-8章-
ヒシュテルの町までは森を迂回して途中まで馬車で林や草原を抜けていく。
俺は先行して時々シルティたちに周囲の状況を知らせたり、マナトの剣の稽古をしてやったりで、自分でも思っていたより勇者一行に関わりに行っていた。
一応鍛えるのも依頼なんで、荒療治なのは百も承知でマナトを積極的に獣と戦わせた。
大事なのは本当に「慣れ」だ。経験値ともいう。 ていうか割と早く慣れてもらわないと困るんだよね。
「よしよし、大分良くなってきたんじゃない?」
そう声をかけるとマナトが肩で息をしながらこっちを振り返る。
「あ、そう、なのかな、無我夢中で、あんまり実感、ないんだけど」
その頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でてやる。
「だいじょぶだいじょぶ。最初の頃より断然敵を冷静に観察できてる。お前元々少ない手数で急所狙うタイプの剣士だろ?冷静な観察ができる胆力がついてきたってことだよ」
マナトは照れたようにはにかんだ。 頭から手をどけてマナトの手から剣をとる。
「ただ、そうだな、シルティから騎士の戦いの基礎を教わってたことで若干動きにバラつきがあるな。」
剣を振って感覚を確かめているとマナトが真剣な目でこちらを観察し始める。
「騎士の剣が悪いわけじゃない。ただお前のスタイルとはちょい違う。騎士は盾や鎧で受けたり跳ね返したりしたところを斬る。当たり前だが鎧は重い分回避に割くより受ける方が効率がいい。」
盾を持った想定で受けて斬る動作をゆっくりと実演して見せる。
「対するお前の戦い方だと回避を駆使した方が良い。大きく回避というよりは最小限の動きだ。受けなきゃいけない攻撃もできるだけ勢いを殺すように受け流す。」
こちらは先ほどと違って身軽な動きで避ける狙うの実演をする。
「シルティは割とハイブリッドだけど割としっかり騎士の戦い方だ。俺の方がまだお前の戦い方に近いかもな。」
マナトは「なるほど……」と言いながら剣の鞘を振って俺の動きの真似をしている。
「ま、一つのスタイルを極めるのも手だけど、元々の剣術をベースに色々改良するのが手っ取り早そーね。見たことのある動きをどんどん試して合うものを採用していけば、自ずと見えてくるだろーよ」
「ちょっと素朴な疑問なんだけど、ゼアはどうやって強くなったんですか?やっぱりずっと槍を振ってたとか?」
勇者君に随分懐かれたなぁなんて思いながら、俺はちょっと考えてからマナトに剣を返して答える。
「確かに得物をずっと振ってる奴は熟練度が違うが、実戦でそれが最強かというと必ずしもそうじゃない。戦士や騎士ってのはある種病気でな。普通に生活してて『あ、あれ攻撃に使えそう』とか『ここを奇襲するにはあそこから狙うのはどうだろう』とか常に頭が戦闘に侵食されてて、それが出来るやつが強いんだよ。」
「しょ、職業病だ……」
「ははっ、そゆこと。」
さて今日はこの辺にするかと踵を返す。
「ああ、だからな、お前のその観察するって癖は『向いてる』ってことだよ。あとは想定するためのパターンを知って手札を増やしていけ。じゃ、ガンバッテー」
「あ、!ありがとうございました!」
いつも律儀にお礼を言ってくるのを片手を振って後にする。 ほんと、いい子だねぇ。
林を抜けて廃村付近に差し掛かると異様な気配がする。
「シルティ、もう感じてると思うけど」
「ああ、ボアと同じ、いやそれ以上に嫌な感じがする」
「さっすが。外周をぐるりと周ってみたが、お察しの通り廃村自体に瘴気が集まってる。獣による襲撃の跡が派手に残っててな、村が壊滅してからまだそんなに時間が経ってなさそうだ。」
「……死者の亡骸は?」
「うーん、周囲の自警団が回収して弔った後にしちゃあ墓もない。こりゃカミールの行商に聞いた通りって考えるのが妥当かね。」
「死者の怨念、か」
カミールで情報収集をしていた時に行商から聞いた話を思い出す。
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「魔物に壊滅させられた村には近づかんことをお勧めするよ。」
行商はキセルを吹かしてゆらゆら上っていく煙を見つめている。
「なんだ?まだ封鎖中か?」
「いや、自警団ですら近づけんみたいでな。妙な噂が出回ってる。『死んだ人間の無念の魂が徘徊している』ってやつだ。」
「それは......実際に見たのか?」
「いんや、オレは見てないが、『近づいてしまったらその怨念に取り殺されて、自分もそのお仲間になる。』なーんてのもあってな。不気味なもんで近づかんかったのよ。なんにしても火のないところに煙は立たんだろう。行くなら気ぃつけな。」
