第五話 神の威光、再びキノコの侵略
陽斗は後ろから来るデメテルと芹那の二人の間に挟まれ、身動きが取れなくなる。
一気に走り抜けようとしても、間違いなく陽斗より運動神経の良い芹那に、すかさず追い付かれ羽交い締めされる未来が見えてしまうのが、どうしても彼自身わかってしまう。
「あら、デメテルさんではないですか。もしかして陽斗さんと一緒に帰ろうとしているのでしょうか?」
「え、当然でしょ。だって一緒に住んでるんだから」
デメテルは平然と、芹那にその事実を伝えてしまった。
さすがの陽斗もどう取り持つか、疲弊した頭をフル回転させ考える。しかし、もうそんなことに意味はなく、既に手遅れだった。
「それはどう言う意味なんでしょうか、デメテルさん」
芹那はデメテルへ近づき、言葉の詳細を問い詰めようとしている。
「そのままの意味よ。何か芹那さんに不都合でも?」
無邪気にデメテルが言うのが、余計に芹那を苛立たせているのが陽斗もわかる。
「おい、二人とも――」
デメテルに言われた芹那は、陽斗へ鋭い視線を向けてきた。よって言いかけた言葉を止めてしまう。
幼少期からの長い付き合いで、彼女が何を言いたいのか、聞きたいのか、悲しくも陽斗にはすぐ予想できた。
デメテルとの出会いから説明しなくてはならないが、この場では話が長くなるだろう。だから陽斗は一旦落ち着いた場所で話すことを提案した。
「あー、もう! わかった、俺からちゃんと説明するから。まずは俺の家で落ち着いて話そう。な、二人とも?」
陽斗の提案にデメテルも芹那も黙っていたが、静かに頷いた。かなり冷や冷やしたが、まずは騒ぎになりかけていたのを制止できて安心した。
陽斗が下校中の他の生徒に、たまに白い目で自分が見られていたから、それだけで変な噂が広まらないか心配で仕方なかったのだ。
(そもそもどうしてデメテルは、自分のことを説明しないんだ。とは言っても、仮に説明したところで、芹那が間に受けるかすら怪しいのだが……)
とにかくこのまま校門で立ち止まったままだと、非常に目立つ。陽斗は早く二人をここから移動させたいと思うから、
「じゃあ二人とも行くぞ」
しかし芹那が陽斗の言葉を遮る。彼女に用事でもあるのか、
「申し訳ありませんが、お二人とも少々待って頂いてよろしいでしょうか。すぐに済みますので」
そう言うと芹那はスマホを鞄から取り出し、どこかへ電話を掛けた。
もしかしたら、実家の家族に連絡でもしているのだろうか。陽斗の家に寄るから少し遅くなると。
「――ええ、そう言う訳なので、すぐに手配をお願い致します。大丈夫です、陽斗さんの所なので。はい、よろしくお願いしますね」
どうやら所々聞こえてくる内容から、そんなニュアンスだと伝わる。まぁ良家のお嬢様なので、色々あるのは陽斗も知っている。それにデメテルも待っている間はスマホを弄り、まるで気にしていない。
「お待たせしました。待って頂いてありがとうございます。では行きましょう」
「ああ、そうしよう」
そうして全員陽斗の住むアパートの部屋へと向かったのだった。
部屋に着くと芹那はテーブルへ向かい正座で、デメテルはベッドに寝転びだした。
二人は特にお互い何か言い出すことなく黙っている。空気が悪いのはわかっているので、陽斗は二人に紅茶を淹れてコップをテーブルの上に置く。
すると芹那の方が紅茶に口をつけて、ようやく喋り出したのである。
「デメテルさん、教室での話と先程の校門での話。あれはどう言った内容なのか、詳しく聞かせて頂けませんでしょうか? 陽斗さんは調査では確実に私以外幼馴染はいません」
(こいつ今調査って、探偵でも雇ったのか? 相変わらず怖い女だな)
内心落ち着かない陽斗をよそに、デメテルはベッドで黙ってポテチの袋を開けて、もくもくと食べながらスマホのゲームをしていた。
陽斗がそんな彼女の態度は放っておいて、自分で説明しようと思った。
「あ、あのな、芹那。実はデメテルはな」
「陽斗さんは黙ってて下さい。そもそも娘さんはどこに……? 今は保育園に預けているのでしょうか」
陽斗の部屋をキョロキョロと見渡す。
