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人間と偽って暮らすトラウマ持ちの魔女、番の竜人に拐われましたがそれなりに幸せです  作者: 立花 みどり
第一章

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エレイン

「あ、雨降ってる」


 その日は雨が降っていた。日課の散歩。庭に出ようとしたところ土砂降りの雨である。

 思えばこの国に来て初めての雨かもしれない。


「今日は宮の外周を歩いてみますか?ずっと屋根続きですから。いつもほど見応えはないかもしれませんが」

「じゃあそうしましょ」


 もともと思考を整理するのために散歩していただけなので、景色は特に気にしていない。

 レインもそれをわかって提案してくれたんだろう。

 

 屋根続きの長い渡り廊下をレイン、リゼ、シドの順で歩く。ちなみにピネはリゼが不在の間に部屋の掃除をしている。


 散歩中リゼはあまり喋らない。風景もあまり見ていない。

 歩いている間は魔術のことや魔術のこと、それから魔術のことを考えている。魔術以外のことを放棄して歩くので、散歩中はレインに誘導されることが多い。そうしなければ適当な方向にふらふらと行ってしまうのだ。


「あら?あらら?」


 外周に沿って歩いて、離宮の入り口に近い廊下に差し掛かった時だ。誰かが言い争う声が聞こえる。あまりに騒がしいので、リゼの意識が戻ってきた。


 警戒するようにレインが立ち止まり、シドがリゼの横に並ぶ。


 正面にある入り口から5人の集団が入ってくるのが見えた。入り口の騎士の静止を振り切ってきたようである。騎士たちが慌てているのが見える。

 五人の中心にはブロンドで青いツノを持った美しい竜人の女性がいた。見た目はどこぞの王太子の姿に似ている。けれどロイドよりも吊り目で気の強い猫のようにも見えた。


 レインとシドが息を呑む音がする。


 ーーああ、なるほど。彼女がそうなんだ。


 二人の反応でリゼは察する。きっと彼女がエレイン王女だ。


 エレインは視界にリゼを収めると真っ直ぐ向かってくる。リゼの前に立ち止まると、上から下までを舐めるように見る。


「ふうん、思ったよりもずっと田舎くさい娘ね」

「……そりゃどうも」

「おまけに恥知らずで生意気だわ」


 エレインの両サイドには男が二人と女が二人。男は貴族ような見た目で、女は侍女のようだ。


「おまえ、セドリック叔父様の番なの?」

「はい」

「おまえは知らないだろうけど、私と叔父様は将来を誓い合った仲なのよ」

「確かに。それは知らない話ですね」


 表情を変えずに言う。

 リゼの生意気な態度にエレインの握っていた扇がバキッとヒビの入る音がした。


 レインとシドは思ったよりも真っ向から言い返すリゼに驚く。


 人間の平民なら、魔力差や威圧感から竜人と相対するだけでも怯んでしまうことが多い。リゼが魔力持ちでセドリックの番であるから、他の竜人を前にしても堂々としているのだと思っていた。

 エレインを前にしても、怯まずに言い返すのは二人にとって意外だった。


 エレインは魔力だけで言えばこの国で一番魔力量が多い。エレインが少し魔力を放って威圧するだけで竜人であっても動けなくなるくらいなのに。


 背筋を伸ばして見返すその姿は高位の貴族令嬢のようだ。


 でも、エレインは苛烈な性格。あまり刺激するとどんなことをするか読めない。少し前も気に入っていたはずの男の腕をはねている。

 堂々としていることは好ましい、が、この場ではできればエレインを刺激しないで欲しい。怪我をしたとなれば今度はセドリックがどうなるかわからない。レインとシドはジワリと汗をかいた。

 

