1、食いたい時に食える奴は周りがあんまり見えていない
1、食いたい時に食える奴は周りがあんまり見えていない
「えぇ~今日は蓬原に…嵐が訪れるでしょう。づばり!不吉なな予感がしますねぇ。台風並みの暴風が吹き荒れると予想されますので、外には出歩かない様に…ましてや傘なんて差して出歩くなんて、死にますからね(笑)それじゃあまた今度~お天気コーナー墨田でしたぁ」
ぷちん、とテレビの画面から口の若干悪い女性アナウンサーの姿がもろとも消滅した。
「あっ、もう巡回っスカ」
頬杖ついて思わず虚ろになっていた、奥喪唯は背後でテレビリモコンを操作した黒髪の男に、なれたように呟いた。
「おい、喪唯。嵐が来る前に行くぞ」
「はーい」
よいせっ…と腰を浮かせ、いつも持ち歩いている愛刀を背中に背負う。
ここは蓬原治安維持署という「暁」の国の特別機関であり、こうした街の巡回も、仕事の一つとして任されているのだ。
二つばかし年上の安条雪名は、いつも懐にミニ鏡を持ち歩いているのだが、神経質というだけでナルシストではない。巡回は二人一組のペアか、それ以上の人数で行動しなくてはならないという決まりがある。そして、なにかと腐れ縁みたいなもので奥喪唯と安条雪名はツーペアだ。
本当に、仕方なく…
何時も通り、薄暗い路地裏を抜けて街の一角に出ると、もう街はいつもの黄昏時になり、と同時に街の喧騒やいつもの活気が薄れていることに気がついた。
「…にしても、静かっスネ」
「嵐の前の静けさたぁ…こんことかよ」
あのいつもの間抜けた空気が満ち始めた。
「雪名先輩。その鏡割っていいっスカスカ」
「解った。…いや、わかんねぇよこのドアホ。つかスカ今何回言ったお前?」
瞬時に片方に隠し持っていた鏡を懐に隠すと、なんだか本当にいつも通りの会話になっていることに気づき、深い溜息をつく。
「そんなにその髪型嫌いなんだ?」
「君と同じくらい嫌いだよ。ワッハッハッハ」
半分棒読みになっていることなどどうでもよしとし、即答した雪名はポケットの中から一つのキーを取り出し、目の前に置かれた古ブルしいボロチャリの鍵穴に乱暴に突き刺した。(あれ、この人神経質じゃないのかよ)
ガチャン…とキーロックを解除した所で、「あっ…」と声が上がった。
「チャリ一つしかねぇじゃねえかよ…おい」
「車あるじゃないスカ」
喪唯は何故かあざ笑うようにそう薄く笑って、それから何事もなかったような顔で何時の間にかチャリの後部に跨った。
「雪名先輩。その代わりこいでください 」
刀でもぬいて喧嘩腰に飛びかかってくるかとも思ったが、雪名はケラリとした笑みを含めるだけで、無言で前の場所にまたがる。
軽い振動の後に、街の風景はゆっくりと流れだした…
「ちゃっちゃと終りにしちゃいましょうよ…巡回。俺、雨に濡れたくないんで」
背後に座る二つ下の後輩が、笑いながら声をかける。
「テメェ…何時からそんなでけぇ面になった」
「一週間くらい前…丁度、先輩が飲酒運転で車の免許を剥奪された時」
「その口もだっ…」
微妙な例え、ではなく事実をペラペラ述べる喪唯に、雪名は夕焼けに向かって吠えた。
「おうおうやっとるねぇ、今日も。若者はいいのう…」
「さぁさぁ、今日は嵐が来るから家の中にでもいようかね」
どんな喧騒も、どんな静けさも、この街の沈む夕日には勝らなかった。