プロローグ
アリーナの町の中心街にほど近い場所に小さな店があった。
「居酒屋 新」というのれんをくぐれば、わずかなカウンター席しかない狭い店内とカウンターの向こうで狭いながらもきびきび動く夫婦の姿が見える。
この店を訪れた輝夜坂美景は、偶然あいていた常連が座る特等席に腰かけた。
「いらっしゃい」
そんな彼女にお冷を出しながら奥平龍斗が話しかける。
「とりあえずいつもの」
「へい!」
短い注文を終えた美景はゆっくりと店内を見回す。
お世辞にも広いといえない場所のため、他のお客さんの顔をすべてみることができた。
「あれ? どこかで見覚えがある人間がいると思ったら美景君を見つけたり見つけなかったり」
「なんでこんなところにいるのよ?」
美景はのれんをくぐってきた人物を見て思わずため息をついてしまう。
極端に低い背に対して巨大なウサギ耳という特徴的な容姿を持つ彼女は名前をカーマインという。どう見たって子供なのだが、これでかなりいいところの学校を出ているのだというから、人は見かけによらないという言葉を体現している人間なのかもしれない。
「美景君。久しぶりだったりじゃなかったりだね!」
最後に彼女と会ったのは今日の昼間だったはずだ。
そう思ったが、美景は黙っておくことにした。おそらく、その話題について掘り下げてみればめんどくさいことになるのが目に見えて来たからである。
「なんだ? 知り合いか?」
「まぁね。こう見えてこの子かなり頭いいのよ。特に魔術に関してはかなり優秀よ」
美景の言葉を聞いた龍斗は感心したような声を上げる。
「お前がそれほどいうなら相当なんだろうな」
美景がこれほど他人を高く評価するのは珍しい。
輝夜坂美景という人はたとえ親友である姫奈に対してもあまりこのような類のことを言う人間ではないはずだ。
「まっ性格は、完全にお子様だけどね」
「ちょっと、どーいうことよ! って怒ってみたりみなかったり!」
「まぁまぁ……これでも食べてくださいよ」
立ち上がって怒りをあらわにするカーマインの前におでんが置かれると先ほどまでの怒りをどこかにやってしまったようで彼女はそれに食らいついた。
「それって私のじゃない?」
「そうだけどさ……種をまいたのは美景なんだから別にいいだろ?」
龍斗が笑いながら言えば美景は何も言えなくなってしまう。
今日もたくさんの笑い声とともに夜が更けていった。
*
翌朝。
美景は、居酒屋のカウンター席で目覚めた。どうやら、あの後寝てしまったらしい。
体を起こせば、背中にかけられていたとみられる毛布が床に落ちる。
「あっ目覚めました?」
そんな美景に話しかけたのは、龍斗の妻であるレミさんである。
「あぁすみません……寝てしまったようで……」
「えぇ。それにしても、あのカーマインって方と仲がいいんですね」
「まぁね。彼女とはいろいろあったけれど、今じゃすっかりあんな感じよ」
頭痛の頭を悩ませながら帰り支度を始めていると奥の方から龍斗が出てきた。
「起きたのか」
「えぇ。まぁね」
手早く準備を済ませてから毛布を軽くたたんでレミさんに渡した。お代はすでに払ったとのことなので美景はそのまま店を後にした。
*
「あんな美景さん始めて見ました」
美景が帰った後の店内。
レミはにこやかな笑みを浮かべながら龍斗に話しかけた。
「昨夜のことか? まぁあれは、俺でも滅多にお目にかかれないよ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
そう言って二人は大きく笑い声をあげる。
その声は、店の外まで響いていたという……
読んでいただきありがとうございます。
この話の時間軸としては、「異世界の喫茶店」が始まる少し前からスタートしています。そのうち、大輝たちも登場する予定です。
これからよろしくお願いします。