八 正体とその力
「あなたは交渉という言葉を知っているのか?」
怪訝な表情で言ってくる騎士の彼は、私を気遣ってくれるような物言いをしてくる。
それとも、私の無鉄砲な提案を危惧しているからかもしれない。
「ええ、知っているわ。
互いに利益になることを条件にして双方の利害が一致すれば交渉成立となること。
つまり、自分に利益が生じなければそれは交渉ではなくなるということ。
今の状況を踏まえると自身の保身が危うくなるということも考えられるわねぇ……」
しみじみと語る少女に騎士の青年が眉間に皺を寄せて言い寄った。
「分かっているならなぜ、このような条件を……」
「今回に限っては構わないからよ」
騎士の青年の話を遮って言葉を放つ。
怪しい者を見るような目つきで見つめ返し、何かを言おうと口を開こうとしているのを遮ることにする。
これ以上このことに関して詮索できないようにするために。
「それで、あなたたちの条件は何?」
中途半端に開いた口を一旦閉じてから、気を入れなおして話し出した。
「今はまだ話す時ではない。
それに、あなたが信用できる者なのか判断できなければ条件の交換することも、要求を呑むこともできない」
「それもそうね……」
若干残念そうに同意を告げる。
騎士の青年が自分のことを何も知らず、城内に不法侵入した不審者でしかない私の条件を呑むはずはないと分かっていても悲しい事実でしかなかった。
以前の様に無条件に受け入れられる関係でも立場であることも分かっていたが、悲しかった。
「しばらくの間はこの部屋から出ることはできない。
何か用があれば、俺かナルザ、ナルザの助手のカヌアを呼べ。
いいな」
いいけど……、肝心な人物の名前知らないのですが……と、思わず心の中で突っ込んでしまう。
「……アーク…………」
同じように思ったのか、ようやくナルザが騎士の青年の名前を呆れたように呼んだ。
「互いに名乗らないと呼べないよ……。
彼女はこの世界の人間ではないのだから」
ああ、知らないはずがないと思ってたのね……。
ではそれだけの人物ということだということを初めて知る。
「俺の名は、シュアーク・ジャン・ブロイア。
リーベルア国、近衛隊一隊長を務めている。
剣に関しては右に出る者はまずいない」
最後の一文を放つ時シュアークの目が厳しさを増した。
不審なそぶりを見せたらどうなるか分かるなという牽制だった。
「私は、ナルザ・メヌク。
リーベルア国、王室付きの医者です。
そして、この方は……」
捕虜の私に対して教えていいものか分からなかったのかナルザはシュアークに目配せして確認をしていると、なかなか自分を紹介してくれない二人に痺れを切らした少年は自身で名乗ってしまった。
「私は、リーベルア国第二王子フォルテ・デリア・リーベルア。あなたは?」
目をキラキラさせて名を訪ねて来たまだ青年には一歩及んでいない純粋無垢な少年は王子だったのかと納得する。
シュアークとナルザも綺麗ないでたちをしているがその上をいく少年――フォルテの恰好に納得がいった。
周りの危惧をよそにフォルテの向けてくる視線は純粋そのものだった。
大人たちの心配に気づいていないフォルテのその様子に思わず笑みがこぼれた。
「私の名は、レイ。
人ならざる異形の者――生きる屍。
そして――――なりたくもなかった闇の王」
思いもよらなかった事実を告げられた三人は驚いて口を空けた。
まるで王者の様だと思っていたシュアークの直感は当たっていたのだ。
直感は当たるものなんだなと驚いている脳裏に引っかかるものがあった。
「なりたくもなかった……?」
王になりたくない者などいるのか?と思っていると思わず口に出していたらしい。(よくよく考えてみると自分もなりたくはないが)
ナルザと王子は同じように聞こえたとシュアークの視線に頷いて見せた。
「ええ、ただ私以上に力のある人物はないっていうだけで押しつけてきたんだあいつはっ!」
彼女――いや、レイが初めて感情を露わした瞬間だった。
それと同時に、不穏な雰囲気が彼女の周りからあふれ出してくるのを感じた。
実際に、黒い闇が彼女の周りから濃くなっているかのように見えた。
不穏な気配を感じ取ったシュアークは思わず腰にある剣の柄を握り締め、ナルザは近くに居た王子――フォルテを怜から一番遠い己の背に庇うように後ろに避難させた。
「すまない……」
すぐに己の力が暴走していると気がついたレイによってその場は落ち着いた。
レイ以上に力がある人物が居ないと言うだけあって今までに感じたことのない脅威なものを肌で感じた。
リーベルア国で指折りに入るほどの実力を持つシュアークでさえ背中に嫌なモノを感じ、手にかすかであるがじっとりと汗ばんでいる。
ナルザとフォルテに関しては顔を青くして立っているのがやっとの様だった。
現状を見ればここに長居するのは得策ではないと感じたシュアークはすぐに二人を室内から連れ出すことにした。
レイが力を出したことは彼女の謝罪によりわざとではないことは感じ取れるが、いまだ信用するべきではない人物である者を信用することはできなかった。
「なにかあったら呼べ」
二人を先に室外に出し、己も出ると部屋の鍵を閉めた。
一筋縄ではいかなそうな捕虜に眉間に力が入った。
彼らが部屋を出ていくと、自分の失態にため息をついてしまった。
うっかり憎き仇の男の事を考えていたら思わず暴走してしまったことに対して。
若干ではあるが闇が私の感情に反応してしまったのだった。
シュアークはさすがというべきか、それとも前世の影響からかあまり干渉を受けていないように見受けた。
ナルザとフォルテに関しては申し訳ないほど、青ざめて見えた。
大抵の者はそう言った反応を見せる。
時には気を失うものが居るほどだ。
しかし彼らはそれ以外にも、レイの正体を知ってからようやく認識が出来たというように見えた。
――恐怖。
得体の知れないものをようやく認識できたのだ。
異形なモノは異形なモノ。
その存在の力を知ってようやく認識が出来る。
それに、ここは異世界。
普段は暴走を止める人物は居るが、ここには居ない。
普段ならば、どうなったっていいと思っているからあまり気にも留めていないが、ここには彼が居る。
いや、正確には時和の生まれ変わり――シュアークを傷つけたくない。
それには彼以外にも、彼の大切にしている者も含まれる。
ここに居る間はいつも以上に感情をコントロールする必要があるとレイは心の奥底で感じていた。
更新遅くなってしまい申し訳ありません。
うっかりシュアークのつきつける交渉条件を忘れてしまい、悩んだ挙句こうなりました。
シュアークがひどい奴に見えますが、私のうっかりのせいでもあります。。。(汗)
ようやく彼らが自己紹介(穏やかではありませんが)できて良かった。
これからもよろしくお願いします。
補足:レイの憎んでいるあいつはのちほど正体が分かります。
気を長くしてお待ちいただけると幸いでございます。