Ⅶ 取引成立
その笑顔が合図だったかのように、部屋の中にいた人たちの呪縛ともいえる緊張感が解けた。
思わず息を止めていた者たちは思い出したかのように呼吸を再開し、酸素を求める。
大体の人たちが元の状態に戻りつつある中で、代表をして王が立ちあがりレイに歩み寄ろうとした。
それを止めるかのようにレイは口を開いた。
「アドヌス。
先ほどの件、お受けしよう」
国王は思わず家臣の礼を取ろうとしたが、またもやレイによって阻まれる。
「しかし、表だって動くのは私ではない。
そなたたちであることを忘れるな」
「と、いいますと?」
戸惑いを帯びた声で聞き返され、面倒くさそうに答える。
「ここはだれの国だ?
そなたたちの国であろう?
何もかもを私がすると思わないでもらいたい。
どうしても対処できなくなった事柄や、危険が迫った時に手を貸すといっている」
レイの放った言葉に国王並びに多くの者たちが困惑のざわめきを紡ぎだす。
「考えてもみろ。
私はこの国の者でもなければ、この世界の住人でもない。
それなのに、なぜ身を削ってまでそなたたちの国を守らなければならない?
拾ってもらった礼をくれというのならば、今したと言えば否定できまい」
いいながら、レイはフォルテを見た。
自分が狙われたという事実と損得勘定で自分を助けたのと言われたと思った彼は少しばかり顔色は悪い。
しかし、損得勘定でフォルテを助けたわけではなかったレイは、大事がなかったのを確認するとフォルテに向けて微笑んだ。
レイが微笑んだのを見て損得勘定で助けたわけではないと分かってもらえたのかは定かではないが、わずかに口元を引きつらせながらも微笑み返してくれた。
「では、なんの為に我々につくというのですか?」
自国につくことになったメリットが分からなくなった国王はレイに問う。
「守りたい者が居るからだ」
その問いに対してレイは、自分の背後を気にするそぶりを見せた。
しかし、声に出して明確に伝えていないため誰の事か分かった者はレイの正面にいる国王、王妃、その両名に使える近衛兵数名だけと限られた。
その動きによって国王は驚きの表情を見せ、王妃はまぁと口を開いて驚きと楽しそうな表情を見せた。
女性が色恋沙汰に興味を示すのはどこの世界に言っても同じらしい。
しかしながら、王妃や一般女性が思っているような甘い事態に陥ることはないだろう。
近衛騎士は気付いた者と気付いていない者といたが、気づいていてもその表情に表す事はなかった。
さすがこの国の最高権力者を守る精鋭部隊であると感心する。
国王の驚きもそう長くは続かず、一新してなぜか楽しそうな表情へと変化した。
目の前にいる男の本性が徐々に垣間見えてくると、ある人物と酷似しているような錯覚にとらわれる。
厄介な性質の人物を瞬間的に思い出し、げんなりしてくるのを即座に頭から追い出す。
願わくは、奴よりも厄介な人物でないことを。
「この国をよろしくお願いします。レイ殿」
そう言ってレイの前まで来ると家臣の礼を取る。
レイの片手を取りその手の甲へと唇を落とした。
見上げてくる国王の表情は飄々としていて掴みどころのないものだった。
しかしその瞳に宿るのは強く固い信念をもつものだった。
レイの背後からは国王が取った行動に対して動揺の声が漏れていた。
目の前にいる王妃は嫉妬を湛える物は一切感じられず、どちらかといえば楽しげな雰囲気を醸し出していた。
そして肝心の騎士達は国王に習って家臣の礼を取っていた。彼らの心中からかは定かではないが――。
ひと騒動あった謁見から解放されたレイは、謁見する前とは打って変わって鉄枷を外され、案内人(監視役)はシュアークだけとなり廊下を歩いていた。
向かう先はどこか知らされていないが、恐らく謁見準備する前に立ち寄った部屋だろうという妙な確信があった。
数分後、思っていた通り先ほどの部屋へ入るとシュアークに応接室の椅子をすすめられた。
「ここが貴方の部屋となります。よろしいですね」
先ほど来た時は気にしてなかったが周りを見渡すと、その豪華な装飾品と広々とした室内が目に入る。
正直言ってここまで豪華でなくて良かったのだが、せっかく用意してもらった手前文句も言えず頷いておいた。
「侍女は先ほど世話をしたミリアがつくことになる。
なにか様があれば彼女に言ってくれ。
それと、陛下は城内を自由に散策してよいと申されていましたが、出来ればなるたけ外出は遠慮していただきたい」
事務的に用件を述べるシュアークの表情は無表情で何を考えていっているのか判断できなかった。
「それは、なぜと聞いてもいいかしら?
