-4章-
黒髪の少年。
勇者を1日観察してみたが、貴族令嬢と同じくらい繊細な精神だというのはあながち間違っていないようだ。
剣の腕はと言うとシルトが教えているだけあって筋は悪くない。
だが勇者自身に嚙み合っていない印象もある。
浄化についてはまだ分からないから、気長に観察する気でいたんだけどなー。
こうなったらいい機会だ。試してみよう。
「黒髪君、このボアに浄化かけて」
「え……あ、なんで、知って……」
「あーあー、そう警戒すんな。ちょっと噂の力が見たいだけだ。」
勇者は不信感のこもった目で俺を睨んでいたが、諦めたように息をつき歩み出る。
血の匂いにあてられないように鼻を覆いながら恐る恐る近づいてボアの体に手をかざした。
すると空気が一段軽くなったようにボアから瘴気が消え失せた。
「おお、すっげ」
「それで、次は何をすればいいんですか?」
「よしよしありがとな。ああ、お前はそっちで座ってろ。血抜きも解体も俺がやるから見てればいい。」
頭を軽くわしゃわしゃと撫でて少し離れた位置を指して座らせる。
「……え」
勇者は意外そうに目を瞠ってポカンとしている。 その顔に緩く指を向け、
「戦うのも怖い、生き物を殺すのも怖い、だけど何もできずに足を引っ張る自分が不甲斐なくて、皆の迷惑になってるし罪悪感が湧いてきてどうにもならーんって顔に書いてある。」
図星だったのだろう。勇者はバツが悪そうに腕で口元を隠しながら俯く。
それに構わず血抜きを始める。 だって血抜きって早さが本当に大事なんだ。
夕日が沈みかけ、手元が暗くなる前にボアの解体が終わった。
勇者は本当にちゃんと俺の作業を眺めていた。 真面目だねぇ。
初めは特に内臓を取り出すところで眉を寄せて口元を抑えて耐えていたようだが、最後の方は俺の皮を剥ぐ手つきや刃の入れ方を観察するような眼に変わっていた。 ほんとセンスあるぅ。
そういう馬鹿真面目で伸びしろのあるやつは嫌いじゃない。
「黒髪くん。これ運ぶの手伝ってー」
「あ、は、はい……」
素直に近づいてくる。 血だまりに対してはまだ「うわ……」という顔をしているが昨日の惨状を考えると奇跡に近い立ち直り方だ。
「よしよし。最後までちゃんと見てたのは偉いぞ~」
血をぬぐった手で黒髪をわしゃわしゃと少し荒めに撫でる。 勇者はポカンとした顔を向けてくる。
「どうだ?ボアの血抜きと解体を見た感想は。」
「はえ……?と……その、グロかったです……」
「ははは!そりゃそうだ」
「今でも結構吐きそうですし、手も震えてます、でも、その、なんか……色々考えることができました」
「ふーん?どんな?」
「オレのいたところの大半の人間は、こうやって解体された肉しか見たことがないんです。 生きてる豚や牛を見たことはあっても、殺したことも、死骸から肉を切り出すことも、やったことのある人間の方が珍しいんです……動物を殺していると認識していても、実感はなかった。」
「そら随分と豊かな世界だな」
「そうですね、暴力だって、基本的にはないんです。オレは剣道っていう、一対一の剣術をスポーツとして、命は懸けないけど真剣な勝負として打ち込んでました。だから、案外大丈夫なんじゃないかと、思ったんです。でも全然違って、血の匂いとか、魔物の無慈悲な殺意とか、肉を切る時の剣にかかる重さとか、全部が、怖くて」
「それは正常な感覚だ。何も卑下することじゃない。」
「そう、なんですか、ね……シルトさんはもちろんですけど、ユールやチェカでさえ、魔物に怯みもしない。オレ、カッコ悪すぎて、……情けなくて」
「まあカッコ悪くて情けないのは事実だわなぁ~」
「う……」
「黒髪君よ。慣れだよ。みんな最初はエヅいて顔しかめて足ガクガクさせてしょんべん漏らすもんだ」
