~走って 2~
「走って 1」の続きです。
ご注意してください。
登場人物
真鍋 拓夢
藤崎 玲
仲居 大輔
走って 2
ある日の朝。
家を出ようとしたときに家の電話が鳴り響いた。
朝、私の両親は共働きでいなく電話に出るのは私になる。
「こんな朝、早く.....」
履こうとしていた靴を置き、電話の受話器を手に取り耳に当てる。
電話の向こうから、落ち着きの無い人の声が聞こえた。
仲居くんだ。
「どうしたの?こんな朝早く」
「拓夢が、事故にあった!!!」
このとき、私の思考回路は止まってしまった。
考える力を失った私は膝から落ちて、しばらく放心状態と化した。
(真鍋くんが....事故に遭った!?)
声にならない涙を流しながら、受話器を再び耳に当てる。
『大丈夫!?』
仲居くんが何回もそう言った。けど、それより真鍋くんが心配でならない。
「私は...大丈夫。けど、真鍋くんは!?今どこに」
『今、病院で手術を受けてるって....。俺、病院に向うから』
「私も行く!場所は?」
『東野病院だって』
「分かった、私も向かうね!!」
仲居くんは『OK』と言って、電話を切った。
何も聞こえなくなった受話器を置くと、バックを放り投げ靴を履いた。
家を出ると、ただがむしゃらに走った。酸欠になりそうなほど走った。
けれど、真鍋くんの苦しさを考えたら、休んでなんかいられない。
(行っても私じゃ何もできないかもしれない!けど、行かなきゃ!)
信号で止まると息を整えた。これだけで苦しいなんて思いたくなかった。
今、一番苦しんでいるのは彼なのに。
その信号を渡り終えて、また走り出す。
病院まで、あと500メートルという看板が目に入った。
(あと、少し!!)
息を切らしながら、走るのは初めてかもしれない。
体育は苦手で、走るのなんかもっと苦手な私が走れるのはなぜだろうか。
そもそも、私をこんな動かすものはなんだろうか。
しかし、そんな疑問を吹っ飛ばすほど今は必死に走るしかない。
そう、真鍋くんがいる東野病院までーーーーーーーーーー。
病院に着くと、看護婦に飛びついた。
「あの、さっき運ばれてきた男の子の友達なんですが!」
それだけ言うと、看護婦は慌てた様子で手術室の前まで案内してくれた。
前のベンチで座り込んで、手を繋ぎ合わせているのは仲居くんだ。
「仲居くん!」
「あ、藤崎......」
「真鍋くんは?」
「少し、危ない状況らしい。今、みんな頑張ってくれてるって」
「そ、そんな.....」
涙があふれ出た。何度も何度も拭うけど涙は音をたてて流れる。
「ど、どうし....よう。このまま.....」
「ふざけたこと言うな!」
突然、仲居くんの怒鳴り声が響く。
「あ、ごめん。俺、今どうにかしてるんだ....」
「ううん。私が思ってもないことを言ったから」
「いや、俺だ......」
しばらく、沈黙が手術室前の廊下を包み込んだ。
私は黙って、仲居くんの座るベンチに腰かける。
涙は、もう乾いていた。
(ごめん、仲居くん。でも、私は真鍋くんを信じるよ!笑って帰って来るのを!)
数分後、看護士が「学校から電話です」と言って仲居くんをナースステーションに呼び出した。
しばらくして、帰ってきた仲居くんは「学校に連絡した」と言い再びベンチに腰かける。
「無断で、来たからね」
「だな....」
また、沈黙があたりを包み込んで数時間が経つと手術室の扉が開いた。
ドアの音と共に立ち上がった私と仲居くんはドクターに歩み寄った。
「どうですか!?」
「真鍋くんは.....」
ドクターは笑顔で「もう、大丈夫です」と呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、仲居くんと大喜びして飛び跳ねた。
高校生が子供っぽい行動するのは、どうかと思ったけど、そのときは嬉しくて嬉しくてそんなことは考えもしなかった。
真鍋くんが無事なら、それでいい。
面会は、今日は無理ということで私と仲居くんは家に帰宅した。今日は学校から欠席の項目で休んで良いとなってるから、特に問題はない。
「明日、お見舞いに行こう」
独り言を言っていると、一階から母の声が聞こえた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、私は早速、病院へと向かった。今日は土曜日だから学校はない。
「あの、真鍋くんの病室は?」
「あ、真鍋さんですね?...です」
「ありがとうございます」
廊下を歩き"真鍋"と名札が入った病室を探す。数分後、それらしきものが目に入った。
ドアを静かにスライドさせ、奥へと足を進める。すると、真鍋くんが眠っているベッドがあった。
(真鍋、くん......)
