「少し絵が上手いだけ」
高卒ヒキニート、社会不適合者の私は、昔から絵を描くことだけが得意だった。
漫画家になりたいという淡い気持ちはあれど、特に行動することもない一般通過高校生で、親に言われるがまま勉強をし、簿記3級を取得。卒業して一般企業に就職し、手取り11万円でちまちまと働こうと、ない胸を膨らませていた。
しかし、これが間違いだったのかもしれない。
書類のコピーさえまともに取れず、帳簿の入力には人の5倍の時間がかかった上にミスだらけ。
「ゆとり教育って言うのかしら。歓迎会には上座に座るし、来客時のコーヒーはお客からじゃなくて社員から出すのよ。親はどんな教育しているのかしら」
教育担当の先輩がそう言っているのを聞いた時、落ち込むというより驚いてしまった。
歓迎会では勧められた席に座っただけだし、コーヒーの出し方は教えてくれなかったけど、入れ方を教えてくれたのはその先輩だ。
ミスをした時に教えてくれればいいことを、陰口のように言うのはなぜなのか。そして、それがなぜ親のせいになるのか。
高校を卒業したばかりで社会経験のない私には全く理解できなかった。
一か月、二か月・・・半年経っても、私は全く仕事を覚えることができなかった。先輩はついに仕事を教えることを諦め、資格勉強用の教本を一冊渡してきた。
「それで勉強して」
簡単なことだ。戦力外通知。仕事をできるレベルに私は達していないのだ。
もしかしたら「資格勉強してるだけで月収11万!? 最高じゃん!」となる人もいるかもしれない。しかし、私にとっては自分の社会常識のなさ、仕事のできなさを自覚させられる辛い時間だった。
勤務時間中に堂々と読書している私を、仕事のできる同期は二度見していく。ちなみに、本に書かれている内容は難しくて一ミリも理解できなかった。
同年11月の資格試験に落ち、先輩からは辞めることを薦められた。
曰く、まだまだ若くて未来がある。この会社より、もっとあなたに合う会社がある、とのことだ。先輩の苦労を知っている同じ部署の上司たちも、異口同音。そして
「こちらからあなたを辞めさせることはできない。でも自主退職という形なら、辞めることができる」
なるほど。法律というのは厄介だ。「圧倒的に仕事ができない真面目な社員」に対して、会社というのは何もできない。私が遅刻常習犯で、業務改善する気のない不真面目な社員であれば良かったのに。
本来は私をクビにしたいのだろう。揺らがない意思の見える表情だった。教えても教えても、全く覚えてくれない出来の悪い新入社員を持つ先輩の気持ちは切実だ。
退職届を提出したその日、家に帰って泣いた。
私は一般の会社で仕事ができない。
クビになったことを家族に話し、ハローワークに向かう。切り替えていかなくてはいけない。先輩たちの言った通り、私に合う職場があるのかもしれないのだから。
ふたつ目の職場は、葬儀場のスタッフ。
事務職だから向いてなかったのだ。職種を変えればなんとかなるはず。
もちろん、それは甘い考えだった。
私の仕事のできなさは相当なものだった。
葬儀の案内の部屋を間違え、料理を伝達ミスし、預かっていた香典の紛失。しまいには、ご遺影をご遺族の目の前で床に落とし、最悪なことにヒールで踏み割ってしまった。
繋がりのあった人が亡くなった深い悲しみの中、葬儀場のスタッフが遺影を割る。ご遺族は怒り、それはそれは大問題となった。私は人生で初めての始末書を書き、提出した。
それを受け取った上司は震える声で、「舐めてるのか」と言う。始末書というのは、グーグルドキュメントで書くものではなく、手書きするものだそうだ。ここでも私は、社会常識のない不適合者だった。
二度目の自主退職ののち、どうしようもない焦燥感にかられた。
自分は社会に必要とされていない。歯車になることもまともにできない。
そうして追い詰められた私はー・・・
はじめて、漫画を描くことを決意したのだ。