Ⅴ バルーゼの結末
今回レイ視点ではなく、他者の視点です。
しかもサブタイトルあまりにも粗末なもので…。
三時を少し過ぎたころ、鍛錬場に姿を現したのは出かける前と幾分も変わらない凛とした雰囲気のままのレイと衰耗しきったバルーゼが見えた。
普段飄々としている風貌はどこにもなく、どこの騎士団よりも厳しいとされる罰則を受けた後でさえ普段よりも疲れた表情を見せただけのバルーゼが、今はまるで生気が失われているようだった。
そのような表情を見せるまでに至った原因であろう人物――バルーゼの隣にいる国王の賓客とされた少女を畏怖の眼差しで見つめた。
「ようやく戻ったか……」
そういう第七騎士団隊長ビュー・ヴィベルアでさえも普段は嫌味たっぷりにいう台詞に覇気がなかった。
「ただ今戻りました」
本当はしゃべりたくはなかったが、今までの経験上そうさせるかのようにただ伝える音となりこぼれ落ちた言葉を聞いてビューはただ静かに頷いた。
今の状況で何があったのか尋ねるのには勇気が必要だった。とりあえず、バルーゼと己の近くにいる少女をどこかに遠ざけてからではないと無理だった。
言葉で問い詰めるのは無理だったので、己の部下に何をしたんだという非難めいた表情を向ければ、若干侵害だという様な表情を返し唇が小さく動いた。
「たいしたことはしてないのに……」
唇の動きと近くにいたことも幸いして、聞きとったビューは反論がしたかったがレイが背を向け歩き去ってしまったので出来なかった。
この感情をどこに向ければいいのかとビューはレイの背中を睨んだ。
呪詛をこめて睨んでいる上官を見たバルーゼはため息をつき、ビューにやめるように言った。
「レイさんの言うとおり、たいしたことをしてはいないです」
その一言でビューはレイの背中を睨むのをやめ、バルーゼに無表情で問いかける。
先を話せと。
「ただの現状把握と情報収集をするのに案内役が必要だということで付き合わせられたのですが……」
「ですが?」
その先を知りたんだと言わんばかりのビューに対し、その時の状況を思い出していたバルーゼは重く息を吐く。
「無駄がないんです」
ほぅとビューが感心したように息をつく。
それは、バルーゼが騎士の中でも高く評価されている能力を持っている彼からの言葉だからである。
なぜならバルーゼを評価しているのは、もちろん直属のビューと副隊長のレネは当たり前だが、騎士団隊長のシュアークとその右腕である副隊長のクメールもしているからだ。
今回、レイがついて来いと言った無謀ともいえる提案に何の意義もなく同意したのはバルーゼの能力を十分に理解していたからだった。
そのバルーゼが出した評価にビューは面白い物を見つけたかのように表情を明るくさせたのだった。
「しかし、無謀でもある。誰に対しても物怖じしないのはいいのですが、逆に反感を買う可能性もあります。
今だけなのか、今だからなのかは分かりませんが……」
「そう思ったのは?」
そう話しかけて来たのはいつの間にかいた第七騎士団副隊長のレネ・マイア・シークアスだった。
バルーゼは軽く目礼をし、彼の質問に答える。
「先ほども述べましたが、無駄がなさすぎるというのは初めてではないということ。
そして話を聞くにしても何を聞きだしたいのか本人に直球に聞くような真似はそうそうしない。
話している間に自分の知りたいことを知るすべを知っている。
そんな印象を受けました。
ですが、今回一緒に同席したところ直球に近い形でしていたので近くにいた私の方がいが居たくなる思いでした」
話していてその場面を思い出したのか意を抑えながら若干治まってきていた表情を青くする。
バルーゼの話を聞いていたビューとレネは互いに顔を見合わせ、互いに同じことを思った。
――――何か急いで掴もうとしているということを。
思わず本人を探してみれば、昨日宣言した通り第二王子の稽古をしているところだった。
まだ慣れない手付きの王子に基本的なことから教えてみている彼女が何を考えてしようとしているのか気になる二人だった。
* * *
その日の夜、自室にてレイは今日バルーゼを連れて行った事を思い出していた。
自分がする事柄に青くなっていく彼を思い出し、ため息をつく。
人間として問題はないのだが、彼には向いていなかったようだ。
普段の飄々とした雰囲気から大丈夫だと思ったのだが、自分の見込み違いだったのだろうか……。
普段いる自分の部下と同様の働きを求めるのは無理があるのは重々承知しているが、それにしてもあそこまで疲れ果てた様子を見るとこれからも協力を求めることはしない方が賢明だろう。
それよりも、彼の上司のレネ・マイア・シークアスだったか……副隊長の方が飄々とやってのけそうだと思いいたった。
だがしかし、敵国のエルバイヤに行き誰にも気付かれずに情報だけ入手して速球に伝えることのできる物はこの世界に誰一人としていないだろう。
己以外は――……
そう強く思った時、ようやくレイは自分の足元の影が大きくうねっていることに気がついた。
嫌な感じはしない。
だが、何かを求めていた。
自分を気付いてほしいという懇願と、もう一つの何かがを――……。
深く考えたわけではなかった。
だが、レイは闇を集結して短剣を作りだすと、己の掌に食い込ませた。
じわりとすぐに傷口から血が滴り、足元の影に落ちる。
しかし綺麗に整えられた絨毯にシミを作ることはない。
足元にある影が一層大きくうねる。ぽたぽたと落ちる血をまるで求めているかのように。
それを落ち着いた眼差しで見続けるのはレイただ一人。
彼女はまるで何もかも知っていたかのように音を発する。
「――――黒牙」
その音を聞いた影は波打っていたのが嘘のように一つの塊になり姿を形成する。
黒く光るつややかな毛と闇の王と同じ紅い瞳は夜の眷族の証である眼光を光らせレイを見つめる。
全身を見れば黒豹のように見えるが、まるで甘えるかのように剣で切った手の方にすり寄ってくるその口には鋭い犬歯がのぞいていた。それは豹の歯よりも鋭く、バンパイアの血を引くだけあって鋭い。
まだ足りないというかのように滴り落ちていた血が徐々に少なくなってきている掌をなめてくる。
レイはそれを止めようともせず、新しく出来た忠臣なる影の誕生を眺めていた。
その存在は動物にしてあらず、闇の化身。
存在しているが、それはまやかしでしかない。
眷族にして、眷族でなく。
――――それは、影。
「さぁ、いきなさい」
静かに発せられる言葉に続きはない。
彼はすでに理解しているからだ。
満足とでも言うかのように一鳴きすると、闇に溶け込み姿を消した。
部屋に残ったのはレイだた一人。
そこに何かがいたという痕跡は何もなかった。
傷ついたはずの掌の傷でさえ――――。
先ほどまで気が立っていたのが嘘のように、レイは穏やかな表情を浮かべ椅子から立ち上がると部屋を後にした。
更新遅くなってしまい誠に申し訳ありません。
なんというか短かったので付け足したら、バルーゼがより哀れに……
話の流れ的に今出てくるのがちょうどよかったので、ようやく出てきました黒牙。
ネコ科の黒豹をどうしても共に付けたかった。
これからの活躍を期待して下さい。でも普段は見えないですけども……^^;
相変わらず亀更新になるとおもいますが、これからも宜しくお願いします。