「ぅえ……?」
勇者がドン引きしてる。面白い顔だな~
「だが恐怖は危機察知のために必要な機能だ。それの飼い慣らし方を覚えて、慣れていけ。」
「そんなこと言われたって、どうしたらいいか……」
「そうだねぇ~手っ取り早いのは勇気で上書きすることだ。その勇気を得るために『守るべき人のために』だの『愛する人のために』だの、くっさいセリフをみーんな言うんだよ」
「……なんか、身も蓋もない言い方するんですね」
「お気に召さなかったかい?」
「いや……どっちかっていうと、その、貴方のその勇気の得方って、何だったか気になるというか」
「え、それ聞くの?」
「参考にしたくて」
「真面目だねぇ」
解体した肉を集めて干し肉用の乾燥盆に挟み終わると塊のいくつかを抱えて歩き出す。
「まぁまた今度な。覚えてたら。」
「……そんなに恥ずかしい理由なんですか?」
「そんなに恥ずかしい理由なんですよ~。だから簡単に身の上話はしてやんねーの」
「じゃあ、話してもらえるのを楽しみにしてます」
「聞く気満々かよ」
「それと、オレ、マナトっていいます。もう一度名前聞いていいですか」
「ゼアだ。ま、ひとつよろしく。マナト」
「よろしくお願いします。ゼア」と返した勇者の顔は少しすっきりして見える。
野営の準備をしている仲間のもとへ向かう足取りも少しだけ軽くなったっぽい。
とりあえず成功っしょ。 シルト褒めてくんねーかなー。
「ということで改めて紹介をしておこう。」
ボア肉のシチューと串焼きを囲みながらシルトが話し始めた。
「ユールから頼む」
指名されたいかにもお嬢様然とした少女が話す。
「ユールです。二ヴ王国の王宮魔法使いで、白魔術師です。よろしくお願いします。」
頭を下げると同時に稲穂色の金髪がさらりと揺れる。
「同じく王宮魔法使い、ロビ。黒魔術師。」
アッシュグレーの髪の少年が眠そうな目で短く言った。
「改めてマナトです。勇者で、一応剣が使えます。よろしくお願いします。」
マナトが丁寧に頭を下げる。
「あたしは紹介っていうか、どっちかっていうと皆に向けて説明しておくわ。ゼアとはギルドの連絡係兼雑用を押し付けられていたから顔見知り。」
チェカが少し苦い顔で言った。
オイオイ、抗議は支部長にしてくれや。俺を睨むなって。
「なるほど、そうだったのか……おいゼア、お前の番だ」
「ほのにふふっま」
シルトのアイアンクローが顔面に継続ダメージを与えてくる。
「口の中の肉を飲み込んで、真面目に自己紹介をしろ」
正直力強いからめっちゃ痛って、いててててっ やっと解放されて肉を飲み込んで真面目な顔を作る。
「あーゼアです。シルティのことなら好きな菓子からお気に入りの入浴剤まで何でも知ってる唯一無二の相bアダダダダダ」
途中からまたアイアンクローがいててて
「お前は自己紹介一つまともにできないのか?!」
怒気を発して乱暴な素行のシルトを見たことがなかったんだろう。 4人が呆気にとられている。
アイアンクローをやめたシルトが深いため息をついた。
俺にまともな自己紹介を期待するだけ無駄だと諦めたシルトが仕切り直す。
「ゼアは腐れ縁の幼馴染だ。悪友ともいえる。元は私と同じ騎士団に所属していたが、今はギルドで冒険者をしている。と言っても放浪癖があるから一か所に留まってはいないんだが。」
シルトが呆れたようにぼやく。
「それでゼア、なんでお前がここにいる」
「あ、それ聞く?」
「当たり前だろう。というかお前、助けに来るタイミング良すぎたよな。まさかまたストーカー」
「してました!と、言いたいところだけど残念ながらお前らのストーカーしてたのは昨日からなんだよなぁ」
