-3章-
翌日早朝。
残暑で朝でも暑いが、日中に動くのはより厳しいため早朝から歩みを進めなければならない。
今日中に森を抜ければ背の低い植物が点々と生える砂地に出られる。
そこを2~3日かけて歩けばカミールの町が見えてくるはずだ。
森の中では通信装置が上手く働かず外部との連絡がとれなかったために、事情を知っている南支部長に連絡しようにも手段がなかった。
だが森の入り口にたどり着けば迎えを頼むこともできる。今の一縷の希望だ。
2日かけて遮るものの少ないほとんど砂漠のような砂地を歩くか、5日ほど森の入り口で魔物をやり過ごすか、どちらがマシかと言われれば後者だろう。
砂地は舗装された道を外れると地面に車輪を取られやすいため、どうしても時間はかかるが仕方がない。
パーティに負荷をかけてしまうが、自分ができるだけカバーすればなんとかなるだろう。
最悪なのは多忙な支部長と連絡がつかず、待機時間が延びることだが……あまり考えたくはない。
マナトの顔色は昨日に比べて良くはなっている。
だがその表情は暗く硬い。
やはり五感で感知してしまった生々しい感覚が尾を引いているのだろう。
ユールが時折「大丈夫?つらくなったら言ってくださいね」と声をかけているのが見える。
マナトはそれにも曖昧にしか返事ができないようだった。
先頭を歩き周囲を常に警戒し、川沿いに歩きながら魔物の気配を察知したら隠れて迂回を繰り返す。
そして予定より少々遅れてはいるものの、ここまで最小限の交戦で済ますことが出来ている。
現在は昼下がりだがギリギリ夜になる前には森を抜けられそうだ。
これで外部と連絡が取れると思うと少しホッとする。
だが穏やかだと言われるラザメの森で妙に魔物との遭遇率が高いのがどうにも気にかかった。
そろそろ小休憩を挟もうと皆に声をかけようとした瞬間、異様な気配を感じる。
続いて魔物の唸り声。
ここまでに幾度か聞いた狼の唸り声だ。
だがこの違和感の正体は別の何か、そんな気がする。
「皆構えろ」
短く指示を出し、違和感の正体を探ろうと1歩踏み出たところで、草を荒らし地面を揺るがすような地響きがした。
続けて右斜め前方に狼が最大速で逃げていくのが視界の端に映る。
と同時に重低音の咆哮が轟く。
不味い、と思った次の瞬間にはギョロりとした眼がこちらを捉え、ボアが突進の準備を始めていた。
「ボアが来る!」
皆はそれぞれ臨戦態勢でフォーメーションを組む。
言い終わると同時にボアが突進してくるのを盾で軌道を変えていなす。
ちくしょう、デカい。
高さだけで人の背丈ほどもある。
それに少し黒ずんだモヤに纏われている気がする。
まさかもう魔物にまで瘴気が伝播しているのかと思い身震いする。
ボアの突進した方へ向き直ると少し遠目にこちらをターゲティングしてることが分かる。
突進の勢いで遠ざかってくれればありがたかったが、森には木が多いためぶつかりまくってすぐに推進力が衰え、硬直時間が短い。
どうやら我々が逃げる時間はくれないようだ。
「次が来る!チェカ!動けるか!」
「おっけー大丈夫!」
ボアがギラつく目でまた突進してきたところを盾で先程より強めにいなして軌道を変える。
とほぼ同時にチェカが弓を放ちボアの片目を潰すと、痛みに悲鳴を上げてがむしゃらに暴れ始めた。
すかさずロビがボアの足元を凍らせて動きを封じようとするが規格外のパワーに砕かれ、追従してユールが光の槍を地面から突き刺すように仕留めるはずが有効打に至らない。
ボタボタと地面に血を流しながら生半可に傷を負ったボアは滅茶苦茶に暴れ、あろうことか後衛とマナトの方へターゲットを変えて牙を突き上げようと迫る。
「この、クソッ!」
ギィィィン!という牙と盾のぶつかる音。
間一髪で防げたはいいが、流石に真正面から勢いを全て受けきるのは骨が折れる。
ボアは鬱陶しそうに盾を牙で突き上げ、噛み付き、体当たりをしてくる。
動きに合わせて盾を振るい、後衛二人が技を放てる隙を伺う。
視界の端ではチェカがもう片目を潰そうと狙っているが如何せん狙いが定まらない。
ロビが土魔法で出現させたツタで動きを封じようとするが鬱陶しそうに手足を振るだけで千切られる。
ユールは私に魔法が当たることを懸念して撃てない。
前に出している踏ん張る足が地面にめり込む。
やはりおかしい。手負いの魔物以上の力だ。
致命傷ではないとは言え流血は激しいはずなのにどんどん力が増しているように感じる。
持久戦は不利だ。仕方がない、皆を避難させて自分が単身捨て身で心臓に剣を突き立てに行くのが最善だろう。
そう思い声をかけようとした瞬間、
ボアの身体を閃光が貫いた。
血飛沫を撒き散らしながら、断末魔もなくボアは地面に倒れ伏した。
「な、」
呆気にとられていると背後から両肩を掴まれる。
「腕鈍った?」
その聞き慣れた緊張感のない声に恐怖も困惑もなく、歓喜が押し寄せる。
だが素直に喜んでやれるほど、私のこの男への気持ちは単純じゃない。
しゃがんで腕を振り払い、足払いを食らわせる。
「うわっ」
呆気なく男は尻もちをついた。
「誰の腕が鈍ったって?ア゛ア゛?」
「うわ怖っわ、マジで眉間のシワ取れなくなるぞ〜」
「その場合は全部お前のせいだな」
「え、全部は背負わせ過ぎだろ」
2年ぶりに再会したはずなのに相も変わらず軽口を叩けることが、内心涙が出そうな程に嬉しかった。
「あ、あの、」
ユールが控えめに声をかけてくる。
「助けていただきありがとうございます。あの、それで......?」
「あ、ああ、すまない、紹介し」
「の前にあのボア血抜きしよう。そこの黒髪くん手伝って。」
「おいゼア、」
「てことで俺の名前分かっただろ?血抜きはすぐやんねぇと味が落ちる」
そう言って私とユールが引き止めるのも聞かずにゼアはマナトの手を引っ張ってボアの死骸のそばに連れて行く。
後ろ手にヒラヒラと手を振る仕草は「任せろ」と言ってるように見えた。
「シルトさん!マナト連れ戻さないと!まだ昨日のことから立ち直れてないんですよ!?」
ユールの言うことはその通りだったが、私はゼアに任せていいと思っていた。
いい加減な男だが、案外どうにかしてくれる。
どうにか、などと曖昧な感覚で説明できないのだが。
ゼアに関わると自分も一気に大雑把になるものだから困りものだ。
「ユール、とりあえずゼアに任せて大丈夫......とは言いきれないが、まあ大丈夫だ。私たちは野営の準備をしよう。おそらくボアの解体で日が暮れる。」
ユールはまだ心配そうにしていたが、一旦は様子を見てくれるようだ。
木の上から様子を伺っていたチェカが降りてくる。
「わーい!ボア肉だ!」
ロビが武器の魔導書を仕舞いながらチェカを一瞥する。
「まあ肉が食べられるならいいんじゃない。それよりも僕はゼア?だっけ、あの男が前衛を張れるのかに興味がある。」
「分かった、色々と説明も必要だろう。夕飯の時に話そう。」




