大雨の出会い(1)
ほかの小説を書く片手間に、ファンタジー分野にも手をつけてみました。
面白さは保証いたしかねますが、心の広い方はどうぞ。
※不定期更新になる予定です。
結局昨日も、俺は腕を切り落せなかった。
だから、今日こそきっと……。
今にも崩れそうなおんぼろ小屋の中、目を覚ましたダルは窓の外を眺めた。
朝だというのに、辺りはちっとも明るくない。それどころか、雲はずっしりと重く湿気を含んでいて、空全体が不吉な灰色に澱んでいる。年季の入った窓枠がさっきからがたがたとやかましい音を立てているのが気になってはいたが、庭の木の様子を見ればすぐに分かる。激しい風が、これでもかと荒れ狂っていた。
もうすぐ土砂降りになりそうだ。
朝っぱらからスコールの発生か……。でも、まあいい天気じゃないか。清々しい一日の始まりだ。
ダルはそう思い、ひとつ伸びをすると、ぼろぼろのベッドから這い出た。薄暗い部屋の真ん中、テーブルの上にたった1つ置かれたランプの光に、舞った埃が反射する。飼い猫のベータが、くしゅんと小さなくしゃみをした。小さく微笑むダル。
「よし…それじゃ」
彼は、目を閉じて呼吸を整えた。そして心を落ち着け、自分がこれからしようとすることを思い浮かべた。何度も何度も、頭の中でシミュレーションしてきたはずだ。
大丈夫、今度はいける。
自分自身に言い聞かせるように念じて、それから彼は斧を振り上げた。
狙いはまっすぐ、自分の左腕に。
「はああああぁぁっ!」
全身に気を充満させ、斧を振り下ろそうとした、まさにその時。
「ダル!!」
ドアを蹴破らんばかりの勢いで、紫色の髪、鋭い双眸、そしてメイド服姿の少年が大きな雨音とともに小屋に駆け込んできた。友人の突然の襲来にびっくりしたダルは、斧を手からすべり落としてしまう。
彼の手から離れた斧は、目標を大きく誤って床にざくっと突き刺さった。
「あーあ。今日も失敗しちゃったじゃん」
ダルのじとっとしたグリーンアイに見つめられ、メイド少年――ルヴェアは声を荒げた。
「失敗しちゃった、じゃない!あとほんの1秒でも遅かったらどうなってたことか…お前、何で分かんないの?腕なんて、切り落したら痛いじゃないか!血がたくさん出るぞ!どうするつもりだ!」
どこかずれた忠告をしてから、ルヴェアは勝手にテーブルの席に着き、パンをあさり始めた。朝一番に自傷行為を試みる友人の姿を見たせいか、いらだつ気を抑えるためにやけ食いでもするつもりのようだ。
「分かってないのはそっちだ。…俺はどうしてもこの腕を切らなきゃならないんだ。理由は分からないけと、そう確信してる」
冷静に答えるダルを横目で見やり、ルヴェアは彼に分からないよう小さくため息をついた。
あの事故から1週間。
ダルは確実に、変人への道を歩み始めている。
彼を見守るたった1人の友人として、自分は何をしていけばいいのか……。
ルヴェアの苦悩は計り知れない。