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4話 嵐の夜

蓮と俊樹がパーシヴァルから戻ると、ますます忙しくなった。蓮は手伝うこともあるが、技術的なことになるとあまり役には立たない。さらに、機能が限られているゼイラも仕事のない時があったりする。


その日、蓮は、ゼイラを連れてツリーハウスへ向かった。ツリーハウスを見上げながら、蓮はゼイラに言った。

「もう俺は、ここへ戻ってくることはないかもしれない。お前が俺の代わりにここを管理してくれ」

それはまるで、自分も父のように、ゼイラに何かをやらせようとしているかのようだ。


ところが、ゼイラの答えは蓮を驚かせる。

「私は、この秋で解体されることになりましたので出来ません」

蓮はゼイラを見ると言った。

「何だって?」


「私は、現存するアクトロイドの中で最も古い型です。私の他には四体しか残っていません。今回、すべてのゼイラ型の解体が決定されました。私は一番最後に解体されることになっています。私の部品は他に利用されるか解かされるかして新しい部品を作ることになります」

蓮は、そのゼイラの言い方に腹が立った。


「お前は、自分が解体されることに何も感じないのか?」

ゼイラは無表情のまま蓮を見る。

「ゼイラ型は人間のように感じませんから、私は何も感じません」

「お前が死ぬってことなんだ!」


ゼイラは淡々と答える。

「死は生の反対です。私は生きていないので、死ぬこともありません。あなたの言っていることの意味が分かりません」


蓮は、ゼイラが死ぬことに違和感がないのに不思議な気持ちがした。もちろん、蓮は死について知っている。倉庫の穀物などの食料をねずみなどから守るため、猫が三匹いたのだけれど、二匹は死んでしまった。

犬も、スカーグという名の大型犬が母の家庭菜園を野生動物から守っていたが一年前に死んでしまった。


スカーグは、どちらかと言うと父の俊樹の犬だった。

子犬がやってきた時、小さかった蓮は、犬の扱い方が分からずに苛めてしまったらしい。蓮にはその記憶はないのだが、スカーグを可愛いと思った時にはすでに遅く、どんなに努力してもスカーグは父の方が好きだった。とても賢い犬で、死んだ朝も、犬小屋でいつものように寝たまま、息が途絶えていた。寿命だった。蓮は、父が、その犬小屋の前で悲しそうに立っているのを何度か見ている。


動物も、人間のように死について考えることはない。それは、厳しい自然の中で生き、長く生きられない動物たちにとって自然的必然性だ。だが人間は違う。人間は、死について考える。


蓮が、ゼイラの態度に釈然としないのは、ゼイラが人間の言葉を話すからかもしれなかった。それにゼイラは、蓮が物心付く前からいる。だからいるのは当たり前のように思っていた。もちろん、この秋に、ここを去るに伴って変化があるのは分かっている。それを思えば、ゼイラにも変化があって可笑しくはない。とは言え、解体は全く考えていなかった。


そして蓮は、このことに自分が動揺しているのにも驚いていた。ゼイラを煩わしく思っていたからだ。能力の劣るアクトロイドで、父の仕事のための機械のようなものだ。解体という現実に、自分は、なすすべもなくうろたえている。。


しばらくの間、蓮は黙ってゼイラを見る。そして思った。ゼイラはアクトロイドで機械なのだから「死ぬ」というのは大げさかもしれないと。


「じゃあ、お前の最後の前に、俺の基地を見せてやろう」

蓮は、ツリーハウスの梯子を上った。

そして、ツリーハウスの入り口から下にいるゼイラを呼ぶ。

「上って来い」

ゼイラは動かない。


「どうしたんだ?」

ゼイラは答える。

「私には梯子を上る機能がありません」

蓮は、ため息をつく。そして、下りて来ると言った。

「分かった、下から支えてやるから何とか上れ」

ゼイラは、少しひるんだ様子を見せる。


「何だ?」

蓮は言う。

「その指示を撤回していただきたいのですが」

蓮は、ゼイラをにらむ。この夏の昼下がり、することが他に何もない蓮にとって、これは面白そうな挑戦だった。このツリーハウスは自分の場所で、


蓮はゼイラを先に上らせ、自分はゼイラの後から上る。

時間はかかったが、やっと蓮はゼイラをツリーハウスに登らせるのに成功した。


ツリーハウスの中は、テーブルとベンチ代わりの小さなベッドが壁際に付いていた。そのテーブルの上には、蓮のお気に入りのガラクタが置かれている。それらは、蓮が子供の時から集めていた、機械の破片や石や木切れなどだった。