―――――――――――――――――――――
だいたいそんな会話だった。
目立った人影も死体もなかったが、建物に隠れて見えないだけかもしれない。
廃村に足を踏み入れる直前、シルトが声をかける。
「マナト、浄化の力、いけるか?」
「は、はい!でもまだ長時間の安定した浄化の範囲は半径7mくらいです。」
「充分だ。では皆、あくまで通り抜けることを優先しよう。できればの範囲で調査だ。警戒は怠るな」
「「「「了解」」」」
浄化の範囲から出ないように廃村へ足を踏み入れる。
見れる範囲で家の中を覗いていくと倒れた人影が見えた。
「ひっ、」
ユールが小さく悲鳴を上げた。
「マナトは見ない方が良いよ」
ロビが眉をひそめる。
マナトが緊張した面持ちで目線を逸らした。
無理もない、半分ほど腐敗が進んでいそうな様相だった。
腐臭を嗅いでいたらもっと精神的なダメージはデカかっただろう。
ズ、ズ……
何かを引き摺る音が微かに聞こえた。
と同時に最悪な匂いがした。
匂いなくてよかったーと思ってた腐臭だ。
「皆、警戒しろ」
シルトが鋭く声をかける。
「あ、れは、」
建物の角から出てきた影にチェカが信じられないものを見たような声を上げる。
「に、人間......?」
震える声で、現実感のない光景にチェカが呟いた。
全員が同じように絶句していた。
確かにそこには人間がいた。
正確には人間だったモノが。
ソレの身体は一回り大きく膨れ上がり、表皮は土気色に変色している。
人間の簡素な衣服をまとい、手には剣を持っているのが元は人間だったと主張しているようだ。
「人に、瘴気が......!でも人に瘴気が溜まると狂って死んでしまうって......」
漂う腐臭に抗うようにユールが声を絞り出す。
「考えるのは後だ!皆構えろ!!!」
困惑を振り切るようにシルトが戦闘の号令をかけた。
ギィィン!!!
出鱈目な動きでソレが襲い掛かってきたところをシルトが盾で防ぐ。
再度真っ直ぐと勇者に向かって来ていたが、すぐさまシルトに跳ね返され、チェカに足を潰され、ロビの風魔法であっという間に首が飛ばされた。
「おお~お見事」
軽く拍手をして場を和ませようとする。
「……終わった……?」
呪文を準備していたユールが呆気ないと言わんばかりに呟いた。
警戒しながらシルトが動かなくなったソレを観察する。
全員が警戒を解いて武器を収め、シルトの方へ寄っていく。
「な、なんだったの、この、……人……?」
チェカが近寄ってきてまじまじと見ている。
あ、場を和ませるのは失敗したっぽいな。うん。
「解剖して研究したいところだけど、今はさっさとここから出よう。マナトがしんどそうだ」
ロビがマナトをちらりと見てシルトに伝えた。
「す、すみません、力不足で……」
マナトは汗を垂らして申し訳なさそうに俯いている。
「あ、ああ、すまない、早く出よう」
そう言ってシルトが周囲を警戒しながら先導する。
そしてマナトがソレの近くを通り過ぎようとした、その瞬間―――――――
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うっ、気持ち悪い。
浄化の力をここまで長時間維持したことがなかったからか、脱水したみたいに具合が悪い。
それに加えて腐臭とか勘弁してほしい。
やっと血の匂いに少し慣れてきたばかりなのに。
「あ、ああ、すまない、早く出よう」
シルトさんがそう言って先頭に戻る。
オレはその「人間みたいな魔物」の服が少し気になって少し近寄ってみた。
丁度仰向けで倒れている身体と足元に落ちた首を鼻を抑えながら観察する。
この服、ていうかこの髪色とピアス、どこかで見覚えが……
「っ、やべぇッ」
ゼアが何か呟いた気がした。
目の前がスローモーションのように流れた。
脚の力だけで上体を起こしたソレが、オレに向かって凶刃を振りかざしていたと認識した時にはゼアの槍がソレの心臓を貫いていた。
オレは危なかったと一息ついて、ゼアにお礼を言おうとした。
けど、ゼアが槍を抜いた瞬間。
人間だったモノから泥のような瘴気が心臓から噴出した。
「ああクソ!そういうことか!!!ロビ!!!氷魔法で奴を固めろ!!!」
ゼアがロビに鋭く指示を出し、ハッと一瞬でそれを理解したロビが咄嗟に倒れ伏した死体を氷の中に閉じ込めた。
ホッとしたのも束の間、噴出した瘴気が一番遠くにいたシルトさん目掛けて飛んでいく。
浄化が間に合わない。
「、っ、グ、あー、.......はは、やらかした、わ......」
「......な、お前、何して、」
一瞬だったにも関わらず、ゼアがシルトさんの前に立って瘴気を受けていた。
「、あ、ゼア、」
シルトさんらしくなく動揺してるのが分かる。
