第二話 黄金のジョウロとオムライス
陽斗の部屋は引っ越した早々に、シイタケまみれになってしまった。無性に苛立ちが止まらなかったが、仕方なく一人でビニール袋にシイタケを片付けていく。
(俺がどうしてこんな目に遭うのか訳わからんが、今日の晩御飯はシイタケ料理にするしかないなぁ)
そんなことを陽斗は頭の片隅で考えながら、大量のシイタケを袋へと全てぶち込んだ。
しかしこの現状を垣間見るに、目の前のデメテルが本物の豊穣の女神ならば、一体全体自分に何の要件があるのかが、気になる。
明らかに陽斗自身を待っていたのがわかる。
「それでデメテルは家で俺を待っていたらしいけど、神様が何の要件で来たんだ?」
「私に対し呼び捨てとは失礼ね。まぁ良いわ。実は浅川陽斗、あなたにお願いしたいことがあるのよ」
彼女はベッドから身を起こし陽斗の側に行くと、短パンのポケットから小さな種を一つ取り出した。その見た目は小さく、小麦のように茶色い種だった。
陽斗が中学生の時に、学校の行事で田植え体験をした時にこんな色をした種が、小麦だった覚えがあるだけで、恐らく小麦ではないのだと思った。
「お願い?」
「この『ポミグラニットの種』を陽斗が水をやり、育てて欲しいの」
デメテルはいつもどこから用意しているのか、部屋にあるテーブルの上に植木鉢をすかさず置く。そして初めから中に、赤玉土と腐葉土が入っていた。
彼女は至って真剣に、植木鉢にポミグラニットの種を手で入れて植えると、グイグイと陽斗の方に押しつけていく。
こんな胡散臭い種と植木鉢を押し付けられ、水やりをして育てて欲しいなんて、陽斗からしたら迷惑以外考えられなかった。
つい先ほど部屋中をシイタケだらけにされたのだ。どう考えてもまたろくなことじゃないのがわかる。
「どうして俺が、そんな怪しげな種を育てなきゃいけないんだ。お断りだ」
「神の頼み事を断るとは、この罰当たりな! 次は部屋中をなめ茸だらけにしてやるわよ!」
「なめ茸はえのき茸を調理した品だろ。どうしていきなりなめ茸になるんだ。嫌味だろお前」
陽斗が怒鳴るとデメテルがそれに呼応するかのように、左手にえのき茸を右手に醤油とみりんを手にしていた。本気で部屋中をなめ茸だらけにする気なのだとわかる。
そんなことで自分の部屋をなめ茸だらけにされるのは、陽斗としてはたまったものじゃない。仕方ないので、一応話だけ聞くことにした。
「願わくば、デメテルさんには帰って欲しいんですけどね。それで水やりは普通にすれば良いのか?」
殊勝な態度に嬉々としてデメテルは、陽斗の方へ前のめりに顔を突き出して来た。いきなり顔を近づけて来たので少し引き気味に、今度は陽斗が後ずさる。
「そうそう、素直にそうすれば良いのよ。じゃあ早速教えるわね」
どこからともなく、黄金色に光るジョウロと、コンビニでも売っている銘柄のペットボトルを取り出したのである。
「どこからそれを出したかは、聞かないでおくとして……。水はわかるが、その金色のジョウロは?」
「よくぞ聞いてくれたわ。このジョウロこそ私の娘を育てる黄金のジョウロよ」
種は普通花や食物などの植物が育つ物だ。
だが今デメテルは『娘』を育てる、そう言ったのを陽斗は聞き逃さなかった。さすがに無視するには難しい存在なので、再度確認するしかないと判断した。
「さらっと聞き捨てならない単語が出てきたが、なぁデメテル。今、娘を育てるって言ったか?」
「ん? そうよ。説明したじゃない。ちゃんと聞きなさいよね、もうっ」
「いやいや、そんなこと一言も口にしてなかったから。娘ってどう言う意味だよ!?」
陽斗が問い詰めると当の女神様は、欠伸をしながらジョウロに水を入れている。無視されていると思い、陽斗はもう一度聞き直そうとしたら、
「じゃあ、はい。これで水をあげてね」
「ちょっ、お前な。人の話聞けって」
にべもなく黄金のジョウロを手渡されてしまい、陽斗はあまり乗り気ではなかったが、渋々植木鉢の種に水をやった。
一回の水やりでは特に変化はなかった。それをデメテルが確認すると、
