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人間と偽って暮らすトラウマ持ちの魔女、番の竜人に拐われましたがそれなりに幸せです  作者: 立花 みどり
第一章

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出会う


「……ん」


 ゆっくりと目を開ける。

 ずいぶん昔の夢を見ていたような気がする。懐かしくて苦い思い出。


 ここはどこだろう。


 目の前の天井には竜と女神の絵画が見えた。有名な絵画だ。この世界を作った女神と、彼女のパートナーである竜が描かれている。どの国でも創世の物語として教会や王城に描かれている絵だ。


 リゼはぼんやりと絵画を見つめる。

 

 気を失う前にあと少しでというところでロニに捕まった気がする。そして気持ち悪くて本当に無理ってところで誰かが現れた。

 ……すごくいい匂いがした。嗅いだことはないけどすごくいい匂いで、甘くて、爽やかで、美味しそうで安心する匂い。


 すん、と鼻をすすると気を失う前に嗅いだ匂いが部屋中に満ちていることに気づいた。

 なぜかこの匂いを嗅ぐとひどく安心する。心が暖かくなる。なんでだろう?


 今までいい匂いだと思ったものを順に思い出していくけれど、今嗅いでいる匂いに思い当たるものがない。それなのに、なんでこんなに一番いい匂いだって確信できるんだろう。

 自分の中に初めて湧く感覚に少し戸惑う。

 でもこの匂いを嗅ぐのをやめられない。変態にでもなっちゃったのかな。

 

 思い切り息を吸えば甘い匂いで肺が満たされる。そこから全身に広がるように、体がじわりと暖かくなる。その感覚がとても気持ちいい。


「……ふう」


 少しの間匂いを堪能して、我に帰る。ふと自分が眠っていたベッドが高級なものということに気づいた。実家のーー魔族の首長が暮らす城くらいに寝心地のいいベッドだ。


 ……貴族に拾われたのかな。


 リゼは腰近くまである自分の髪を拾って髪色を確認する。



 大丈夫、ちゃんとブラウンだ。

 リゼが表舞台に立たなくなってから、『行方不明の王女』としてリゼの手配書が出回っている。ジョエルがリゼを探しているんだろうってみんなは言ってた。両親が手配書の回収の手配をしてくれたけれど、完全には無くなっていない。 


 そのためリゼは本来の姿から見た目を少し変えている。


 本来リゼはピンクのゆるいウェーブがかった髪に赤い瞳をしている。母セレネからの受け継いだ色で、いかにも魔女らしい見た目だ。


 家を出る時に魔術で髪をブラウンのストレートに、目の色も濃いブラウンへ変えた。人間の平民によくある色。


 見た目がそのままなら、手配書が理由で拾われたわけではなさそうだな、と安心する。でも、じゃあなんで拾われたのかわからない。貴族が下心なしに平民の女を助けて家に連れて帰るだろうか?


 ーー身体、起こしてみるか。


 リゼは慎重にゆっくりと上体を起こした。音を立てないように、慎重に。

 上体を完全に起こしたところで、ベッドの横に一人の男が座っていることに気づいた。


 ーーあれ、竜人……?


 男の頭には2本の青い角が生えていた。

 透き通るように白い肌に立派な角は竜人の特徴だ。


 銀色の髪を緩く結んで肩に流している。陽が当たってキラキラと光っていた。髪と同様にまつ毛も銀色、鼻筋はすらっと通り、薄い整った唇は小さく静かに息をしている。

 竜人に拾われたのは予想外。でも人間の貴族に拾われるよりはずっといい。彼らは誇り高い種族だから。拾った人間を売り飛ばすようなことはしないはず。


 ーー竜人は容姿が整っている人が多いと聞いたことあるけど、本当なんだ。


 リゼは男を眺めて思った。

 リゼが長い人生で見てきたどの異性よりも、なんなら同性よりもきれいだなと思った。

 

「あ」


 リゼが白銀の竜人に見惚れていると竜人は目を覚ました。

 白い瞼がゆっくりと開き、ツノと同じく青い瞳と目が合う。

 男は寝起きのせいか、しばらくぼおっとリゼをただ眺めた。リゼもまた、何も言わずに男を見つめ返した。奇妙な沈黙が部屋を満たしていた。


 男はしばらくするとリゼの姿を認識したようで、目を大きく見開いた。それからくしゃりと眉をしかめて、ーー静かに泣き出した。


「あ、えっ……わ!」


 泣き出すとは完全予想外。

 びっくりしていると男は急に立ち上がって勢いよくリゼに抱きついた。リゼは男の体重を支えられずにボスン、と再びベッドに倒れ込む。


 吐き気がーーあれ、こない??


 家族以外の人に触れられると気持ち悪くなる体質なのに。

 どうしてかこの竜人の男は平気なことに驚く。

 

 気持ち悪くならない??……なんで???


 そんなことはジョエルに攫われてから初めてだった。

 確かめたくなって、男の背中に手を回してみる。けれど全く嫌悪感がない。背中に手を回すと男は一瞬びくりと震え、それから部屋に充満する甘い匂いが一層濃くなった。

 もしかしてこの人から香るのかと、鼻を近づけてみるとさらに匂いが濃くなる。

 

 ああ、やっぱりそうだ。すごくいい匂いがする。

 どうしてだろう、初めて会ったのに嫌悪感がないし、なんだか安心する気もする。


 初めての感覚にリゼは新鮮な気持ちになる。

 そして家族以外に触れられる人間がいることに少しだけ嬉しくもなった。泣いている男の背中を宥めるように撫でてみる。

 双子の弟たちが、自分を助け出した日に安心して一日中大泣きしていたことを思い出した。泣き疲れて久々に三人で寝ちゃって、次の日母に怒られてたっけ。


「ふふ、」


 双子の可愛いエピソードを思い出して、無意識に笑ってしまった。初対面の男に抱きつかれているのに、自分にしては随分と緊張感のないことをしているなと思った。


 笑い声を聞いて男の腕に力が入ってもリゼは変わらず優しく背中を撫で続けた。

 男は何も言わずにリゼの肩に顔を埋めて泣いていた。


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