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第一話 豊穣の女神、シイタケ祭りを開催する

 私立桜ノ木(さくらのき)高等学校。

 明日からこの共学の高校に通う、浅川陽斗(あさかわはると)は引っ越しの準備をするため、朝から引っ越しの荷物入れたバッグを、これから一人で暮らすアパートに運んでいた。

 学生でも住めるアパートだが、外観はとても綺麗で高校からも近く、通うのに非常に便利な物件。陽斗は両親に再度感謝の気持ちを抱きながら、部屋へと向かって階段を上がっていく。


「必要な家具はもう引っ越し業者に運んでもらっているから、こうしてすぐに住めるんだけど」


 彼の両親が不動産会社を経営しているおかげで、こうしてその会社の物件の空き部屋だらけのアパート、『ざくろ荘』の部屋へと、家賃なしで住めるのである。

 だから陽斗はバッグを担ぎながら、部屋への鍵をジーパンのポケットから出そうとしていた。

 まだ高校の初登校日は明日なので、服装もパーカーにジーンズとラフで、その黒い短髪も整えておらずボサボサだ。

 鍵を取り出すと早速鍵穴に通し、施錠を解き扉のノブを捻りドアを開けた。


「今日からここが俺の一人暮らし、新しい学校生活の始まりだ!」


 意気揚々に玄関へ入ると、そこには見知らぬ幼い少女が、部屋のど真ん中で大の字で寝ていた。


(…………ん?)


 一瞬この状況に陽斗の頭が理解に追いつかず、ただただ、その少女を見つめることしかできなかった。だがすぐに現実に戻る。


(もしかして部屋間違えたか? いや、鍵はこれで開いたし、周りの家具は俺の知っている物だ)


 そのことから推測するに、陽斗はこの部屋が自分の引っ越し先の部屋で間違いないと、しっかりと確信した。だからこそ目前で爆睡している少女は一体何者なのかと、当然疑問が頭に浮かぶ。


(泥棒って訳じゃなさそうだけど、迷子か? しかしどうやってこの部屋に。鍵は閉まっていたし)


 だがこうやって考えてばかりの状況、固まっていても事態は一向に進まないので、陽斗は靴を脱ぎ寝ている彼女の近くまで行く。

 その姿は本当に子どものように小さく、身長は恐らく百四十センチくらいに思えた。着ている白色のTシャツには、黒文字で『しいたけ』と達筆に書かれていて、短パンを履いている。

 見た目は日本人ではないとわかる顔立ち。金髪のミディアムヘアーを巻いていて、長いまつ毛と瞳は透き通るような、エメラルドグリーンの色をしている。間違いなく西洋系の子だと判断できた。


「やっぱり迷子だよな。とにかく警察に連絡して、保護者に来てもらうのが手っ取り早い」


 陽斗がパーカーのポケットからスマホを取り出し、警察に連絡を入れようとした瞬間――、


「ちょっと待ちなさい!」


 その手を寝ていたはずの女の子が、突然起きて止めてきた。陽斗は驚いて持っていたスマホを落としてしまったが、彼女が脱兎の如く手でキャッチした。


「ふぅーっ、危なかった。そもそも警察が来ても、彼らが私を認識するのは不可能よ」


 陽斗は彼女が言っていることを、一ミリも理解できなかった。


「言ってる意味わからないけど、まず、君は迷子か家出少女だよね?」


「全く最近の若い子ときたら。久しぶりに私が視える者だと思ったら。いい? 良く聞きなさい」


 少女は陽斗にスマホを渡して返すと、鳩胸を突き出してこう言った。


「私の名前はデメテル。豊穣の女神であり、訳あってあなたを待っていたの。だから子どもでも、ガキでもないわ」


 デメテルの口調は外見とは裏腹に、意外にもしっかりしていて、大人びていた。そんな様子に陽斗は若干面食らったが、


「デメテル? それに俺を待っていたって。え~っと、その、最近は神様ごっことか流行ってるのかな?」


「浅川陽斗。あなたにはお願いしたいことがあるの」


 真剣な眼差しで陽斗を見上げるデメテルだったが、言われた当の本人はスマホでデメテルについて調べていた。そこに載っていた情報には、デメテルは豊穣の女神であり、穀物の栽培を人間に教えた神とされる。