音を出さずに、椅子に座る。
包帯が巻かれていて、顔の半分が見えない。事故がどれくらい大きい物だったか、真鍋くんの怪我が物語っている。 私は、そんな彼の姿を見て涙を流した。見ているだけで背中が寒くなる。痛みが伝わりそうなこの感覚は私を蝕んでゆき、ついには神経を刺激した。
「............っ」
苦しんでいるのは、彼。自分ではないのに事故に巻き込まれたのは自分のように思えてしまう。まるで彼と私がリンクしているようだ。
しばらくして、仲居くんが病室に来ると、フルーツがたくさん入ったバスケットを真鍋くんの近くに置く。そして、私の隣に椅子を持ってきて腰かけた。
「様子は?」
「特にないよ。呼吸も正常で、怪我はすぐに直るって看護士さんが」
「そっか。.....拓夢、早く良くなって走ろうよ。な?」
「走る?」
「あ、知らないか」
仲居くんは、そう言うと彼の過去に起きた出来事を話だした。
真鍋くんは、陸上部の部員だったらしい。しかし、あることがきっかけで退部した。その原因は、怪我。陸上部の大会で大きな事故があった。詳しいことは、途中から見に来た仲居くんは知らないという。
「ほれ、ここ見てみ?」
仲居くんは、布団を少しめくって真鍋くんの横腹あたりにかかる服を上げた。
「......!!」
真鍋くんの横腹付近には、黒っぽい色をした痣のようなものが深く刻まれている。この痣が仲居くんの言った過去の事故の跡。
「.....この傷痕がきっかけ、だよ。退部した理由。簡単に言うとトラウマだね」
「どうして、こんな大きな...」
「俺は、詳しい話は聞いてない。けど競技に使う道具が刺さったとかって言う話なら聞いたよ」
「え.....」
痣が残る、ということは打撲と重なったってことなのだろうか。
「ま、聞かないほうがいいよ。聞いたとしても、答えないだろうし」
「でも、情報屋。でしょ?」
「残念だけど、こいつの本音とか読み取れないんだよね。あのときから、感情をあまり出さなくなったから。ま、最近は喜怒哀楽はっきりしたほうだと思うけど」
感情を出さなくなるほど、その過去がどれくらいのものか分かる。感情は、いろいろと変わる。簡単には殺すことはできない。人間にとって必要不可欠なのだから。けれど、必要不可欠な感情を出さなくなる、ということはそれぐらいショックなことだ。
話が途切れると、病室は沈黙に包まれた。ただただ、私たちは彼が目覚めるのを待った。
しかし、彼が目覚めることはなかった。
「また、明日来る?」
「うん」
「そっか、俺も明日また来るから」
「分かった」
私たちは、諦めて病室を後にした。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「.........?」
拓夢は、重い瞼を上げ辺りをキョロキョロと見た。しかし、玲も大輔も帰ったあとだ。誰もいない。
「?」
拓夢は、起き上がると頭に巻かれた包帯をとった。
まだ、怪我が治っていないこともあってたまに顔が頭痛で歪む。
「...........」
窓の外を眺めた。風で木が揺れる。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
翌日、私は再び病院へと足を運んだ。
「あの、真鍋くんの」
「あ、はい。どうぞ」
言い終わるうちに看護婦さんは勧めた。軽く会釈をして、病室までの廊下を歩く。
病室の近くに来ると、ドアが開いていた。
「........?」
不思議に思った私は、静かに病室へと足を進める。
すると、窓の外を眺めた真鍋くんの姿が目に入った。
「目が覚めたんだね!」
明るく声をかけて、近づくと眉を悲しそうに下げた真鍋くんが振り向いた。
「.....ど、どうしたの?」
彼は、静かに首を振って私の手を掴む。
「え?」
彼は、私の手を自分のほうに持っていくと優しく広げた。
そして、人差し指で文字を書き始めた。
(こ、え、が、で、な、い....)
