Ⅱ 己の不甲斐なさ
「兄上、薬が出来上がりました」
フォルテが先頭に立ち、ナルザ、カヌアと順に室内に入室してきた。
フリューテルはフォルテが先頭に立ち入室してきたことと、その朗らかな表情に驚いたが次の瞬間にはフォルテの笑顔に疲れたかのように同じく微笑んでいた。
そこでようやく自分だけでなく多くの人に――――主に弟のフォルテに――――負担や心配をかけていたということを再認識した。
己の死へのカウントダウンが着実に刻まれつつあった運命が、周りを見ていたつもりでもきちんと見れていなかったのだと目の前にいる実の弟の表情を見れば深く考えなくとも分かり切ったことだった。
「ありがとう」
薬を作って運んでくれたことに対しての礼だった。
しかしその言葉には、この場にいる者たちだけでなく自分というリーベルア国第一王子であるフリューテルの死を何らかの形で退けようと努力してくれた人すべての人に向けて心の底から思った感謝の言葉だった。
それなのにもかかわらず、こんな安直な言葉しか出なかった。
いろいろ言いたいことはあったが、胸がいっぱいになると表現すればいいのか想いが大きくなりすぎると、人という物は言葉にするのが難しくなる生き物だったのかと感じた。
茶器に入れられた解毒薬をカップに注がれ、カヌアがお盆に持ち目の前に差し出してくれる。
受け取ろうと思い腕を上げれば知らず知らずに手が震えていたことに気付き、拳を握りしめ一度手を下した。
「これを飲めば治るのですね?」
カヌアの目をのぞきこみ問う。
カヌアは安心させる彼らしい頬笑みを浮かべながら頷いた。
最近まで見忘れていた彼特有の頬笑みをまた見ることが出来た事に安心した。
最近の彼は力量の不甲斐なさに自分と向き合う時、トレードマークともいえる微笑みの中に申し訳なさというのが混ざっていた。
それが今は一切混ざっていなかったのだ。
「私も驚きましたが、使った材料を見ても納得のいく薬でございます。
しばらくの間服用してもらうことにはなりますが、いずれは完治できます」
カヌアの表情と言葉を聞いたフリューテルにもう迷いはなかった。
自分のために尽くしてくれた彼を全身で信頼していた。
その彼が言うのだから問題はないのだ。
このままいけば死ぬ運命だった己の運命を塗り替える事が出来るのだ。
フリューテルはカヌアの持つお盆からカップを受け取り飲みほした。
その時間はすべての人にとって長いように感じたが短かった。
「――――……に……が…っ……」
「良薬口に苦しと言うでしょう。
こちらのお茶で口直しを」
さっと口直しのお茶まで用意しているところが憎たらしいほどにそつがなかった。
甲斐甲斐しくフリューテルの世話を焼いているところに来訪者を告げる音が鳴り響いた。
「誰だ」
口直しをしている王子に変わり声をかけたのはシュアークだった。
「レイです」
その問いに答える声は先ほどまでこの場にいた王の客人その人だった。
フリューテルが視線で頷くと入室の許可を代わりに告げた。
小さく入室の言葉をかけながら躊躇いもなく入ってくるレイに対して仮にも王太子の寝室に入ってくるその度胸に思わず感心する。
それと同時にこの場にいる多くの者が彼女その者を受け入れ始めている事に驚きを感じていた。
そんなことを感じているとは気にも留めていないのか、それとも気付いていないのか分からないが、レイは先ほど処方を教えて任せた解毒薬を飲み終えているのを確認するとその仕事の早さに驚いているようだった。
「もう飲み終えたのですね。
しばらく飲み続けて頂くことにはなります。
それと同時に、養生生活で衰えてきている筋力の低下のため、リハビリも行って頂きます」
その提案に一番反応したのは医師であるナルザとその助手であるカヌアであったのは当たり前である。その当事者であるフリューテルも驚き目を丸くしていた。
「まだ、完全に薬が聞きだしていることも確認できていません。
それなのに少々急ぎ過ぎではありませんか!?」
悲痛な叫びともいえる抗議に、この時ばかりは誰もが口には出さなかったが心の中で賛同を送った。
その抗議を受けたレイも感じるところもあるのだろう眉間に皺をよせるが、その口から出て来た言葉はあまりにも驚愕した事実だった。
「私も少しずつ療養してほしい。
だが、そうも言っていられない状態になってきた」
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