 そしてオリュンポス十二神の一柱で、その名は古典ギリシア語で『母なる大地』と意味した。


「デメテルねぇ……。そもそも何で俺の名前を知ってるのかわからないし。やっぱり鍵が開いてたのかなぁ」


 自分を豊穣の女神デメテルと名乗る彼女の対応に、陽斗はどうしたら良いのか眉間を寄せて悩む。

 まず警察を呼ばれたくない理由を考えると、家出なのが妥当なのだろう。そしてたまたまドアの鍵、いや窓を見たら閉まっていない。要するに窓から入り込んだと思われた。


(おそらく家出少女が、たまたま窓が開いていた俺の部屋に入り込んだと考えれば、一応辻褄は合うか? とにかく早く家に帰ってもらわないと、親御さん心配してるよな)


 陽斗がこの後どうやってデメテルを家に帰すか考えていると、


「全くもうっ! あなた私の話をこれっぽっちも信じていないわね。名前は家の中にある段ボールの、宛名シールを見たの。でもねそんなことしなくても、名前は知っていたわ」


「ああ、段ボール。なるほどね! でも神話の神様が、こんな所に居るのは変だし。とにかく君は家出してないで、帰った方が良い。親御さんも心配しているだろうし」


 陽斗のいったことに対し、デメテルの額に血管が浮かび上がる程の怒気を感じた。ただの子どもが癇癪を起して怒っているのではなく、明らかにこの部屋からただならぬ空気を放っている。


「ええ、ええ、そうですか。そこまでお馬鹿さんには、神の威光を見せつけてあげましょう」


 するとデメテルはどこから出したのか、その手のひらには一つのキノコがのっていた。正確にはそれは、ハラタケ目、キシメジ科に分類されるキノコのシイタケだった。


「え、えーと、シイタケ?」


 シイタケを持った少女にどう反応して良いのかわからず、ただその様子を陽斗は眺めてしまう。

 彼女は手に持ったシイタケを愛おしそうに眺めている。


「陽斗はシイタケって好きかしら。まぁどっちでも良いけど。さぁ今日はシイタケ祭りの開催よ!」


 シイタケ祭りと言われて困惑する陽斗をよそに、デメテルはシイタケに向けて両手に力を込めると、不思議とその手から緑色の光を放つ。

 光はどんどんシイタケを中心に広がりだし、陽斗はたまらず片腕で目を覆った。


「めちゃくちゃシイタケが、神々しく光ってるんですけど――!」


「豊穣の女神デメテルの力により、このシイタケに恵みを!!」


 すると緑の光は部屋全体を覆い、やがてすぐに収縮し、悠斗は元の部屋の明るさに戻ったことを確認すると、ゆっくりと閉じていた瞼を開けた。

 するとどうしてそうなったのか。部屋中がシイタケに溢れかえり、歩く隙間もなくなっていたのだ。


「どうかしら。これが豊穣の女神『デメテル』、私の力よ」


 彼女はとても自慢げに鼻を高くして、辺りのシイタケを見渡して満足している。

 しかし陽斗はこの光景にとても驚いたが、何故だか無性にある疑問が浮いて、ずっとさっきから頭から離れなかった。


「デメテルが神様なのはまだ半信半疑だけど、この光景を客観的に見たら少しは信じるしかない、か」


「やーっと、理解してくれたのね。始めから認めていれば、無駄な力を使わなくて良かったのに、もうっ」


 デメテルは鼻息荒く腕を組んで、頬を膨らませている。そんな様子を見ると、やっぱりただの幼女にしか陽斗には見えなかった。そして、思っていた疑問をぶつけることにした。


「それはそうと、不思議に思っていたんだが。デメテルは――」


 陽斗に真っ直ぐな視線を向けられて呼ばれ、シイタケで溢れかえった部屋で、そのつぶらな瞳で陽斗を見つめ返す。


「デメテルは豊穣神なのに、どうしてシイタケを増やせるんだ? 豊穣とは五穀だろ?」


 五穀豊穣の神。五穀とは五種の主要な穀物。米・麦・あわ・きび・豆。転じて穀物の総称のことである。

 だからどうして菌類がその五つには入ってないのに、シイタケが増えたのか陽斗は疑問に思ったのだ。

 そんな彼の疑問にデメテルは、とてもわざとらしいため息を吐いた。


「はぁ~、馬鹿ねぇ~。それネットで知った情報でしょ。何でもかんでもネットの情報を鵜呑みにしちゃ駄目よ。私は豊穣の女神だけど、食べ物全般を司る神なの。わかった?」


「そ、そうなのか……。それにしてもこのシイタケ、誰が片付けるんだよ」


「…………さぁ?」


 デメテルは素知らぬ顔で大量のシイタケをかき分けて、陽斗の使う新品のベッドで横たわったのだった。

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