ストーカー……とユールちゃんからドン引きした呟きが漏れ聞こえた。 あ、本気にしてんのかな。純粋だねぇ。
ていうか全体的にちょっと引いてるな。 皆俺のことをストーカーで認識したっぽいな。
「ま、俺としても情報が少なかったんでな。ちょっと観察させてもらってたよ。随分と苦労してそうじゃん」
「……で?ここにいる理由は?」
「依頼されたから。お前らと合流して助けてやれってさ。でも正直俺は参加するつもりなかったんだぜ?」
「え……どうしてですか?」
マナトが少し悲しそうに聞いてきた。
「そんなんシルティがいるから充分じゃね?ってだけだけど?」
シルトがこめかみに手を当てて息を吐きだしている。
「おい……お前はいつも私を過大評価しすぎだ」
「シルティは相変わらず謙虚だねぇ。まあこうしてお前らの前に姿を見せたのは別の理由でね。状況が変わってきたからだ。俺も出張った方が良いと思って重ーい腰を上げてきたってわけ。」
「状況とは?」
ロビくんが聞いてくる。
「簡単に言うと瘴気が侵攻してきてる。」
全員が息をのむのが分かる。
「とは言っても依然として緩やかではあるよ?ただ適性のあるやつが塵同然の瘴気を集めて纏い始めたんだ。心当たりあるだろう?」
「今日のボアか」
「そゆこと。だから勇者君が浄化の修行に専念できるようにって俺が駆り出されたわけ。」
「……あの、私たちのことは極秘事項のはずです。それを依頼されたということは......」
ユールちゃんが表情硬く聞いてくる。
「それはー」
「こいつが唯一のSランク冒険者で南支部長と懇意だからだ」
「え!?」
「うそ...」
「なるほど...」
それぞれ驚きのリアクションが違って面白いね。 けど
「シルティ、それこっちの極秘なんだよ?」
「知っている。だがお前も我々の極秘を知っているわけだ。フェアじゃない。」
「いやそうは言ってもさぁ~俺にも平穏なディス権力ライフってもんがあってですねぇ~~~」
「支部長の依頼で私たちに協力した時点で権力に近い。文句を言うな。」
「……いぇっさー」
シルトには昔から敵わんのよなぁ~
「とはいえ、私たちは目立つのを避けたい。ゼアのことは勇者同様他言無用で頼む。」
全員が肯首する。
「それで」
ロビ君が続ける。
「ゼアはどういう戦い方をするんだ?それによって連携も変わる」
おお、現実的な子だなぁ
「俺は前衛後衛どっちもいけるけど、まあ前衛で使いたがる奴の方が多いね。あ、得物は槍です。剣も素手も弓もいける。でも、俺は基本的に戦わないから数には入れないでほしいかな~」
「おい、ふざけてるのか」
「大真面目だって~俺は俺で調べたいことがあるからずっと一緒にはついていかない。周囲の情報は連絡するから結果的に危機回避としては有効だと思うぞ?単騎で情報収集できる奴の方が便利だろ?」
「……そういうことなら、そうだな。そっちの方が良いだろう。そもそもゼアに集団行動は向いてない」
「さっすが幼馴染分かってる~~~」
「じゃあ、合流して戦闘になった時は前衛を任せるってことでいいんだよね?」
ロビくんが確認するように聞いてきた。
「おう、かまわねぇよ。戦況によって最適な行動くらいはできる」
周囲から少し安堵した空気が伝わる。
「皆、ゼアに何か他に聞いておきたいことはあるか?」
スッとチェカが手を上げる。どした?
「そのーずっと気になってたんだけど、なんでゼアはシルトのことを『シルティ』って呼んでるの?」
俺がシルトを見るとシルトも俺を見て嫌そうな顔をして呟く。
「……私の愛称だ」
「かわいいだろ?」
反対に俺は嬉々としてシルトを見つめる。
このなんとも言えない嫌そうな顔。かわいいんだコレが。