「マナト!浄化!できる!?」
チェカにそう叫ばれてハッとしてゼアに駆け寄る。
「ゼア!大丈夫ですか!?」
ユールとロビも駆け寄る。
ゼアが冷や汗をかいて眉根を寄せて心臓を抑えてすごく苦しそうだ。
「ゼア!!!今浄化しますから!!!」
浄化の力を使おうとするのを片手で制される。
「いや、まずは、ロビ、保存魔法か封印魔法は使えるか、そいつを絶対氷から出さないようにしてくれ、」
「分かった、だが第3位封止が限界だ」
「充分だ」
ロビが魔法をかけに走る。
「俺のことはいい、それより、ロビが封印魔法をかけたら、すぐにここから出るぞ」
「ゼア、だが、早く浄化を、お前、」
「ここを出るのが先だ!!!!!!!!!!!!!!!」
震えながらシルトさんが声をかけるのを、ゼアが初めて発する強い口調で遮る。
ロビが魔法をかけ終えて戻ってくるとゼアが自力で立ち上がる。
「シルト、しっかりしろ」
ゼアが真剣な声でシルトさんを叱咤した。
正直、こんなに怖いゼアを見たのは初めてだ。
それを受けて泣きそうにしていたシルトさんの顔がいつもの凛々しさを取り戻す。
そうしてチェカがゼアに肩を貸しながら皆で廃村を走り抜けた。
瘴気の範囲を抜けたとたん、オレは膝をついた。
「マナト!大丈夫!?」
ユールが水を差しだしてくれたのを一気に煽る。
同時に回復魔法をかけてくれて気持ち悪さが和らぐ。
「魔力分ける」
反対側でロビが手を握って魔力を分けてくれる。
その魔力をそのまま心臓に運んで浄化に変換するイメージに集中する。
視界の端でゼアが支えていたチェカともども膝をついて心臓のあたりを抑えて呻いているのが見える。
その横でシルトさんが「ゼア!!!ゼア!!!」と必死に声をかけている。
「チェカ、手伝って」
ロビがチェカを呼んでオレの手を一緒に握らせる。
二人から魔力をもらって限界のスピードで浄化に変換していく。
「みんなありがとう、いける、」
しゃがんだ状態からクラウチングスタートのように足をばねにして雪崩れ込むようにゼアのもとへ飛ぶ。
瘴気の範囲を抜けたからかさっきよりは顔色が戻ってるが苦しそうだ。
すぐにゼアの空いてる手を握って浄化の力を流す。
少しするとゼアは苦しそうにしつつも顔色が蒼白から赤みを取り戻した。
「あ、はは、マナト、あんがとさん~」
「ゼア!よかった、もう少し我慢してくださいね、すぐ浄化し終わります!」
そう言うと大丈夫大丈夫と手を振るとゼアは少しふらつきながら立ち上がった。
「すまん、迷惑かけた。ありがとうな」
皆に向かってそう言ったゼアの顔はもういつも通りだった。
「いやぁそれにしてもお前ら、成長してんなぁ〜」
そう言ってオレの頭をポンポンと撫でるとユールの頭にもポンと軽く手を置き、ロビ、チェカにも同じようにして「えらいぞ~すごいぞ~」と言って労っていった。
チェカはやーめーてーといって回避してた。なんやかんや仲いいよね。
浄化が上手くいったんだ、自分がゼアを助けられた!と喜ぶ気持ちと、妙にゼアの回復が早いことが微かに違和感としてオレの胸に残った。
「ゼ、ア......」
ゼアがシルトさんの元へ戻っていくとシルトさんはまた泣きそうな顔をしていた。
なんとなく、オレたちが見ていたらいけない気がして、皆で距離を少しとって野営の準備をすることにした。
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「ゼ、ア......」
「なーんて顔してんだよ。」
「お、まえ、無茶して、」
目の前のいつも通りのヘラヘラ顔に泣きそうになるのを必死に抑える。
「ほら、お前がそんなんだと他の奴らも不安になる。しっかりしろシルト。」
シルト、そう呼ぶ時は私が決めた決意を全うしろと叱咤する時だ。
ゼアが私の両頬に自分の両手を添えて上を向かせる。
私の額に自分の額をつけて、そのままなだめるように親指で頬を撫でる。
「大丈夫だ、俺はしぶといぞ?殺しても死なないで定評がある」
「ぁ、ああ、そうだな、」
息を細く、ゆっくり吸って、吐く。
「そう、上手だ。俺はいなくならない。だから安心しろ。」
ゼアの声に呼吸がゆっくり整っていく。
「……よし、いつも通りの美人だぞ。」
目の前の優しい笑顔に安堵する。
「......ふ、お前もいつも通りの間抜け面だ」
「はは、元気出たみたいだな。」
ゼアはいつも通りいたずらっぽく笑って額を離した。
冷や汗で張り付いた前髪を掻き上げて踵を返し、皆の方へ歩いていく。
ゼアの手はまだ震えていた。
明らかに無理をしている。そんなものはすぐに分かった。
だがゼアがそれを隠すのならば、私がしゃんとしないでどうする。




