-5章-
オレは元の世界では普通の学生だった。
学ぶ人でマナト。
名前と違ってそんなに勉強は得意じゃないけど。
小学生の時から近くのクラブで剣道をやってて、中学高校でも剣道部に入った。
残念ながらそんなに背が高い訳じゃないし、勝ちへの執念があった訳じゃない。
だからか、いつも良くて副将のポジションだった。
それ自体に不満は無い。だってオレにとって剣道で1番面白いのは、「ここだ」って感じて通った時の、あの全てが噛み合った瞬間だから。
ある日の部活帰り、部活仲間とワイワイ帰って別れて、角を曲がった瞬間に「落ちた」って思った。
そしたら目の前に、テレビとかゲームでしか見たことの無いようなベージュがかった石造りの、神殿っていうのかな。そこの2段くらい高くなった円状の壇の上にいて、周りに白いローブの人たちが跪いてこっちを見あげてた。
正直怖かった。その目は喜びとオレへの期待に満ちていて、何も言われてないのに胃が痛くなったような気がした。
最初に背のスっと通ったおばちゃんが気さくにオレに話しかけてきて、勇者の適正云々話してくれたけど半分も分かんなかった。
後から聞いたら宰相さんだった。
イメージと違うって思うのは失礼かな......
その後王様に会ったけどやっぱり言葉が通じる。どう見ても外国なのに不思議だ。
王様はちょっとがめつそうな嫌らしい顔したおっさんだった。高圧的なのもあって若干苦手かも。
混乱するオレに、宰相さんが護衛兼案内役だと言って紹介してくれたのがシルトさんだった。
甲冑の兜を取って挨拶してくれたシルトさんは他の騎士に比べるとちょっと小柄で(オレよりは大きいけど)めっちゃイケメンだった。
「シルトです。本日より貴方様の護衛の任を賜りましたこと、光栄に存じます。また、案内役も兼任いたしますので何なりとお申し付けください。」
恭しく、まさにアニメやゲームで見るような騎士の礼をしてくれる。
シルトさんのミルクティー色のポニーテールがさらりと前に落ちて、前髪は遊び毛が1束ふわっと揺れる。
これが男でも惚れるって感覚か......とか思った。
なんて言うか凛々しくカッコイイんだけどたおやかな美しさも同居してる。
シルトさんはオレのことを凄く気にかけてくれた。
王宮の中を案内してくれたり、庭園を散歩させてくれたりして、オレが状況を飲み込むために根気よく待ってくれた。
世界の果てで瘴気が生まれたこと。
魔王がいるかもしれないこと。
勇者が浄化の力を持っていること。
他にも何人も勇者が召喚されていること。
何人かの勇者が死んだこと。
鉱山のカナリアみたいに勇者が使い捨てられそうになったこと。
大半の勇者が平穏に暮らす選択をしていること。
元の世界に戻った者はいないということ。
オレの浄化の力が他の勇者よりも強いこと。
正直ちょっと浮かれた。
元々ファンタジーアクションRPG好きだったし、自分が特別とか言われたらテンション上がる。
剣道もやってたし、案外どうにかなるんじゃないかな~なんて楽観的になってた。
シルトさんから剣術を教わって、王宮魔法使いのユールとロビから魔法と浄化についてを教わった。
やればやるだけ皆が褒めてくれる。
優しい人たちのために自分にできるならやってやろう!と内心では意気込んでいたし、
修行の旅に出るって聞いた時も案外大丈夫かも。なんて、増長してたんだと思う。
旅のメンツはギルドから参加のチェカを含めて5人。ちょっと部活みたいで楽しいなぁなんて思ってた。
旅に出て最初にぶち当たった壁は野営だった。
虫はちょっと苦手だけど大丈夫、寝心地も良くないけどまあ大丈夫、最初はそう思ってた。
でもそれは体力があるうちだけで、一日中歩いて野営を3日も繰り返せば簡単に動けなくなった。
近くの宿屋までシルトさんが運んでくれて、ようやっと一息つけた。
でもオレ以外の皆は疲労しててもオレみたいにフラフラはしてなかった。
慣れてないんだから大丈夫だと皆言ってくれたけど情けなくて恥ずかしかった。
港に着いて船で4日、休息に2日、馬車で1日。
目的のカミールに向かうためにラザメの森に入った。
比較的魔物は出てこない森らしく、道も意外と整備されていた。
本当に魔物が出てこなくて拍子抜けしてたけど、油断大敵。
オレが水を汲みに皆から少し離れ、立ち上がろうとしたその時。
ホーンラビットが飛び出してきて、オレと目が合った。
ウサギの癖に中型犬くらいの図体。
獲物を見つけたようにギラリと目が光り、オレに飛び掛かる。
「うわああああ!!!」
初めて向けられる野生動物からの容赦のない殺意に恐怖して出鱈目に剣を振る。
