第6話 告白はもちろん断りました
帰り道に集団に襲われた翌日、秋子は校舎裏に呼び出された。古式ゆかしく下駄箱に入れられたその手紙は残念ながら、ルーズリーフの切れ端であったが、一生懸命丁寧に書いたと思われる字には好感を持てた。持てたからといって、秋子の採る対応は変わらないのだが。
指定された時間に校舎裏に行った秋子を待っていたのは呼び出した本人、八家の一つ信太家の傍流である真野家の長男、義彦であった。彼は2年生であったがその才能は魔法戦士科の中で3年を差し置いて随一であった。
「秋子さん、僕とつきあって下さい!」
「ごめんなさい。私、まだ男の方とお付き合いするなんて、考えられなくて。真野先輩がとても素敵な殿方という事は、よく解っているのですが、私はお付き合いすることができません。」
秋子の、(作り)笑顔で少し申し訳なさそうに言うと、義彦は途端に顔を赤くして狼狽えた。
「い、いや。そんなあやまらないでよ。僕の方こそ、急にこんなことを言ってごめんね。でも、いつか秋子さんが男性に興味を持って、その時に僕の事を思い出したら、その時はもう一度告白させてもらっていいかな?」
自分でも何を言っているのかよくわからなく、義彦が弁明をはじめる。
「そんな、そのような事は先輩に対して、失礼になります。でも、もし将来、私にお付き合いしてくださる殿方が誰もいなく、その時に先輩がまだパートナーをお持ちでなければ、お言葉に甘えさせていただきたいと思います。」
煩悩を排したヒンドゥーの修行僧でも一発で陥落するような笑みを向けると義彦は、赤くなりすぎて目を回してしまった。秋子は、その体を校舎の壁に寄り掛からせ、その場を後にする。
「全く、僕は正真正銘の男だっていうのに、なんで男から告白されなくちゃならないんだ!」
校舎に戻った秋子が廊下をブツブツと言いながら歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「秋子!用事は終わったの?」
振り向くと彰子と智隆が並んで立っていた。
「ええ、毎度の事ながら、非情に面倒なことよ。」
秋子が肩をすくめながらため息を吐く。
「あれって、信太のところの真野先輩だろ?振ったんか。もったいない。今、信太家は直系に子どもがいないから分家から養子を取るだろうと噂されているんだぞ。上手くやれば、信太家当主婦人にもなれたかも知れないのに。」
「馬鹿ね。秋子は男なんかに興味がないのよ。それに、秋子には私がついているのよ。その辺の男なんかに頼らなくても秋子は生きていけるんだから!」
「「ははは」」
彰子の言葉に、秋子と智隆は顔を引き攣らせて笑う。そこへ、彰子がいきなり秋子に耳打ちをしてきた。
「でも、いくら秋子だといって、隆にあの笑顔は向けないでよ?」
乙女心と友情というのは決して両立しないということを秋子は身にしみて感じるのであった。
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さて、防衛高校と言えども、そのシステムは21世紀の高校とあまり変わらない。強いて挙げるなら実技が増えたということだろうか?そんなシステムなのだからLHRは当然ある。今日の5限はまさにそれであった。普段の流れから行くと、そのまま実技自習ということになるのであるが、今日に限って全校集会が開かれることになった。
「全校集会だなんて、珍しいというか私達が入学してから初めてよね?」
彰子がつぶやく横で秋子も今日の集会の内容を考えていた。昨日の襲撃についても実行犯は手配した人間が回収に行った時には既に姿を消していた。ある程度、大きな組織が黒幕としていると考えたほうがいいだろうと思っていた。昨日の実行犯たちの狙いが、八高一年首席としての神埜秋子をターゲットとして襲ったのか、それとも、神埜秋子という人物を襲ったのかも確定はしていない。最も、前者の可能性のほうが高いだろうとは考えていたが・・・。
「秋子、聞いてる?」
横から彰子が突っついてくる。少し、思考に集中し過ぎたようだ。
「え?ええ。でも私にもよくわからないわ。何か、大事でなければいいのだけれど。」
「もう、しっかりしてよ、秋子。」
女の子同士として他愛ない会話を楽しみながら、二人は講堂に向かった。
「であるからして、特に魔法科の生徒は一人での行動を慎むように。」
集会の内容は、最近防衛高校生が何者かに襲われ、更に魔力を奪われているということであった。相手は、今までの目撃情報から複数での犯行で、かなりの手練れだということであった。
「秋子、あなたバイトはどうするの?」
集会が終わった途端、すぐに彰子は秋子に抱きつきながら尋ねた。特に、魔法科の生徒の一人での外出は厳に慎むようにと言われたばかりであった。
「え?ええ、多分大丈夫じゃないかしら?私強いし!」
昨日、その一味と思える集団を相手に逃げてきましたとも言えず、秋子は目を逸らしながら相槌を打った。
「そんな事じゃ、危ないわ。秋子に何かあったら、どうしてくれましょうか?そうね、忠恵家の総力を結集して犯人を追い詰めて、フフフ、それだけじゃ気がすまないわ。どうしてくれようかしら。」
「お、おい、彰子。抑えろって!」
自分の婚約者が黒く染まっていくのが見てられないのか、智隆が彰子を止める。
「なによ、隆、あなた秋子がどうなってもいいの?この薄情者!!」
「い、いや、その時は礼部家の総力も上げて忠恵に協力するけど、・・・。じゃなくて、だったら俺らで秋子をバイトまで送り迎えすればいいじゃないか?」
智隆の突然の提案に、苦笑いをしていた秋子は慌てることになった。
「ちょっ、ちょっと、それ駄目!今までなんで二人にバイト先を教えてこなかったと思っているのよ。二人にあんな姿を見られたら、私恥ずかしくて耐えられないわ!」
「え、あんな姿?秋子、お前、なんかいかがわしいバイトをっ!」
「え?そ、そんな事はないわ!!ただちょっと制服が可愛らしくて私に似合っていないというか、なんというか・・・。」
発言から、なんか変な方向に想像されて、秋子はますます弁明に追われた。
---男なのに、風俗とかで働けるわけないっつうの!勘弁してよ!
結局、十分気をつける、何かあったら遠慮なく二人を頼るということで説得させた秋子であった。