だがその時陽斗は芹那への説明より、学校からずっと疑問に思っていることがあったので、聞いてみることにした。それは最初にデメテルが自分に言った言動である。
「なぁデメテル。凄い疑問があるんだけど、聞いて良いか? と言うか聞く」
陽斗の質問にようやくデメテルは起き上がり、聞く姿勢になった。
「ん、どーしたのよ。そこの芹那ちゃんには後で説明するから、大丈夫よ」
「いや、そうじゃなくて。お前最初に会った時、『警察が来ても認識できない』とかなんとか言ってたよな。俺に対して久しぶりに視える存在とかも」
言われて彼女は腕を組み、頭を左右にゆっくり傾けて、自分の言動を思いだそうとしている。
「あー、うん、言ったわね。それがどうしたの」
「いやいや、今日学校に来て他の生徒と会話しているし、芹那とも普通に接しているだろ。こう、女神様だから、普通の人間には見えない存在的な感じじゃなかったのかよ?」
「もー、相変わらずお馬鹿さんねぇ陽斗は。女神だからこそ、自分の存在を普通の人にも可視化させられるのよ。だから学校でも皆と話せたの。わかった?」
やけに上から目線でこの小さな彼女に言われると腹が立つ陽斗だったが、いきなり自分より先に学校に来ていたり、生徒として当然のようにいるあたり、本物の女神だと再度わからせられた。
陽斗はこればかりはそういうことなんだと、無理やりにでも納得するしかないのだ。
「ちょっ、ちょっとお待ちになって下さい。一体何のお話をお二人はしているのですか」
陽斗とデメテルが次々と知らない話を進めて、当然芹那は戸惑う。
陽斗は芹那にどう説明するか頭が痛くなる。
(そうだ、こいつにもデメテルのことを説明しないと。信じるかわからないが放っておく訳にはいかないからな)
そこで陽斗はデメテルの方を見る。自分で説明すると言ったが、どうもその気がないように思えてしまう。
しかしその思いが不思議と伝わったのか、
「わかってるから、そんなふうに私を見ないでよ。彼女に説明すれば良いんでしょ」
デメテルは芹那へ今までの経緯を伝えた。聞いている間芹那は、一言も聞き返さず静かに耳を傾けていた。
「と言いう訳で私が豊穣の女神で、陽斗には私の娘の種を育ててもらっているのよ」
いつの間にかデメテルもテーブルに座り、その上には件の娘と説明された種の植木鉢が置かれている。
しかし未だに芹那も疑心暗鬼で、すぐには理解できていない様子だった。
確かにいきなり目の前のクラスメイトの少女が実は豊穣の女神で、幼馴染の陽斗にデメテル自身が封印した娘を、復活させようとしているのだ。信じられないのは無理もない。
「話はわかりましたが、どうにもまだ信じ難いと申しますか。いえ、否定しているのではないのですが」
「別に芹那ちゃんの反応は変じゃないから大丈夫よ」
「そうなんでしょうか。でも本物の女神様なら、私はとても失礼な言動や態度を取りましたので……」
気の強い芹那にしては珍しく、デメテルに対しさっきより刺が落ちたように思えた。
「そうね。ここは私の女神パワーを、芹那ちゃんにも見せる時が来たみたいね!」
陽斗はそのデメテルの台詞に、デジャヴを覚えた。と、同時に寒気もする。
「おい、デメテル、まさかまたお前」
「お察しの通り、今度はここにあるエリンギ!」
「エリンギ……?」
焦る陽斗に不思議そうにエリンギを眺める芹那。そして一個のエリンギに力を入れ叫ぶデメテル。
「豊穣の女神デメテルの力により、このエリンギに恵みを!!」
以前のシイタケと同じように、エリンギが神々しく緑色に光り、それは部屋全体へ広がる。そして光が収縮し、陽斗と芹那が目を開けると、やはり部屋中がエリンギに侵食されていた。
「デメテル、お前また部屋中キノコまみれにしやがって!」
キレ散らかす陽斗だったが、
「ああ……、本当にこの世界には神が、キノコの女神がいたのですね」
一人頭に山盛りのエリンギを乗せた芹那は、恍惚とした表情でデメテルを見つめている。
「そう言えば、芹那はキノコ類が大好物だったな」
「どう? 凄いでしょ。これが真の豊穣の女神、デメテルちゃんなのよ」
再び陽斗の部屋が、今度はエリンギまみれになった。足場もないので仕方なく片付けなくてはならなくなり、結局三人でビニール袋に詰めていったのである。