分証もね。これで君たちはどこででも生きていける。盗賊の知識もあるだろう?」
最後の台詞は冗談じみた言い方で、俺もイレーヌもちょっと笑ってしまった。
しかし……。
「これだけのことをしてくれて……いいのか? 俺もイレーヌも、何度もお前の首を刎ねた記憶があるんだが……」
これにサンゴは、
「ほとんど夢の中でしたことなんだから、いいのさ。それに新鮮な経験でもあったしね。君たちとの盗賊団生活も、まぁまぁ楽しかった。さて、そろそろ行かないとまずそうだね」
サンゴが大通りの方を見つめてそう言った。
そちらからは兵士たちの叫び声が聞こえてくる。
俺とイレーヌを探しているもので間違いなかった。
「ここに穴を開けておいた。君たちが出れば塞がる穴だから、そこまで走れ」
サンゴが街の地図を手渡し、街を覆う壁の一部を指し示してそう言った。
魔物から街を守るために相当厚く作られた壁なので穴など開くはずがないのだが、サンゴならできることなのだろう。
俺は頷きつつ、サンゴに言う。
「……お前も、来ないか? 盗賊団はもうしねぇが、お前と旅をするのもたのしそうだ……なぁ、イレーヌ」
「あぁ、同感だ。生活魔術も本当に使えるんだろう? 楽になる」
頼ってのセリフではないことは、サンゴにも伝わったはずだ。
しかしサンゴは首を横に振って、
「いや、これ以上君たちと一緒にいると、僕が何かしたと神々にばれるからね。ここまでにしておこう。ただ……」
「ただ?」
「僕も楽しかったよ。じゃあ、またいつか……そう、君たちの命が尽きるその日に」
そう言ってサンゴは煙のようにその場から消えた。
俺とイレーヌは顔を見合わせて、
「……随分と不吉なことを言ってくれたよな、あいつは。なぁ、イレーヌ」
「夢や幻覚のようなものとはいえ、まさにそのような瞬間に何度も立ち会ってもらっているから余計にな……まぁ、それでも、その日が少し楽しみではあるか」
「そう、だな……最後じゃないってことか。じゃ、その日を出来るかぎり遠い日にできるように頑張りますか、首領?」
「お前が首領だったこともあるだろうが」
「遥かにそっちの方が少なかったからな……」
そんな軽口を飛ばしあいながら、俺たちは街を出た。
これから先、どんな人生になるのかは全く想像がつかない。
ただ、それでもいつかサンゴに会えたとき、胸を張れるような
そんな人生にしよう、と二人でそう思ったのだ。