「えっ!?」
彼は、事故のショックで話すことができなくなったという。
「そ、そんな.....」
涙ぐんだ私の目元に彼が指を近づけ涙を軽く払う。
"大丈夫"そう言ったように感じた。声が出なくなってしまったというのに真鍋くんは笑顔で私を見る。それがとても、切なく思えて仕方がない。
「...何もないのは、少しやりづらいからホワイトボードとか貰ってくるね」
彼は、手の平に"ありがとう"と書いて、手を離した。
私はナースステーションに向かい、ホワイトボードをくれないかと頼んだ。看護婦は真鍋くんの状態を知っているのか、すぐに渡してくれた。
お礼を言って病室に戻ると、仲居くんが来ていた。
「あ、仲居くん」
「あ、早いね。もう、来てたんだ?」
「うんって言っても、来たのはさっきだけどね。あ、真鍋くん、これ」
真鍋くんにホワイトボードとペンを渡すと、彼はすぐに文字を書き始めた。
「........」
書いた文字を私たちに見せる。
"来てくれてありがとう"
「昨日も、来たんだよ?」
二人で笑って言うと、驚いたように目を見開いた。
そして書いた文字を消して、再び書き始めた。
"まじで?起こしてよ!"
「だって、手術のあとだし...」
仲居くんがため息を漏らして言う。
「.........」
彼は、ホワイトボードに目を落とし少し考えて文字を書いた。
"気ぃ遣わせて悪いな"
悲しそうな顔で、私たちを見ると窓に目を向ける。
「?」
私と仲居くんも窓の外を見た。
大きい木が一本、庭に生えている。
「どうかしたのか?」
仲居くんが真鍋くんに尋ねると、彼は静かに首を横に振る。一瞬、寂しそうに顔を歪めたのは気のせいだろうか。
「そうだ、いつ声が出るようになるの?」
窓から目を離し、ホワイトボードに手をかける。
”分からない。けど、そのうちリハやるから、近いうちには”
「そっか」
私と仲居くんは顔を見合わせて、胸を撫で下ろした。
すると、仲居くんは彼の肩に手を置き「また、走れよ?」と声をかける。
真鍋くんは一瞬、呆れたような顔をすると笑顔で頷いて見せた。
「そういえばさ、藤崎は部活どうするの?」
「ああ、部活はね。陸上部に入ろうと思ってるの」
”走れるの?”
「あー、ううん。走れない」
私は、体育が苦手で成績はいつも2だった。けれど、真鍋くんの過去を知って再び彼のやる気を出させたい。あの痣が彼を退部させた理由なら、その痣を忘れられるようなことをしてあげればいい。
”じゃあ、どうして?”
「体力を、つけたいから」
「そっか。じゃあ拓夢も、また入れば?」
”過去を知ってるだろ?”
「走るだけなんだから、問題はないだろう」
”...............”
真鍋くんの表情が少し、暗くなった。そういえば、私が過去を知っていることに気づいているのだろうか。仲居くんの様子から見るに、伝えてないと分かる。その証拠に真鍋くんが、そわそわしている。
多分、今の会話を見ていたかどうかが気になったのだろう。
「あ、藤崎は知ってるよ?」
彼の様子に気づいたのか、仲居くんはそう言った。
”なんでだよ!”
怒って眉を上げた真鍋くんに、仲居くんは「まあまあ」と押さえを聞かせる。
しかし、彼はホワイトボードを仲居くんに押し付けた。
「わーるかったって!」
笑いながら謝る仲居くんにお構いなく、ホワイトボードを叩き込む。
数分後、落ち着いたのか彼は私に”忘れてくれ”と書かれたホワイトボードを見せた。
黙って頷くと、彼は良かったというように文字を消した。
彼の本心は一体、どんなふうなのか。少しばかり気になった。
しばらくして、病室を出た私と仲居くんは廊下のベンチに腰掛ける。
「元気そうで良かったな」
「だね.....」
仲居くんはため息をついた。
「あいつは、少し頑固っていうかなんていうか。まあ決めたことは変えない主義だからな、陸上部に戻る可能性は低い。けど、立ち直らせるために”入る”って言ったんだったら頑張れよ?」
確かに、そういう意味を込めて”入る”と口にした。けど、もう一つ理由がある。それは私情だから仲居くんには言えないけれど。
「うん、頑張るよ」
「............」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
私は学校に登校した。
真鍋くんが事故に遭ってから数日が経ち、みんなが落ち着いてきたところだろうか。
しかし、話題は堪えなかった。
時々、お見舞いに行こうという声が聞こえるのだが仲居くんが「あまり、大勢で来るのは」という理由を述べて止めていた。多分、仲居くんは真鍋くんが話せないことをみんなに悟られたくないのかもしれない。これは私の予想だけど、事故に遭っただけでも心配しているのにさらにまた事を大きくさせるわけにはいかないからだと思う。元気な姿を最初に見て欲しいのだと。
お昼休みに、私は仲居くんとご飯を食べた。口数が少なかったけど、今は楽しい気分になれそうもないのは分かることだろう。
「・・・・今日も行く?」
「あ、まあ一応」
「そっか。私もちょっと遅れるかもだけど行くから」
「そうか」
会話をしたのは短いもので、そう長くは続かなかった。
真鍋くんがいない日々を送るようになった私たちはお互いをお互いで必要とするようになった。
私も仲居くんも彼がいないと不安で仕方ない分、一番近くにいる人を必要とする。
それは、誰でも良かった。少しの間、安心できる居場所が欲しいだけ。
意味はない。
(早く、帰って来てよ。真鍋くん.........)