「もー、わかってるわよ。この種の存在。私の娘ってのが気になるんでしょ」
「そうだ。娘ってどう言う意味だよ。ちゃんと説明してくれないと、場合によっては今後水やりはしない」
もしこの種を育て花開いた存在が、デメテルのような迷惑な女神だったならば、やはり彼女には出て行ってもらわないといけない。
この先陽斗にとっての彩り豊かな高校生活に、とてつもなく支障をきたすのが馬鹿でもわかるからだ。
「はいはい、わかりましたよ。実はね、この種には私の娘が封印されているの」
「封印……。それで?」
陽斗にとって女神が来た時点で常軌を逸しているが、封印と聞いて話が余計きな臭く感じてきた。とりあえず彼女の話を聞いて判断するしかないので、黙って続きを促す。
「娘たちは邪悪な悪魔の王の卑劣な手によって、この種に封印されてしまったのよ」
彼女はおよよ……、とわざとらしく横座りしてハンカチを口に入れ、悔しそうに噛んでいる。どことなく胡散臭さが漏れているのだが、陽斗には真実かどうか審議のしようがない。
しかし本当の話だとしたら、自分は女神の頼みを断る不届き者になる。それはどこか後ろめたさもあるので、
「そうだったのか。悪魔とか知らないけど娘が封印されたなら、親なら解放させたいのが普通か……」
陽斗は少し考えて、デメテルの頼みを渋々受けることにしようと思った。自分も親に助けられてきたので、ここで無下に拒否するのは男じゃないだろうと。
「おおっ! わかってくれたか陽斗」
「まぁ水やりくらいなら、そんな難しいことじゃないしな」
「あー、でもまぁぶっちゃけ嘘なんだけどね!」
デメテルは茶目っ気たっぷりに平然と、しれっと言ってきた。あまつさえ口笛すら吹いている。しかもとても下手くそで、耳が痛くなるような口笛を。
「あのな、こっちは真剣に話を聞いてやってるんだよ。あんまりふざけてると、叩き出すぞ」
「もーそんな怒んないでよ。でもね娘が封印されているのは、本当の本当なのよ」
デメテルは人差し指で、植木鉢にちょこんと植えられた種をつついている。
陽斗はその様子に違和感を覚えた。自分の娘が封印された種なのに、妙に扱いがひどい気がしてならないのだ。さっきから嘘を吐いたりふざけたりと、本当に娘を大事に思っているのか、怪しいと考えている。
「実は娘たちなんだけど――、親の私が封印したのよ」
思いもよらない答えに、陽斗の口から空気が抜けた声が出た。
「はぁ?」
「驚くのも無理ないわよねぇ。でもそれにはちゃんと理由があるの」
「どんな理由だよ」
どう説明するか、デメテルは眉間に皺を寄せて考えている。あ~、う~、と呻きながら首を傾けたり腕を組んだりして、結局こう説明した。
「どの娘も悪さばかりするから、懲らしめるために一時的に封印したの。もう女神の娘とは思えないくらいやんちゃで、参っちゃうわ」
「理由はわかったが、なんで今度は俺に娘の種を育てるよう頼んできたんだ? 悪さをする娘たちなんだろ」
「さすがに百年以上も封印したら、改心したかなって思って。そこで私が視える陽斗に水やりを頼みに来たのよ」
自分で封印を解除すれば良いだろと陽斗は思った矢先、デメテルは地面にごろんと寝転ぶと、お腹の虫が大きく鳴った。
「そう言う訳で、しばらく私ここに住むからよろしくー。あ、晩御飯はオムライスが良いなー」
「おい、まだ話は終わってないぞ。って、こいつ寝やがった」
ふてぶてしく寝てしまったデメテルを、陽斗が起こそうとしたがいきなり殴られたのだ。殴り返してやろうかと思ったが、その寝顔は健やかでさすがの陽斗も止める。
部屋の片付けや収納を終えた頃には夜になっていて、その時になり彼女は起きたのである。騒々しい一日だったが陽斗はデメテルの要望通り、手作りオムライスを作ったのだが、
「まっずー、なんじゃこりゃー! 食べれるかこんなもん!」
デメテルが陽斗に向けてスプーンをぶん投げる。
「文句言うなら食うなよ。誰がシイタケで部屋を埋めたと思ってるんだ!」
そのオムライスの具は、シイタケしか入ってなかったのだ。