番、らしい
「すみませんでした」
男はひとしきり泣くと、ずびずびと鼻を啜りながらゆっくりと身体を離した。
本当に思い切りないたようで、リゼの肩はぐっしょり濡れている。
ずいぶん泣いたなあ……。
その姿が憎めなくて、なんとなく笑ってしまう。
多分この人は悪い人じゃない。
「ええっと、改めまして、僕の名前はセドリック。セドリック・キュレインです。見ての通り竜人です。あなたが暴漢に襲われて気を失ってしまったので、一時的に僕の実家に、あ、実家は竜人の国の王城になるのですが、連れて帰ってきてしまいました。なぜならあなたは僕の番だからです」
「待って、情報量が多いです」
突然の告白にリゼは慌てて会話を遮る。
セドリックは「なにか問題でもありましたか?」みたいな顔で首を傾げているけれど、リゼとしては素通りできないことがいくつかあった。
まって、どういうことなの。
ここが王城?そして番?
「ええと、まず、私の名前はリゼです」
「教えてくださって光栄です。リゼと呼んでもいいですか?」
「あ、はい、大丈夫です。……えっと、キュレイン様は、」
「セドリック」
「え」
「セドリックと呼んでください」
有無を言わせない強い口調。
セドリックと呼んでくださいと言っているけど、さっき王城が実家だと言わなかったか。つまり竜人の国の王族なわけで。
リゼは、今は人間の平民として暮らしている。他国の王族の名前を呼べる立場ではない設定である。
「キュ「セドリック」」
一旦無視してみたものの遮られてしまった。
どうやら名前を呼ぶまで話を進める気はないらしい。後に他人が聞いて不敬だと責められないことを心の中で祈った。
「セドリック様」
「様はいりません。お願いします」
美貌を最大限生かして、上目遣いでお願いしてくる。
蒼く澄んだ瞳が真っ直ぐにリゼを見つめる。眩しい。
「セ、セドリック」
「はい」
リゼはやっぱり負けてしまう。
呼べば「キラキラ」と音がつきそうなくらい眩しい笑顔で返事をされる。ただ名前を呼んだだけなのに、とても幸せそうに微笑まれてむず痒くなってしまう。
「ここは竜人の国、フレド帝国の王城なんですか?」
「そうです。あ、敬語も外してください。僕も外しますから、ね、お願い」
お願いの割に語気が強くて押されてしまう。
出会ったばかりだと言うのに、名前で呼べだの敬語を外せだの、要求が多い。でも番だと言われればその要求にも納得できるので、しどろもどろになりながらもリゼは要求をのむ。
「セド、リックは、王族な、の」
家族以外に親しげに話すのは数十年ぶりで、言葉に不慣れな人みたいにカタコトになる。
セドリックはそんなリゼをみてふ、と優しく微笑む。そしてリゼはその笑顔を見るとやっぱりむず痒くなる。
「そうだね。皇帝の弟だね。皇帝じゃなくて残念かな?」
「いえ、全然残念じゃないです」
「敬語」
「残念じゃない、ほっとしてる……」
その言葉を聞いてセドリックはやっぱり微笑む。
王弟って、身分高いじゃん……。
「えと、セドリックは私の番です、……なの?」
番ですか?と敬語で聞こうとすれば、セドリックが無言で圧力をかけてくる。ぐう。
「うん、リゼは僕の番。竜人は生まれた時から番の気配を感じ取ることができるんだ。リゼからは間違いなく番の気配がするし、いい匂いがするし、可愛くて仕方ないし、離れたくないし愛おしさで胸がいっぱい」
「そ、そう」
「リゼは人間?だよね。人間は番の気配を感じ取ることができないから、急にこんなことを言われても困ると思う。それは本当にごめん。でも、出会ってしまった以上帰すことはできない」
「あ、えと、大丈夫……。そういう番の事情はちゃんとわかってるから」
本当は人間じゃないし、両親が番で幼い頃から番事情を叩き込まれたから知っているだけ。でもそんなことは番とは言え、初対面では流石に言えないので曖昧な返事をする。
純粋そうな目の前の竜人に嘘をついたような気分になり申し訳なくなる。ごめんなさい。
申し訳なさそうなリゼの表情を見て、「人間として」申し訳なさを感じていると思ったらしい。セドリックは小さな声で「気にしなくていい」と言った。
「ずっと探してた。見つかってよかった……」
セドリックは泣きそうな顔になって、リゼの手に触れる。
触れる様子をリゼは黙って見つめた。
ーー他の人なら、触れられそうになるだけで嫌悪感が出るのに。触られたら吐きそうになるくらい気持ち悪いのに、セドリックなら触れられても吐き気がこない。疑ってはなかったけど、番というのは本当なんだろうな。
静かに手に口づけるセドリック。
リゼが愛おしくて仕方がないという目をしている。それをみて不思議なことに可愛いなと思った。
***
しばらくセドリックがリゼの存在を噛み締めるのを眺めていたが、色々と今後の生活のこともあるので話を切り出す。
「ええと、さっき私のことを連れてきちゃったって言ってたけど」
「ああ、うん。番が見つかった嬉しさと、リゼが気を失って動転したので、うっかり連れて帰ってきちゃったんだよね……。一応リゼが気を失っている間に医者に見せたんだけど、身体には問題ないって。
あ、もしかして帰りたかったりする?
申し訳ないけどしばらく離れられそうにないんだ。長年見つからなかった弊害なのかわからないけどリゼが視界から消えるだけで不安になる。だから帰るのは諦めて引っ越してほしい。家の荷物とかは部下に取りに行かせるから」
「急ぎで必要なものはないから、とりあえず大丈夫」
やっぱり帰宅はむりだよねえ……。
これに関してリゼは特に驚かなかった。一応今後のことを確認したにすぎない。
番とはそういうものだから。
番を探し求めて世界中を旅して、ついに見つけた番を攫うというのは割とよくある話である。
大きな問題にならないのは、番を生涯大事にするからだ。浮気もせず、裏切らず、番のために働き、番を愛し続ける。
特に竜人とエルフ、そして魔女は見た目が良い種族だから、竜人やエルフの番に選ばれることを夢見る人は多い。それ以外の種族でも基本的には大歓迎する人が大多数だ。
そんなわけで、リゼも特に抵抗はなかった。
両親が番同士ということもあり、幼い頃から「番に出会ったら受け入れるべし」と言い聞かされていた。
少なくともしばらくはこの国に住むことになる。
番に選ばれた以上、離れることは多分無理だ。そして番が王族とあれば今までみたいに数年おきに引っ越すなんてことも難しいと思う。……めちゃくちゃにごねれば聞いてくれる可能性もあるけど。
全ての事情を話すかはさておき、守ってほしいと言っておこう。守りを固めれば棲家を転々としなくてもいい。かつて実家にいた時もそうして過ごしてきたから。
彼女にとっての優先順位は『ジョエルに捕まらないこと』のただ一つ。それが叶うのであればいいのだ。そういう意味では、竜人の王族が番というのはかなり良い方なのかもしれない。竜人は他の種族よりも魔力も筋力も遥かに優れているから。王族とあれば特に強いかもしれない。
リゼは、無意識にに目の前の男と暮らしていくことを真剣に考えていた。
多分、少し住むどころか、自分はこの国に骨を埋めることになるんだろうなとも思った。
そして、魔女そういう感覚は大抵当たるのだ。