とても、とても長い日々が過ぎ去ってゆく。
今、あなたは何を思っていますか?
学校が終わり、私は家に帰宅した。
このあと、病院へと向う。しかし、その前に喫茶店に寄ろうと思っている。
それは、彼の大好きなココアを買うため。
「.....外出はまだ、出来ないもんね」
彼があの喫茶店のココアが好きなのは、仲が良くなってからで。
最初は、あまり個人的な話には入らなかった。
始めは、好きなものをお互いに言い合ったりとか。
けれど、ここ最近。少しは開いてくれるようになったかもしれない。
自分の心の内を。
「行こう....」
準備をして家を後にする。
少し歩くと、喫茶店の看板が見えてきた。
ドアを開けると、チリンと鈴が鳴り響いた。
「あ、えーっと藤崎さんですね?」
「え....なんで、名前を?」
「あ、僕は真鍋くんと知り合いでねよく君の名前が出てくるんだよ」
「そう、なんですか」
真鍋くんは私のことを話してる?この人に?
「あー悪いことじゃないよ?」
見透かさしたように、店員さんは言った。
なんとなく、ホッとしたのはなぜだろうか。
「................」
「な、なんですか?」
「うん?いや、仲居くんが......ふーん」
「え?え?」
「いや、なんでもないよ。きにしないで」
「は、はあ.....」
店員さんは、にっこりと笑って「それで?用件は?」
「あ、ココアください」
「はいじゃ、ちょっと待っててね?」
「はい」
ココアが出来るまで、私は店員さんと話をした。
店員さんと真鍋くん、そして仲居くんは昔から仲のよい兄弟のような関係らしい。
家が近所で、いつも一緒にいたとか。
同い年、ということもあってか真鍋くんと仲居くんはいつも喧嘩をしてた。
その度、2人を止めてたのはこの店員さんだという。
「あのときは、楽しかったよ」
過去を思い出すかのように、目を細めた。
「けど、真鍋くんは.....感情を出さなくなったんだよね」
「.....怪我、ですよね?」
「あ、聞いたんだ」
「はい」
沈黙が喫茶店内を覆った。
「怪我の原因は、大会の競技で使う棒だった」
「棒?」
「そう、棒高跳びっていうあの棒を使って飛び越えるってやつ」
「ああ、なるほど」
「.....だから、走ることをやめた」
店員さんは小さく、悲しそうに呟いた。
過去を振り返ると胸が痛むことは誰にだってある。
けれど、真鍋くんの場合は.....その傷跡が残っている。
それは、振り返りたくなくても思い出してしまう。
忘れたくても、忘れられない。悲劇の過去。
「藤崎さん」
「はい?」
店員さんは私を呼んで、少し黙ったあとこう言った。
「真鍋くんの本当の存在を取り戻して」
”存在”という言葉に違和感を感じた。
真鍋くんの存在?
