3、平和の裏って怖い
3、平和の裏って怖い
ガラガラガラ…
「おかえり、喪唯くん」
「…ただいま」
反射的に返したものの、声はダルだるしく、いったい何があったのかと思いたくなるほど服はビショビショに濡れ、おまけに髪の毛は爆発してしまっていた。
思わずクスクス笑っていると、玄関の後ろで同じ格好をした良く知る人物がそっぽを向いて突っ立っていたことにきがついた。
「あ…安条くんもいたの!?…さぁ、上がって。今日は本部にいたって私の家にいたってあんまり変わらないよ。お風呂も炊けてるし…」
成沢涼ことお涼は、この二人を良く知る人物…なの…だが、
「いいですよ。俺ァこいつのこと届に来ただけなんで…失礼します」
「遠慮しないでっ…何でそうなったのか知りたいし」
「…」
ぐいぐい…と、手にこもる力が次第に強くなり、雪名は仕方なく溜息を漏らした。
「先輩が自転車のバランス崩して車にはねられたんすよ」
「…ちっ」
(…いや、ちっ…とかじゃなくて普通は死ぬよねソレ。っていうか街の治安守る人がそんなんでいいのかな…?)
「明日は仕事あるの?」
「俺たちは毎日仕事みたいなもんですよ」
「…姉貴は?」
ぐつぐつ煮えたぎる鍋を前にして、風呂に入り終わった二人は早くも箸を手に持った状態で涼の話を聞いていた。
「桜木の整備のアルバイトに行くの。恥ずかしいけど…まだろくに仕事に就けなくて。この蓬原に来てから私何も…喪唯くんのためにしてあげてないよ…だから喪唯くんのことを受け入れてくれた本部の皆さんにも…」
「あ…姉貴。そろそろ食べないととうふが崩れてきますよ」
あーっ!…と悲鳴を上げる涼を見ていると、またいつもの「喪唯がお世話になって…」などというグタグタした話へと変わって行ってしまうため、油断ならない。
「いただきます」
「召し上がれ」
崩れた豆腐をカバーしようと新しい豆腐が追加されていることには気づかず、男二人はがつがつと食べ始める。
「どう?」
食べ初めて即座に味の感想を求められて、
「うまいです」
とだけ言葉を返す。鍋は野菜をぶっこめば出来上がりなのに…不器用な男にでも作れるこんな…鍋…ん?
箸が何かぐつぐつ音を発する鍋の底で何かに当たり、それを雪名が引っ張り出す…と。
そこには赤い何かがうごめいていた。
タコか?蟹か?…それとも…
やばいぞ…と本能的にそう思った瞬間、ぼりぼり…という何かを噛む音がすぐ隣で聞こえた。
「…」
見ると、絶妙な顔つきで雪名は口をモグモグと働かせていた。
「んっ…んまいっすね、コレ。蟹なんざそこらじゃ売ってねぇっすけど」
ついでに雪名は御飯と一緒にそのうごめく何かを噛み(殺し)飲み下す。
「さすが安条くん。それはね、すぐ近くでとれた…何だっけ…サ…サソ、リ…ガニ…だっけ?まぁ、気にしないで食べてね。あっ…ホウレンソウ入れないと」
(今明らかに毒虫の名前を…)
すると喪唯はそれを食った雪名のことはどうでもよしに、短く答えを口にした。
「…あの、姉貴」
「何?」
「あんまり食料調達だって言って変な生き物は連れてこないでください」
そのうち…絶対kの家にヘドロモンスター的な何かを連れてきそうな予感がするからだ。しかしそんなことなどまるで聞こうとしない涼は、よいしょっ…と大きいボトルを卓上にあげた。
「それなんすか?」
「うーん…喪唯くんはお酒弱いんだよね。なら…ハイ、一杯だけだよ」
笑顔で受け渡されたのは小さいコップにたっぷりと入った蓬原酒だった。
「はい…雪名くんもどうぞ。嫌な髪のことなんて忘れちゃおう?」
「ありがとうございま…ゴブゴブゴブ…」
受け取るなり雪名は躊躇いもせず酒を飲み下す。二つ上の先輩が、酒好きということを忘れるhずがあろうか…少しは自分の体のことも考えてほしいものだ。
「うっ…」
一口飲んだだけでこの調子だ。喪唯はつくづく思うが、酒場ではいまいち空気に乗れないところがある。
「んで…アイツが……って…で」
「そうだよね。…だし、…はだめだよね」
だんだん愚痴が多くなると、少々この場には居づらい雰囲気になってきた。大人二人同士…いや、二つ年上…なだけんんだけど、この二人は。
「ハァ…」
なんだか疲れてきたので一つ隣のふすまを開けて、喪唯は横になった。
せめてもの配慮として、あの二人があんまり飲まない様にと思い、酒のボトルは数本ぬいてきたのだが、それでもこの家には何故か酒のボトルが腐るほど保管されている。
(こんな酒のどこがいいんだか…)
喪唯は解りづらいことに唇を曲げた。
「すべて喪唯のせいですよ」
(……っ!?)
「えー喪唯くんのせいなの!?…それじゃあ後でしっかりしつけ直してあげてね!」
「おう」
(何どさくさにまぎれて俺のこと言ってんすか…)
まぁ、別にいいか…と、外に目を向ける。酒を飲んだ後のことはよく忘れると言うし。