ズシャ
運よく当たった。
剣が重みに当たって、食い込んで、振り抜いて、ボールを打ち返した時とは明らかに違う。
液体が飛んできて手と顔にビチャリと飛び散る。
全ての感覚が不快で気持ち悪くて腕で乱暴に顔を拭おうとすると、べちょりと固形物の感触。
それがホーンラビットの内臓だと認識した瞬間、胃から不快感がせり上がってきて、あっという間に目の前が真っ暗になった。
皆が心配そうに自分を見てくるのがつらい。
まるで「自分たちはそんなことで動じないのに、君はそんなにも弱く情けないんだね」と言われているように感じていた。
完全に被害妄想だった。
それでもシルトさんは「自分の落ち度だ」と言ってオレを責めない。
「強がることも大事だが」とオレの頑張りたい気持ちを汲んでくれる。
優しくて、強くて、いつも堂々としていて、憧れるのなんて一瞬だった。
でも憧れる分だけ、惨めな自分との乖離が酷くなるばかりで、正直苦しかった。
異様な空気のボア戦。
何もできずシルトさんのピンチを眺めていた。
罪悪感も、恐怖も、いっぱいいっぱいになって、どうしたらいいか分からなくなって、動けなかった。
1人世界が隔絶されたようにぼーっと眺めていたら、ボアが一瞬で沈み、やけにシルトさんと親し気な男が現れた。
不思議な人だった。
深い青と言うより紺に近い髪が印象的で
いかにも胡散臭いのに、全部を見透かしたような眼をしてる。
行動も不思議で、ボアの解体をただ見てろとか、褒めて頭を撫でてくるとか、元の世界でも見かけないタイプの大人だった。
元の世界で見かけてたら不審者だったと思う。
でもシルトさんと仲がいいのが凄く伝わってきて、羨ましかった。
森の入り口で迎えを待って3日目。
夜、少し寝苦しくて目が覚めた。
悪夢を見ていたようで胸のあたりが気持ち悪い。
少しならきっと大丈夫、近くの川に水を飲みに行こうとテントを出る。
ああ、やっぱり川辺は気持ちいいな。
少し大きめの川で、対岸までは10mくらいあるんだろうか。
少し先が低い崖で小さな滝を作っている。
水は綺麗で冷たい。
少し飲んだら胸の苦しさが和らいだ。
戻ろうとしたとき、滝の下から落ちる水音とは違う微かにパシャリと遊ぶような音がした。
ちょっと怖かったけど、匍匐前進で近づいて崖下をそろりと覗いてみる。
3~4mほど下のそこには、月の光を吸収したように輝く肢体があった。
胸の豊かな膨らみと、腰にかけての綺麗なウェーブ、少し小ぶりな丸みからはスラっと長い脚が肢体を支えている。
まるで月の女神だと、語彙力無く月並みな臭いワードが思い浮かぶ。
美しくて、あの、神秘的なんですけど、刺激が強すぎて、あ、鼻血でそう、
「ッ……誰だ」
女神から低く鋭い声がして反射で肩が跳ねる。
見つかったと思い、謝るために立ち上がろうとすると、全身を隠すようにしゃがんだ女神が全然違う方を向いていた。
「すまんすまん、そう睨むなって。」
木の陰から出てきたのはゼアだった。
「すぐに退散するからさ~」
「……覗きか?相変わらず良い趣味だな」
女神が唸るように言葉を発する。
「今回は誤解だよたまたまだって。」
ゼアは両手を上げて降参のポーズをとっている。
「なんなら俺も脱ごうか?それで痛み分けってことで」
とんでもないことを言って首元を緩める仕草をする。
「なっ!!!???バカ!!!そんなことで痛み分けになるわけないだろうこのアホ!!!」
ゼアは「あはは~」と楽しそうに笑っている。
「ああもう……さっさとどっかいけ」
女神は脱力したように俯いてしまった。
「はいはい、束の間の楽しみを邪魔したね」
ゼアは何事もなかったかのようにそのまま木の方へ手を振りながら去っていく。
女神は微動だにしない……と思ったけど前後にちょっと揺れてる。
暗くてよく見えないけれど、手で顔も覆っているみたいだ。
「眼福でしたご馳走様~」
「ッッッ!!!ゼア!!!!!!!」
ゼアの心底楽しそうな声が響き、それ以上の女神の怒号が鳴り響いた。
オレはその場からゆっくり匍匐前進の逆をする。
匍匐前進の逆って匍匐後退なのかな。
どうでもいい疑問で思考を逸らし、2人に気付かれないようにゆっくり離れた。
正直頭がちょっとぽわぽわしてる。
女神……シルトさん……
……ていうかシルトさん……女性だったんだ……
テントに戻った後、オレは眠れなかった。
目に焼き付いた別のモヤモヤ……っていうかぽわぽわに悩まされて。
明日からどんな顔したらいいんだ……
何が自分の正常な顔なのか分かんなくなってきた。