それは、どういうことなのだろうか。
「真鍋くんはね、一人で苦しんで自殺を試みたことがあるんだよ」
「え!?」
「多分、仲居くんはそれを知らない。知ってるのは、君と僕と真鍋くんだけ」
店員さんは、「ココアできたよ」と言って話をそらした。
「.......それは」
「ん?」
「どういうことですか?」
「ああ。うん、えっとね。長くなるけど」
「あ、はい。30分くらいなら」
「行くんだよね?」
「はい」
「じゃ、手短にね。あ、僕の奢りだよ」
ココアをカウンターに2つ置くと、話始めた。
「さっき話した通り、真鍋くんは部の代表として大会に出た。けれど、ある問題が起きて横腹には大怪我を負った。もう、傷はふさがっているけど痣が残っている。真鍋くんは部にとって大事な大会を自分のミスで汚してしまったと思ってた。それで、部員に顔を見せたくなくて部を辞めた。
やはり部員に迷惑をかけてしまったことを悔やんでいたのがきっかけだろう。
ある日、真鍋くんは自分の部屋で自殺をしようとした。なぜ、それくらいのことでって思うかもしれないけど、それくらい部活、部員、大会を大切にしてたんだよ。走るのが、大好きな真鍋くんにとって苦しく悲しい過去でしかない。
自殺をするとき、ちょうど僕が真鍋くんの家に訪問したんだ。親がいなかったし、勝手に上がらせてもらったのだけれど、まさか、死のうとしてたなんて。だから意識が朦朧とした彼をどうすればいいか迷ったけど、とりあえず血が出ていたところは止血して、どうにか事を得たんだ。けど、真鍋くんは感情とか人にとって必要不可欠なものを出さなくなった。いや、出せなくなったのが正解かな?けどね、最近は喜怒哀楽がはっきりしてきたんだ。これは多分、君や仲居くんたちのおかげだね」
店員さんは、溜息を漏らし最後にこう呟いた。
「真鍋くんの友達になってくれてありがとう」と。
これは多分"心の支え"というものだろう。真鍋くんにとっての心の支え。
「長くなったね、ココア冷めたかな?」
ココアは、しょんぼりとしたように湯気を少し出している。
「まだ、大丈夫です」
「良かった。それじゃ、よろしくね」
「.....はい」
店員さんに挨拶をして、喫茶店を出ると雪が降っていた。
随分時間が経ってしまったけど、まだ仲居くんは病室にいるだろうか。
(とりあえず、行こう)
ココアを零さないように持って病院へと急いだ。
病院に着き、急いで病室に向かうと仲居くんが出て来た。
「あ!」
「ああ、遅いぞ。拓夢が待ってる」
「ゴメン、喫茶店に寄ったから」
「そっか。ま、とりあえず入れよ。ココア冷めるぞ」
「あ、うん」
ドアを開けて病室の奥へと足を進めた。
足音に気づいたのか、彼は窓の外に向けていた目を私に移す。
真鍋くんはココアを見て、目を輝かせた。
その様子が幼い子供のように見えて、思わず笑ってしまう。
”なんだよ”とホワイトボードを私に見せて怒っていた。
「あ、ごめん。なんでもないよ」
私がココアをデスクの上に置き「これ、喫茶店のやつ」と言うと
彼は”ありがとな”と字を書いた。
”あそこのココアはうまいからな、飲みたいって思ってたところなんだ”
「そっか、良かったよ。あ、仲居くんは?」
”もう、帰るって言って出てったよ”
「そうなの。そういえば、リハビリは?」
”今日から、始まったんだ。近いうちに直るって”
「良かった。頑張って、話せるようになってね。それで、また話をしようよ」
”ああ”
ここで、会話が途切れた。
静かになった病室で彼と2人きり。
事故のこともあってか、話をしずらい。
気を遣っているわけでもないけれど、なぜか黙ってしまう。
それは多分、真鍋くんが時々見せる偽者のような瞳で窓の外を悲しそうに見るから。
「外に行きたいの?」
彼は、振り返ってホワイトボードに字を書き始めた。
”行きたいけどさ、そうもいかないだろう?”
「車椅子に乗ればいいんじゃない?」
”いいのか?”
「うん。私で良ければだけど」
”............ああ。じゃあ頼む”
私は車椅子を借りれないかと看護婦さんに尋ね、快く許可してくれたので車椅子を真鍋くんの病室に持って行った。
”ありがとう”
「ううん。じゃ、はい手伝うから」
彼の肩を持って、車椅子に座らせた。
車椅子の取っ手を持ちタイヤを滑らし病室を出て、廊下を進み外へと出た。
外は寒くて、風が吹いていた。葉っぱが一枚も付いていない木々が寒がっているように揺れている。
「寒くない?」
”ああ、大丈夫。それにしても、外に出るの久々だな”
「ずっと、ベットの上だったしね。そう思っても仕方ないよ」
しばらく、外を散歩して広い所に出た。
通り過ぎようと、車椅子を進めると彼が私の手の甲をトントンと二回たたいた。
ホワイトボードを見せる。
そこには”止まって”と言う文字が書かれていた。
「どうしたの?」
私が彼の目の前に立ちたずねると、彼は無言のまま地面に足を着いた。
「え!?駄目だよ。まだ!」
真鍋くんがいきなり、立ち上がろうとしたのだ。
怪我も完全に治っていないというのに、無茶をしようとしている。
止めようとして、肩に触れると手は払われた。
「..........」
”邪魔をしないでくれ、これも走るための練習だ。.........一緒にやってくれるよな?”