ゼイラは、そのテーブルへ行き、ガラクタに触れながら言った。

「あなたが好きな物ですね」


 蓮はそれを聞いて、少し恥ずかしい気がした。

ゼイラは感情がないから、自分のガラクタをどうこう思う訳ではない。

とは言え、改めて言われると変な感じがする。

15歳の少年にとって、そのガラクタは、すでに価値のない物になっていた。


 「そんなことはどうでもいいよ」

蓮は無愛想に言う。

そして、ゼイラの左手に傷があり、中の機械が見えているのに気が付く。


 その傷は、ゼイラが梯子を上る時に付いたものだった。

そして蓮は、ゼイラは、結局、機械なのだと思う。

生き物ではないから、傷の痛みなど感じることもない。

ゼイラには、自分が解体されるのでさえ、どうでもいいことのなのだから。



 その後、蓮は困ったことになってしまった。

ゼイラをツリーハウスに上げたものの、下ろすことが出来なかったのだ。

結局、父を呼び、ゼイラを下ろしてもらった。



 それから蓮は、ゼイラを避けるようになる。

ゼイラに係わるのは御免だと思ったのだ。

それに解体されるなら、これ以上、ゼイラと親しくなるのはいやだった。

蓮はゼイラを気にしながら、ゼイラが自分の心に入ってくるのを拒んでいた。


 蓮は、することのないゼイラが、時々、うつむいたようにじっと立っているのを見かけたりする。

それでも、ゼイラに声をかけなかった。



 そして、嵐が来た。



 夜中に風と雨の激しく窓をたたく音が、蓮を目覚めさせる。

小さなランプが、部屋を薄暗く照らしていた。

突然、蓮は、ゼイラが自分の部屋に立っているのに驚く。

「ゼイラ、ここで何をしてるんだ!?」


 ゼイラは壁際に立つ像のようで、起き上がった蓮を見ることなく答える。

「あなたのご両親が、私にあなたを見ているように言われました」


 「父さんと母さんはどこだ?」

「天文台です。

修理中の壁を補強するためにそちらへ向かわれました。

私はあなたを見守るように指示されています」

蓮は、やっと状況を把握した。


 「分かった。

とにかく、俺は大丈夫だから、自分の部屋へ戻ってくれ」

ゼイラは蓮を見る。

「私の部屋とは?」


 蓮は思い出した。

ゼイラに自分の部屋はない。

あるのはラボの充電用アルコープだけだ。

それで蓮は言った。


 「お前のアルコープへ行ったらいいだろう?」

「アルコープは、この家にはありません。

それに、私は充電の必要はありません」

「じゃあ、どこかへ行けよ」

「どこへ行けば良いのでしょう?」

「そんなこと知るか!」


 蓮はブランケットを頭から被ってゼイラに背を向けた。

ゼイラは、そのまま壁側に立っている。

蓮は、それを無視して寝ようとした。

外の風はますます強くなり、窓は振動し、その音を伝える。

そして確かに、両親がこの家にいないのは心細いと思った。


 蓮は再び起き上がるとゼイラに言う。

「この部屋にいるなら、せめてそこに立って俺を見下ろすのはやめてくれないか」

ゼイラは答える。

「では、どうしたらよいのでしょう」

蓮は、考える。

「どうしたらって、立つ意外にどうしたらいいんだ?」と思う。

ゼイラには座る機能はあるけれど、座っても見られているような気がするのには変わりない。


 「じゃあ、お前も横になればいいだろ?」

ゼイラは再び困惑する。

「私には横になる機能がありません。

倒れた時に起き上がる機能だけです」


 蓮はため息をついた。

「またか」とも思うが、ゼイラが自分で起き上がれるのなら、以前のような問題にはならないはずだ。

それに、こんなくだらない問答でも、少なくとも蓮に嵐への不安を忘れさせているのも事実だった。


 蓮はベッドを降り、自分が床に横になってみせる。

「こういう風に横になるんだ!」


 しばらくの間、ゼイラは床の上に横になった蓮を見下ろしていた。

蓮は、ゼイラはいったい何をしているんだと思う。

こんなことならゼイラを無視してベッドに戻ろうかと思ったその時、ゼイラは蓮の隣に横になった。


 床の上で、横になったゼイラは蓮を見つめる。


 蓮は、少し驚く。

今回も自分の言い出したことだったけれど、考えてみればゼイラの行動は普通ではない。

ツリーハウスに上ったゼイラも変だった。

父も、よくゼイラにそんなことをさせたものだと呆れていた。

ゼイラには梯子を上る機能はないので、上る前に混乱し、動きを止めてしまうらしい。

おそらく、たった今、蓮が指示したことも、ゼイラに出来ないはずだった。


 そう思いながら、蓮もゼイラを見つめ続ける。

蓮は、こんな風にゼイラを見つめるのは初めてだった。

そして、ゼイラの瞳が美しいのに気が付く。

その吸い込まれるような瞳に見とれていると、嵐の音は遠くへ行ってしまったかのように思える。

ゼイラは、自分が生きていないと言う。

では、冷たいのかと思う。


 「ゼイラの瞳は冷たいの?」

蓮は、訳の分からないことを思わず口にしてしまった。

ゼイラの体には、人肌ぐらいの熱を出す機能があることを知っていたのにだ。


 ゼイラは、しばらくして、それに答えた。

「私の瞳はクリスタルガラスですから、冷たいかもしれません」


 「クリスタルガラスって高価なんだろ?珍しいよね」

「今はゼイラ型にしか使われていません」

「じゃあ、ゼイラ型がなくなるって事は、もう、お前の瞳はなくなるんだ」

「私の瞳は冷たいですか?」

今度は、ゼイラが聞いた。


 蓮は、何て答えようかと考える。

「ゼイラは、その瞳で何が見たいの?」

ゼイラの質問には答えずに、自分が、また訳の分からない質問をする。


 ゼイラは、少し混乱したようで、その答えも不確かなものだった。

「あなたの見たいものが見たいです」


 蓮は、自分の見たいものが何なのかを考える。

そんなことを考えたことはなかった。

大体、自分のやりたいことは何なのだとも思う。

都市に行くこと?高校へ行くこと?大人になること?それとも、このままでいること?


 「世界を見たい。

父さんが言った、この世の終わりだ」

突然、蓮は言った。

「そうだ、父さんが言っていたあの場所、あそこが見たい」と蓮は思う。


 その後、蓮は何も言わず、ゼイラも黙っていた。

嵐の音は、ますます強くなる。

蓮は、その音を、床の上で横になって聞きながら、そのまま眠りについた。

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