Ⅶ ビューの過去Ⅰ
知らなかったとは言葉に出さないが、理由を話してほしそうな瞳にビューは静かに笑いかけ、いつもの豪胆な雰囲気を微塵も見せることなく静かに語りだした。
「私が市民の出だという事はご存じですね。
まだ私が十二歳の頃の事でした。
両親が亡くなり、これからどのようにして生きていこうかと悩みながら文字通り地べたをはいずりまわるかのように生活していました。
生きる為に残飯をあさり、生き残るために拳を振るうこともありましたし、時には生きる為に売っている食料を盗んだりと法に触れるようなこともしていました。
元々ガタイのいい体つきでしたので、そこら辺のならず者に負けることはありませんでした。
そんな私はその地域の人たちの厄介者でしかなかったのでしょうね。
ある時、人が殺される事件が起こりました。
犯人の手掛かりは何もなかったのですが、矛先はすぐに私に向かってきたのです。
いくら私がしていないと言っても、今までしてきた私の素行の悪さは皆知っていたので、誰も庇うことはありませんでした。
証拠もなかったので連行はされませんでしたが、捕まればそのまま犯人に仕立て上げられるのは分かっていたので、逃げまどっていた時です。
お忍びで城下に降りてきている陛下にぶつかってしまったのです。
私も大柄ですが、陛下は鍛えていらしたのでもっと立派な体格をお持ちだったので私の方が尻もちをついてしまったのですが、それに腹が立ったのと相手の服装を見てまた自分がありもしない犯人にでっち上げられていると勘違いした私は無礼にも陛下に罵声を上げてしまったのです」
その時の頃を今でも鮮明に思い出しながら語るビューの横顔を眺めながら、フォルテは静かに話を聞いた。
* * *
「てめぇ、前向いて歩け!」
いきなりの衝撃があったすぐに罵声を上げられたことにびっくりしたのか、目の前にいる男は目を見開いたと思ったら、すぐに面白い物を見るかのように人を見下してみて来た。
勝手に犯人扱いするこの辺の住民や騎士団の警備の連中と変わらない態度にビューは思わず頭に血が昇って行くのを感じた。
しかし、男は意外な行動に出たので一気に頭は冷えていった。
「ああ……申し訳ない。
前を見ていなかった」
身なりのいい男が謝罪をするとは思わなかったのだ。
自分はいわゆるストリート・チルドレン。
街の治安の悪化にも繋がっている厄介者でしかない。
この辺ではちょっとした有名どころである自分に冷たい視線や怯えた視線、罵声をを向けられることがあっても謝罪されることはない。
しかも目の前にいる男の様な身なりのいい連中には特にだ。
「だが、君の前を見ていたなかっただろう?
お相子ということにしないかい?」
目の前にいる男の取る態度と言葉に呆気にとられていた俺はすぐに反応することが出来なかった。
気付けば立たされ、肩をゆすられていることに気付いた。
顔を上げ訝しげに見つめてくる男の顔を覗き込んだ。
その時の表情はさぞかし不思議そうにしていただろうなと今でも思う。
そんな中でて来た言葉はとてもバカとしか言いようのない正真正銘の心の声だった
「あんたは、いったい…………?」
その言葉に男は面白そうに笑った。
この時の自分に会えるならば、自国の皇太子の顔ぐらい覚えておけと殴ってやるのにと思う。
しかし、次の瞬間ハッとして辺りを見渡せばこちらを伺う好奇な視線と怪しむような視線が集中していることに気付いた。
すぐに掴まれている肩を振り払って走り去ろうとしたところ、腕を掴まれた。
必死に振り払おうとするが、男は冷静な声で信じられない言葉を発した。
「少し話をしたいのだがいいか?」
「は?」
それまで必死に振り払おうとしていたのが嘘のように抵抗をやめ、思わず男の顔を食い入る。
だが、すぐに自分の立場を思い出すと逃げ出そうともがくが、掴まれた手はどう足掻いても外れることはなかった。
こうなったら蹴り飛ばしてでも逃げようかと思った時に、それはなった。
「ぐ~きゅるるるっ――――」
主が必死になっているというのに、自分のお腹の生態は正直だった。
ずっと逃げまどう日々でまともな食事をしていなかった腹は抗議の悲鳴を上げたのだ。
「……くっ、お詫びに食事をしよう――」
静かに笑いをこらえる男の言葉に逃げることは不可能に近いことを悟った。
決して、詫びの食事に引かれたわけではないと言いたい。
しかし、本当にそうかと問い詰められれば後者の方の理由が大きかったと否定できないのが今でも悔しい。
またまた時間が遅くなって申し訳ありません。
しばらくビューの過去に入ります。
予定外……ですが、どうぞよろしくおねがいします。