彼は、満面の笑みをして私にホワイトボードを見せる。
私は彼の中に眠っている”前に進む力”を知った。
”あきらめない””前を向いて、先を見る””地面をみるのではなく、空を!”
そんな言葉が心の中に浮かんだ。
怖いもの知らずな、その強い心を持って彼は立とうとしている。
私は、今にも泣きそうな顔で頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数週間が経ち、真鍋くんは退院した。
学校に着くと真鍋くんはいつものように笑顔で「おはよう」と言った。
「もう、声は完璧だね」
「ああ、2人のおかげだな」
「それにしも、あのときはびっくりしたよ。いきなり立ち上がろうとするし」
「ああ、ごめん。あのときも謝ったよな?」
「うん。でも、まさか本当に立てるなんて思いもしなかったけど......」
あのとき、補助なしで立ち上がった。多分、彼を立たせたのは強い気力と根性だろう。
立てたときはそれでもかというほど2人で喜んだ。けれど、見回りをしていた看護婦さんに見つかり怒られてしまった。
「とりあえず、嬉しかったよ。ありがとう」
「ううん。あ、これからどうするの?」
「ああ、部活か?うーん、今日は無理だけど明日からなら」
「うん、わかった。あ、一緒に先生のところに行こうね」
「ああっ!」
怪我が完治し、体を動かせるようになってから彼はリハビリに励んだ。
体力が有り余っているのか、気づくと体を動かしている。
リハビリも兼ねているのだろう。たまに、苦痛で歪んだ顔を見ることがあるが彼は彼なりに必死になっている。
私には、何もできない。
これは彼の問題であって私の問題ではないため、どこまで踏み込むことができるのか。いや、踏み込ませてけれるのか分からない。
(心に触れる資格なんて、私にはこれっぽっちもない.......)
○ ○ ○ ○ ○ ○
「........なんでっ」
仲居大輔は、二人の姿を見て顔をしかめていた。
何故か、二人を見るとイライラする。これは"嫉妬"というものだろうか。藤崎の傍にいたい、けど拓夢と馬鹿やって大笑いもしたいという気持ちが同時に押し寄せる。
心がざわつき、落ち着かない。
「俺、どーしたんだろう?」
大輔の頭の中で考えがまとまらず、まるで混ざった絵の具のように様々な事がぐるぐる廻っていた。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「あ、大輔。そんなところで何してる?」
「拓夢.......。いや、別に」
「あ、チャイム鳴るよ。行こう」
「ああ......」
私たち三人は、教室に入って行った。
日常が戻りつつある今、ある行事が行われる。それは.....。「文化祭!?」
「そう。藤崎は知らないだろうけど、この時期は文化祭がある」
「俺達はなんだろうな」
「ああ。そういや今日、決めるらしいけど出しもん」
「さすが、大輔。早いな」
「これぐらい、普通だ」
二人が言うには、各クラスが出し物をして評判が高いクラスはご褒美をもらえるらしい。ご褒美、と言っても下らないものではなく食べ放題のお店の券や旅行券などが貰えるというのだ。これは、燃えるのが当たり前といったところ。けど、こういったものは嫌いではない。
「へー。凄いね」
「だろ?」
「だから毎年、みんな多いに楽しんでいるんだ」
「あー、通りでみんなテンションが地味に高いのね」
「そゆこと」
先生が教室に入って来て、授業が始まった。
「........ってことで、出し物なんだが劇にしたいと思う」
「えー........」
先生の提案にみんなが、怪訝そうな顔をしている。どんな理由があってそんなものにしたか、気になるのは当たり前でみんな首を傾げた。
先生が述べた理由は、"楽しそうだから"だった。これには、みんな何も言えず、飽きれていた。そんなことを構うことなく、話を先生が進めていく。
クラスの子が反対の意見を止めることなく、発言していたが先生は変えようとしなかった。先生がこんなにも劇にこだわるのには別の理由があると思う。
多分、真鍋くんのためだろう。
真鍋くんの退院祝いとか、そのようなことしか思いつかないけれど、なにか大切なことなのは間違いない。
