-2章-
「マナト、大丈夫か?」
光がまばらに差す森の中、目の前の黒髪の少年の背中を擦りながら片手で水を差し出す。
「ぅ、、、、」
生理現象を処理できて少しは気分が落ち着いてきたようだ。
「すまない。君が殺生に慣れていないことは分かっていたんだが......本当にすまない」
実践はまだ早かったと後悔したが遅かった。 黒髪黒目の少年は水で口をすすぐと力なく返答する。
「シルトさんが、謝ることじゃ、ないです、ちょっと、匂いにやられちゃっただけで。すぐに慣れてみせます......」
「無理をするな。強がるのは大事なことだが、自愛することはそれ以上に大事だ。ユールのところまで行けるか?暖かい飲み物でも飲んで落ち着こう。」
マナトを支えながら仲間が野営を準備しているだろう場所まで連れて行く。
勇者は召喚されると大半が名誉や金に目が眩んで喜び勇み戦いに出る。
腕の立つ者も何人かいたが、皆己の浄化の力を過信して死んで行った。
慎重派ももちろんいるが、今では最低限研究に協力して悠々と暮らす方が楽だと思ったのだろう。
だから街中で見かける勇者は召喚されたばかりの何も知らされていない奴だ。
だがそれもすぐに姿を見なくなる。
その中で、マナトは逸材だった。
浄化の力は今までの勇者をしのぎ、修練を積めば積むほどに成果が出る。
元の世界で剣術をやっていたらしく、武芸の筋もいい。
ただ、平和な世界にはあまり必要のなかったであろう胆力や生死の覚悟、戦場の汚さや血腥さへの免疫がない。
そんなものは本来なら無い方がいい。
これは我々の希望を押し付けているだけなのだ。
罪悪感が内出血のように滲んでいく。
「マナト!大丈夫?」
稲穂のように輝く金髪を後ろで一つにくくって火おこしをしていたユールが心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫、ごめん心配かけて……」
「まだ顔色が悪いわ......ちょっと待ってね、今暖かいお茶を淹れるから。」
ユールが火おこしに戻る前に声をかける
「ユール、すまないがその前に治癒をかけてやってくれ。」
「あ、了解です!」
「湯は僕がやる」
桶を用意してたロビがユールの持っていた火打石を取り上げて火をおこす。
「ありがとうロビ」
「いいよ、その代わりシルトが水汲みしてきて」
「ああ、なるほど。分かった行って来よう」
ユールがぐったりとしたマナトの首から腹にかけて薄く治癒をかけていくと少しずつ顔色が戻ってくる。
それを確認してから私は川の方へ歩いていく。
水汲み桶を手に近くの川に到着すると山菜採取に出ていたチェカがこちらへ歩いてきた。
「お、シルト。マナトくんだいじょーぶそ?」
肩まで伸びたショコラ色の髪をさらりと揺らした少女はこちらを覗き込む。
「ああ、チェカ。まあ、そうだな。やっと少し落ち着いてきたところだ」
「そっか。……やっぱしんどそーね。」
「仕方ない。こちらに来てまだ一か月半、旅に出て二週間だ。むしろよく耐えている。」
「そろそろ疲労で倒れてもおかしくないタイミングに、血の匂いを嗅いじゃったわけか。それは吐きもするわね。」
「……」
またも自分の不甲斐なさに罪悪感がのしかかる。
剣の上達が目覚ましいと、自分の力を試してほしくなって獣と対峙したところを傍観してしまった。
教育係として、完全に自分の落ち度だった。
「あ、えと、ごめん、シルトのせいじゃないってば!そういう意味で言ったんじゃないから、ね……?」
「ああ、分かっている。チェカは優しいな。」
力なく微笑むとチェカは安心したように笑った。
「シルトほどじゃないわ。でも誤解してないなら良かった。……マナトの修行については、正直時間がないっていうのが一番キツイところよね。どうしたって荒療治になるわ。」
確かにそうかもしれないが、そもそもマナトは気質的に思慮深く平和主義で繊細なところがあるように思う。