「おまえ、名前はなんと言うの」

「リゼです」

「ふうん。人間の、しかも平民だそうね。見るからに貧弱そうだものね。そんなので叔父様のお相手が務まるのかしら」

「セドリックは優しいですから」


 セドリック、と口にした瞬間、再びバキッと音がして扇が完全に折れる。


「エレイン様、この離宮は立ち入り禁止のはずです」


 まずいと感じたレインが仲介に入る。


「私は王族なのよ。入れない場所なんてあるわけないわ」

「それでも、セドリック様はこの離宮への出入りを禁じたはずです」

「そう?私のところへは届いていないわ。私と叔父様の仲だもの。許してくださるわよ」


 果たして本当にそうだろうか。

 という言葉をレインは飲み込んだ。

 

「では何用でこちらの離宮へ」

「そんなの決まっているでしょう。叔父様の番を見にきたのよ」

「ならば目的は達成でしょう。お引き取りください」

「そうもいかないわ」


 エレインは「おまえたち」と左右に控える人に声をかける


「会ってみたけれど、やはり叔父様には相応しくないわね。ねえ、知っているかしら。王族の番は他の王族に認められなければ婚約者にはなれないのよ。つまり私が認めなければおまえはセドリック叔父様の婚約者にはなれないの」


 勝ち誇ったような顔をするが、リゼは首を傾げる。


「何か問題が?」

「……はあ?」

「婚約者であろうがなかろうが、妻であろうがなかろうが、私とセドリックは番です。お互いしかいません。番である限り、婚約者や妻といった肩書はあまり意味がないと思うのですが……」


 婚約者や妻は手続きをすれば解除できる。けれど運命のつがいは解除なんてできない。そう言った意味では、番の前では役割など無意味に思えた。

 両親を見て育ったせいかもしれない。

 母はそれを呪いのようなもの、とさえ言っていた。


 リゼはあくまで自分の中にある常識の答えをしたつもりだった。

 でもそれは目の前の苛烈な竜を刺激した。


「おまえ、本当に生意気ね。気に食わないわ。王族に認められないということが意味のないことですって??……そう。無知なおまえにどういう意味を持つかわからせてあげる。

 ーーおまえたち、この女を城の外に摘み出しなさいな」


 従者たちが前に出る。

 それに反応して、レインとシドが身構える。


 ここは一度摘み出されるべきだろうか。それとも抵抗しながらもう少し煽るか。でも目立つので大事にはしたくないしな……などと呑気に悩んでいるうちに従者はジリジリと距離を詰めてくる。


 レインがいよいよ相手をねじ伏せようと動こうとしたその瞬間。


『動くな』


 エレインが魔力を込めて命令した。


 ーー魔力を込めた言葉は力が宿る。


 あらかじめ防御をしているもの、魔法の抵抗力が高いもの、相手の魔力を上回るもの以外に防ぐのが難しい。エレインの魔力は非常に膨大だ。レインもシドも防御の魔道具を装備していないわけではない。が、それを貫通して言霊は響いた。


 故にレインとシドはそのままその場を動けなくなる。


 従者は動けない護衛の二人をすり抜けてリゼのそばまで寄ってきた。

 リゼが静かに後ずさる。


 「あら? おまえ、私の言霊が効かないのね。叔父様の加護かしら。まあ、だからといって何もできはしないけれど」


 どうする?このまま逃げるか?摘み出されるか?それとも思い切って抵抗してみるか?

 触れられればまた体調を崩して寝込むことになる。でも危害を加えられたと言う事実が残って表舞台に一切たたない名分ができる。被害者になれば後々なにか有利になるかもしれない。