数分後。結局先生がみんなの意見を押し切り、私たちのクラスでは劇をやることとなった。
「無理矢理にも程があるだろ。先生」
「だね」
「.......。ま、いーんじゃね」
「呑気でいーよな。大輔は」
「なんだよー。それ」
「いや、誰の意見にも揺れないっていうか何ていうか」
「呑気は、関係ないだろっ!」
「あはは。ごめんごめん」
相変わらず、この二人は仲が良い。少し、羨ましいのはなぜだろう。転校してきたからなのかは分からないけど、この二人を見ていると......。
「どうした?藤崎」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「........」
お昼休みになり、いつものように私たち三人で食べた。
たまに、おかずの取り合いで二人が言い合うときもあるけど楽しくて面白い。けど、たまに思う。私は二人と一緒にいて良いのかと。気づくと行動を共にしていた。偶然そのようになったかは定かではないが、何か違和感があるのは私だけだろうか。
二人は、何もない、知らないというふうにふざけあってるけど何かが......。
「藤崎?」
「あ、何?仲居くん」
「いや、なんか目が遠くを見てたからさ」
「え?そうだった?」
「無意識かよ....」
「ごめん、ごめん」
全ての授業が終わり、帰宅した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日。私は喫茶店のココアを飲み学校へ登校した。
学校に着くと、真鍋くんが下駄箱で待っていた。
「あれ?おはよう」
「あれじゃない。行くんだろ?顧問のところ」
「約束してたね」
「ああ」
昨日、真鍋くんと陸上部の顧問に話をしに行くという約束をしていた。けれど、こんな朝早く待っていることはないと思う。本人は、ただ走りたいんだ。怪我をする前のように、明るく楽しく。走れるのが楽しみで、下駄箱で私を待ってくれていた。
「うん、行こう」
職員室に向かう廊下を歩き、私たちは笑いあった。ただ、入部するだけだと言うのに、この高まった気持ちや激しい鼓動はなんだろうか。
(これが、緊張っていうの?)
違う。多分、楽しみで仕方がないんだ。真鍋くんと一緒に走れることを.............っ!!
高まった気持ちを抑えつつ、職員室に入る。中は閑散としていた。
「あのー、長峰先生はいますか?」
真鍋くんが言った、長峰先生は陸上部顧問でスパルタ教師らしい。過去に真鍋くんは陸上部に入っていたから知っているのだろうけど、私は見たことがない。しかし、陸上部に入部すると決めたからにはスパルタであろうとなんだろうと耐えて運動しなければならないのはわかりきったことだろう。
「ん......?あ、真鍋か。どうした?お前、退部しただろ?」
「先生、辞めたことは謝ります。けど、また入部したいんです」
「.....本気か?」
「はい。また走りたいんです」
「.....そうか。それで、君は?」「私は、入部希望の藤崎です。よろしくお願いします」
長峰先生らしいその人は、真鍋くんと私を交互に見て笑った。
「固くなるな。わかったよ。じゃ入部届けに名前書いて」
「はいっ!」
私と真鍋くんは顔を見合わせ微笑み入部届けに名前を記入する。長峰先生は、丁寧にそれを集めまじまじと見た。
「藤崎さん、ね。しばらくは真鍋と活動を一緒にしなさい。真鍋は藤崎さんにメニューを教えること」
「はい!」
「あ、えと。よろしくお願いします」
こうして、陸上部への入部手続きは済んだ。ちゃんとした活動に入るのは明日からで、今日は挨拶だけすればいいらしい。
教室に戻り放課後、部活動が行われる場所で待ち合わせを彼として、席についた。
気づくと、放課後になっていた。
今日は、なぜかいつもより時間が経つのが速い。
どうして、このような感覚に襲われたのかは分からないけれど、とりあえず真鍋くんとの待ち合わせの場所へと向った。
「あ、待った?」
「おお。いや?大丈夫だよ。じゃ、行こうか」
「うん」
私たちは、部室へと向かいドアを開けたーーーーーーーーーー
end
次は「走って 3」です。
よろしくお願いします!!