まさか私が襲われるとでも思いで?」
図星を食らったのか少しばかり口元が動いたのをレイは見逃さなかった。
「噂で城内に広まってしまったが、突如として現れた謎の少女というだけで怪しいのにも関わらず、陛下と取引をしたなどと知れば何があるか分かりません」
「自分が怪しいというのは重々承知している。
だが、引き籠っていてはなにもできない。
それに、そこらへんにいる幼い子供の女だと思わないでもらいたい」
「は?」
最後の言葉にシュアークは間の抜けた言葉を発した。
ずっと幼い少女だと思っていた目の前の少女が幼い子供ではないという信じられない事実を突き付けられたのだから無理はない。
日本人の外見は外国人からすると幼い印象を与えるのは無理もなかった。
リーベルア国の人たちの容貌はどちらかというと西洋風である。
そんな彼らからみれば幼く見えるだろう。
しかも、レイは死んでから身体の成長はなくなった。
それは、死んだときの年齢の外見そのままだということ。
一度死んだ人間は普通ならば蘇りはしない。
そして、時を止めた者は時が進んだとしても取り残されていく。
レイが死んだのは二十歳の時だった。
恐らく目の前にいる男の目からすれば、良くても十六かそこらの子供だと思われているのだろう。
「言っておくが、死んだのは早かったがそこから生きて来た年月は計り知れない。
外見で人を判断するな。
この国中の年長者を探したとしてもはるかに長い年月を生きている」
レイの話した内容に愕然としているシュアークを一瞥すると顔をそむけた。
たとえ詳しく話したとしても思い出してはくれないという切なさが心の中をよぎる。
「では、今のその外見は?」
そむけていた顔を元に戻すと、目に入ってきたのは興味深そうに見つめてくる蒼い瞳だった。
ああ、変わらないなと思わず感じてしまう。
異形な物を目の前にして恐れを知らないのか、それとも無謀なのかは分からないがまっすぐに見つめてくるその深い瞳は、色が変わったとしても根本的な物は変わっていないと感じる。
「死んだときのまま。
…………二十歳の時だ」
「そうか…………」
苦渋に満ちた表情を浮かべたシュアークの顔は最初に会った時和の表情と大差なかった。
その事実に思わずクスリと笑いが漏れた。
「気にするな。昔の事だ」
「ああ…………。
話は変わるが、どうすればいい?」
「何を?」
思い当たる節がたくさんあったがために即答して聞き返してしまった。
冷静に考えれば言いずらそうにしているのを見れば一つしかないのに気付いたはずだった。
「その……取引の事なんだが…………」
気まずそうにそっぽを向きながら答えるシュアークに対して思わず意地の悪い笑い声が漏れてしまう。
べつに意地の悪い笑いをしているわけではないのだが、シュアークからすれば真剣に話しているのに笑い物にされたと思ったのだろう、眉間に皺を寄せて抗議するかのようにレイを見て来た。
ごめんごめんと謝りながらもクスクスと笑いは止まらず、そのまま反対側に腰掛けるシュアークの傍へと歩み寄っていった。
「……一つ聞くが、婚約者や恋人、それとも既婚者だった?」
自分で聞いておきながら思わず胸にツキンッと軽く突き刺さる。
「いや、そんなものはいない」
不思議そうに眺めてくるシュアークの顔と返答の内容に思わず心からの笑みがこぼれおちる。
なおも何か話そうとするシュアークの顔を優しく手で添えるとレイは唇を落とした。
「―――――っ」
驚愕しているのが目を開かずとも分かった。
血を与えると言っていたのにも関わらずなぜ口付けされなければならないのか分からなかったのだろう。
これは現代を生きるバンパイアが生み出した結果だった。
通常は首筋から貰うのが一番楽だ。
だが、二十一世紀で生き長らえる為にはそのままではあまりにも無謀だった。
自分は異形な物ですと言っているようなものだ。
しかし、口から貰えばどこかのカップルがキスをしているように見えて怪しまれることも少ない。そもそもそういった行為をじっくり見物しようなどと考える者はそうそういないので多少怪しくとも問題ない。
久しぶりの血の味に思わず呑みすぎてしまいそうになる。
いや、久しぶりだからだけではないだろう。
彼だからというものある。
徐々にシュアークの力が抜けていくのを感じ唇を放した。
半分陶酔しているかのようにうつろな目でレイを仰ぎ見るシュアークは男の癖に無駄に色っぽく見えた。
それもそのはず、バンパイアの吸血行為は性行為に近い。
その為無駄に吸血行為をやりすぎると人間は薬物中毒の様に快楽に溺れ、落ちていく。
その為、その行為の時の記憶を消す場合が多い。
自分が何者であったかを知られないためにも。
だが、レイはそれをしない。
特定の人間にだけしかもらわず、しかも摂取する回数も極端に少ないのだ。
逆に摂取するのを忘れるため、記憶を消すなと怒られることもしばしあるほどだった。
簡単にいえば、自分が忘れるので取られる側にいつ貰ったか覚えてもらうためだけに記憶を残しているようなものだった。
数回瞬きをしたシュアークは元の目つきに戻ると立ち上がろうと試みたが失敗に終わった。
予想以上に多く血液を取りすぎてしまったようだった。
初めてだから慣れていないというのもあるだろう。
貧血を起こされて倒れても困るので、優しく身体をソファーに押し付け命令した。
「寝てなさい」
命令を聞いたシュアークは、抵抗することなく暗いまどろみの中へと意識を落とした。
前回切るところ間違えたかなーと思いつつ……長くてすみません。
読みづらいとは思いますが勘弁して下さい><
次回から第三章に入ります。
どうぞ気長に更新お待ちいただけると幸いでございます。