マナトの心が壊れてしまっては支障が出る。何よりも不憫だ。
そう思うともっと配慮できたのではないかと考えずにはいられない。
今のパーティの中でマナトと一番付き合いが長いのは自分で、年長者でもあるのだから。
「シルトは真面目過ぎるわね……なるほどね。」
チェカは何か口の中で呟くとウンウンと一人で納得したような顔をした。
「あ、なんでもないわ。水汲み終わったなら一緒に戻りましょ。」
「ああ、そうだな。」
明るい笑顔を向けてくれるチェカに少し救われた気持ちになった。
マナトを先に就寝させた後、焚火の前で4人で話し合う。
「正直、マナトは精神的にギリギリだと思う。剣の飲み込みは早く、浄化の力の成長も目覚ましい。だがそれに反比例するように精神が疲弊しきっている。」
「……」
それは皆感じていたことだった。
16歳は成人だ。だが成人だからと言って頭が良くなるわけでも、体力が増強されるわけでも、獣を屠れる精神が身につくわけでもない。
「私としては、騎士としてもマナトを守る方へ注力したい。マナトの役目は浄化だ。今後は浄化に専念してもらいたいと思っている。」
「……私は、賛成です。このまま精神が壊れてしまっては元も子もないもの。それに、見ているこちらがつらいわ。」
ユールが焚火を見つめながら独り言のように呟く。
「戦力的にはあまり看過できない。現状の前衛はシルトとマナトしかいない。僕とユールは後方でしか戦えないし、チェカは前衛張れる耐久力が無いし飛び道具的な動きじゃないとパフォーマンスが下がる。」
ロビが現実的な問題点を挙げる。
確かに魔法使いのユールとロビ、弓と短剣を扱うチェカでは前衛は無理だ。
「確かにそうよね、このままだとシルトが前衛をすべて担うことになるわ。」
チェカが心配そうにこちらを見やる。
「承知の上だ。前衛は私一人で担う。チェカには悪いが前衛後衛両方のサポートをしてもらうことになる。」
「おっけー、シルトに比べたらまだ楽な方よ。やれるだけやるわ。」
「助かる」
「……それはいいけど、マナトはどこに立たせるの?最悪邪魔になる」
やはりロビは甘くはないな。
「二人の護衛位置にいてもらおうと思う。もちろんマナト自身の護身優先だが。」
「それならまあ、いいか。でも前衛の戦力補填は考えた方が良い。」
「そうだな、カミールで南支部長に交渉してみよう。」
ユールがおずおずと口を開く。
「あの、カミールに着いたらマナトをしっかり休ませませんか?野営も続いてますし……一度しっかり回復させたいんです。」
「そうだな、この森を抜けてもカミールまでは2~3日の距離がある。なるべく早く進みたいところだが、無理はできないな。予定より日数がかかるかもしれない。迎えを呼べたとしても入口付近でサバイバルを継続して待つことになる。どちらにしろ厳しい数日になるから皆心してくれ。」
「「「了解」」」
皆の是の言葉を聞き「ありがとう」と伝える。
とりあえず方向性の認識合わせをして、細かい情報共有をして皆を就寝させた。
少し一人になって考えたかったから火の番を引き受けた。
小さく燃える火の前に自分一人が残る。
少し遠くで虫の鳴く声がする。
ああそういえば今日は比較的涼しい残暑だったなと思い出した。
パチと時々小さく爆ぜる音を聞きながら、ぼーっとその揺らめきを眺めていると、一人の男の顔が浮かぶ。
『なんだよまーたそんなに眉間に皺寄せて。かわい~い顔が台無しだ』
その顔はへらへらとしていてムカつく。
思い出から構成された妄想でさえムカつく。
我ながら忠実に再現しすぎではないだろうか。一発殴ってやりたい。
けれど、
空を仰いで夜の匂いを吸い込んで、込み上げるものを飲み下す。
それなのに
「……なあ、ここにお前がいてくれたら、どんなに……」
零れ出てしまった呟きは湿った夜の空気に溶けていった。