 悩んでいるうちに男たちは目の前まで迫ってきた。


 ーー被害者プランで行こう。


 直前でリゼは摘み出されて被害者になってみることに決めた。触れたら吐くだろうがまあいいだろう。それだけでも価値がある。今後の動きやすさを優先しよう。


 あと少しで手を掴まれる。その時。


『触るな』


 ひどく重苦しい魔力を込めた言霊が場を支配した。そしてリゼは馴染みのある甘い匂いに全身を包まれる。


「叔父様!」


 リゼがセドリックを呼ぶより早くエレインが反応した。

 その声を無視して、セドリックは後ろからリゼを抱きしめたまま、抜いた剣をエレインの取り巻きへと向ける。


「触る前で良かったな。リゼに触れていたら今頃その腕はないぞ」


 セドリックは怒っている。


「死にたくなければ下がれ」


 従者たちは顔を青くしてゆっくりと下がっていった。同時にレインとシドは動けるようになったようで、体制を立て直してリゼの前で構えた。


「叔父様、お久しぶりです」

「そうだな、エレイン。ところで俺はお前がここに立ち入ることを許可してないが」


 ピリピリとした空気が流れる。

 リゼはリゼで、セドリックの普段と違う口調に戸惑っている。驚いて後ろのセドリックを振り返ると、腰に回された腕に少しだけ力が入った。


「いやだわ、叔父様。王族に番が現れたら挨拶する決まりではありませんか。そちらの番様がなかなか挨拶にいらっしゃらないから、私から挨拶をしにきたまでですわ」

「俺が招いてもいないのに?」

 

 気まずすぎる。


 エレインがセドリックに懸想していると聞いたから、二人は少なくとももう少し和やかなものだと思っていたのに。


「ではいずれ叔父様が招いてくださりますの?」

「それはない」

「わたくしの許可がなければ、婚約者として認められませんわよ」

「そんなことはないさ。それに、婚約者として認められなくとも関係ない。彼女は番だから。それ以上でもそれ以下でもなく、そしてそれは誰かの許可を必要としない。

 わかったなら去れ。これ以上ここにいることは許さない」


 セドリックの言葉には、エレインさえも切ってしまいそうな重さがあった。レインとシドはエレインの魔力から解放され、私の前に立ち剣を抜いた。


「……っ」


 全力でリゼを守ろうとするその姿を見て、エレインは何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。そして苦しそうに踵を返していった。


***


「リゼ、リゼ、ごめんね。大丈夫だった?怪我はない?」

「大丈夫」

 

 部屋に戻るなり護衛を下がらせ、体をペタペタと触ってリゼに怪我や他人からの接触がなかったかを確かめる。

 無事がわかると一緒にソファに座り、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。

 このモードになると、満足するまで離れないことを学びつつあるリゼは、おとなしくされるがままでいた。番に心配されるというのは悪い気分ではなかった。


「なんでエレイン様が来たってわかったの?」


 ちょうど良いタイミングでセドリックが現れたことについて尋ねる。


「あぁ、この離宮には僕が結界を張ってるんだ。誰かが出入りするとわかるんだよ。本当は許可したもの以外弾く結界がいいんだけど、王城だとそれが難しくてね。今日は誰もくる予定がなかったのに5人も侵入したから、慌てて来たんだ」


 ーーてことは仕事中だったのでは


「仕事はロイドに押し付けてきたから安心して」


 表情を読んだセドリックが笑顔で答える。

 安心していいのだろうか。


「ロイド様にお礼をした方が良いかしら」

「あ、だめだよリゼ。僕が一緒にいる時に他の男の名前なんて呼ばないで。それにお礼もいらないよ。もともとこういう事態は予測されてたし、そうなった場合はリゼを優先するって伝えてあるしね。大丈夫、シドをもらった時点で結構お礼をしてあるから」


 そうなのか。それでいいのか?まあいいか


「そうだ、リゼ、明日引っ越ししよっか」

「え……?どこに?」

「公爵邸」

「えっと、もう少し先じゃなかった?」


 大改装で時間がかかるという話ではなかったか 


「そうなんだけど。ほとんどできてきたし。ついにエレインが手を出してきたしね。ここよりは公爵邸の方が物理的に距離も空くし、警備も厳重だから」 

「王城より……?」

「うん、王城より警備は厳重だよ。当然だよ。リゼが住むんだから」


 当然なのか?


 とは思ったものの、セドリックはにこにこしている。その笑顔を見ていると不思議とまあいいかと思えてしまった。


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