2、辿り着きし末路
蓬原に、嵐が来た
流木天界はがくりと跪き、はいずる様に桜木の根元に近づいた。
砂利混じりの地面に額を擦りつけ、ありったけの力と意志で、一本の太刀を地に突きさした。
分厚い鎧の下で心臓がバクリ…バクリ…と音をたてて震え、傷口からはまだ完全にふがさがっていないため、今もなお血は溢れだしていた。
(デッケェ…桜)
猛烈な雨風に視界は奪われ、気がつくと街の明かりがかすかに見える。…そこはもう夜だった。
(ここぁどこだよ…)
真上から見える今、そこには風で奪われていく無残な桜木があった。
どのくらい歩いたのかは記憶が無い。ただ、覚えているのは…この刀で、人を殺めた時はまだ、チラチラと雪が降っていたということだけだった。
…天界は殺しあった。しかも、己に負けない堅い真をつらぬく男と。
一瞬の迷いが手元を狂わせ、冷たい川に切り落とされた。
彼の復讐だったのだろうか。川に落ちてゆく僅かな瞬間に奴が見せたむごい笑い…
「何だってんだ…俺はお前をっ」
なのに。
自分は迷い、奴を信じ、殺せなかった。
あいつは迷ったのだろうか?自分自身にためらいを向け、迷っていたのだろうか?
違う、あいつの目は…本気だった。
決めたことは何があってもつき通そうとする。そんな自分なりのルールが奴にはあって、俺には…ない。
「俺はお前を…兄だぁなんてな、思っちゃいねぇんだよ」
はっきりと覚えている男の声に、頭の中を何度燃え上がらせたことか…天界は、はい、そうですかなんて言えるはずなく、ただ、理解しようともせず、己の体に止まらせた。
「月の民」などと手を組み、みずからグループを結成させた、闇にてを染めた男…宮城明唯
戦役の時になると必ず出陣する、殺し屋だ。
大がかりな殺しを行う故に、金によって世の中を徘徊し、敵の骨を持つ、名の知れた連中なのは違いない。
別名「夜行」というグループ名で、その親玉が宮城明唯。
天界は詰めていた息をゆっくりはきだしながら、胸に詰まりそうな思いで雨水が口の中に侵入してくるのもかまわず、吸い込んだ。
(腹減った…)
胃がとっくに悲鳴を上げていることに何とか手で制すると、どうしてもあの男に言いたかった本音が口元からポロリ…と落ちた。
「親からもらった名前…大切にしろよな…あいつ」
天界は無意識のうちに強く奥歯をかみしめた。しかし、あの男と共に闘う奴らがどんな奴なのか、さっぱり解らない。仲間を平気で捨てて、殺すあの男と一緒に行動するなど、天界は不思議な思いだった。
(ゆるさねぇ…何考えてやがるっ)
昔からよく分からない男だとは思っていたが、大人になるにつれて、しだいに思い違いが出てきたのだ。
「違い」…とは言ってもそれの意味はそもそも互いにすれ違ったものなのだろう。国のために戦う?
いや、違った。
自分でもよく分からないもののために、人を斬って来た。
ただ、それはすぐ近くにあったのだと、気がついたころにはこうなっていた。
流木天界も、あの男も…
(まだ…てめぇの顔ぶん殴ってねぇんだよ。…だからっ…生き抜いてやるさ)