Ⅴ 決闘
決闘とは言えないほどの描写しかありませんのでご容赦ください。
ほっと安心したかのようにため息をつくもの、肩の力を抜くものがほとんどだった。
副隊長であるクメールですら肩の力を抜いていた。
「だが、その格好で行うつもりか?」
シュアークは素早くレイの恰好について指摘した。
しかし、当の本人であるレイはいたって当たり前のようにそのことについては頷いただけだった。
「その代わり、短剣ではなく長剣でしよう」
そう言いながら、どこから取り出したのか謁見室で見た黒い短剣を鞘におさめた。
「練習用の剣を貸してくれないか?」
言うや否やすぐに運ばれてくるのは練習用に刃がつぶされているもの。
騎士になりたての者や模擬仕合を行う時などに、無駄なケガを負わないように配慮してわざと刃がつぶされている剣である。
重量などはほぼ平均的な普通の剣と同じ重さとなっている。
淑女ならばそれを片手で持つことも出来ないだろうそれを片手で受け取り構える。
ヒュンという空気を切り裂く音が響き、それだけで鍛錬を積んでいるものは相手の力量を甘く見ていたことに気付き顔を強張らせた。
バルーゼもレイと同じく練習用の剣を構える。
レイとは違い自身の愛剣があるのにも関わらず練習用を使うのは相手と同じ条件で行う配慮をしたのだろう。
二人はしばらく見つめあい――睨み合う。
その間に周りにいた人たちは、レイとバルーゼの二人から距離を置くように後ろに下がった。
特に始めの合図はなかったが、最初に攻撃を仕掛けたのは騎士のバルーゼの方だった。
先ほどのレイが構えた時とは違う音が空を切る。
それを、レイは危うい気配を微塵も感じることなく受け、すぐに弾き飛ばすと今度は自身が攻撃に出た。
滑るように交わされた剣の反動を利用してレイは身体を操り次の攻撃を仕掛ける。
その隙をバルーゼは攻撃に出ようとするが、見事にレイに阻まれる。
バルーゼが力強い攻撃に対し、レイはまるで踊っているかのように剣術を編み出してくる。
その流れる動作に周りにいた騎士達は思わず魅了した。
この国の中でも指折りの実力者がレイの前ではその身を顰めたかのように決着はすぐに付いた。
レイがバルーゼの剣を突き飛ばすと、反撃に出る前にレイの持つ剣によって動きを遮られたのだった。
「そこまで!!」
すかさず止めを入れるのは、騎士を統括するシュアークだった。
その声に、レイはすぐさま突き付けていた剣を引き下げた。
バルーゼは自分が負けた事実と、その力量の差を身をもって感じたがなぜか不思議と怒りは湧いてこなかった。
自分は出来る限りの力を出し斬りかかっていった。
しかし、相手であるレイは軽く受け流していたのを分かってしまったからなのだろうか。
目の前にいる人物と自分との力量の次元が違いすぎてプライドがどうのと言っているのが愚かな行為にさえ思えてくる。
バルーゼが息を切らしているのに対して、レイは息が乱れるどころか服装にも乱れたところは一切なかった。
「レイ様、先ほどの非礼お詫びいたします」
言いながらレイの前に膝をついて頭を垂れるしぐさは騎士そのものだった。
己の非をすんなりと認めることのできるこの男は最初に感じた印象よりもずっとか良い人間なのかもしれない。
そもそも、守る者が関わっているのならば、疑わしき者を疑うのは致し方ないようにも感じる。
「分かってもらえればいい。
それに、――」
自分が何であるのかこの者たちには知っていてもらわなければならないだろうと思い、正体を明かそうとすると、野生的な勘と言うべきかシュアークが慌てたようにレイを止めようとした。
――――が、生憎にもレイに避けられ言葉は続いた。
「私は人間ではなく、人の血を糧に生きる闇の者。
そんな者に勝った方が、その人の身体能力に脅威を抱きます」
ざわりと騎士達が驚きの声を上げる。
それと同時に警戒するかのように緊張に満ちた空気が漂う。
「人間ではない?」
静かだが、震えのないしっかりした声がレイに問う。
「ええ、私はこの世界とは違う異世界から来た闇の者――――バンパイア。
でも、あなた方に害をなすつもりはない」
バルーゼの問いに答え、自分が害をなすものでないことを静かに伝えた。
当のバルーゼは真正面からレイの瞳を見ていた。
一瞬の隙も見逃さないと言わんばかりに。
しばらくすると、二人の睨み合いは終わった。
バルーゼがレイから視線を外したのだ。
「我々に害をなさないというのは本当だというのは分かった。
だがしかし、人の血を糧に生きる者がどうやって害をなさずにここで生きるつもりだ?」
バルーゼの問いにレイは口角を引き上げて不敵に微笑んだ。
「それが、私が交わしたアドヌスとの取引条件。
私は、普通の奴らとは違いめったに血を採取しない。
だが、採取する際は決まった人間から貰う契約を行う。
双方の同意で」
言いながらレイはシュアークの肩をつかんだ。
契約主が誰であるのか表明するために。
バルーゼは、たった一人の生贄とも思われる役目を背負わされた相手がシュアークだということに驚き言葉を失った。
いや、正確にいえば、彼だけではない。
クメールとその数人を除く鍛錬場にいる騎士達すべてが驚き、驚愕していた。
「その、役目、シュアーク様でないとだめなのか……?」
「ええ、彼と取り交わした約束だから」
言いながらシュアークを見つめるレイの瞳が捉えていたのは果たして、シュアークなのか時和なのか彼女には分からなかった。
更新遅くなってしまい申し訳ありません。
今年も残り少なくなって来ましたね。
今年中に後1回くらい更新したいなとは思っていますが、どうなることか・・・・。
気長にお待ちいただけると幸いでございます。
来年もどうぞよろしくお願いします。