勇者鍛錬
王との謁見は早々に行われ、国、その他周辺国家に大々的に触れ回ることになった。
「お疲れではないですか?」
「正直に言うと肩が凝りました」
くすりとサーシャが笑う。サーシャが先に立ち、城の中を進んでいく。広い場所に出ると、そこには二人の人物が立っていた。
「先ほども紹介しましたね。騎士のアルグナーと、宮廷魔導士のピンスです」
「アルグナーだ。よろしく」
「ピンスです。よろしくお願いします」
上背があり、がっしりした体格のアルグナーと、サーシャよりも低い背丈で少しおどおどとしたピンスが頭を下げた。
「ユーマです。勇者に選ばれましたがまだ若輩者です。よろしくお願いします」
(ち、一人はおっさんか)
心の中で毒づく。
勇者パーティーにと謁見の時にも紹介されたのだが、女性騎士ではないことに不満だ。
実力を考えれば仕方がない事なのだろうが、ここは定番の女性騎士にしてほしかった。
「お二人に指南いただいて、まずは剣や魔法を習得していただきます。その後街を出て、レベルを上げに行きましょう」
サーシャがにっこり笑う。
「はい。ご指導よろしくお願いします」
ユーマもにっこり笑って頭を下げる。
そして指導が始まった。
「くそ! こっちは剣なんて初めて持ったんだよ! あのおっさんもうちょっと手加減しろっての!」
鍛錬が終わり、部屋でひとりになった途端に、ユーマは毒づき始めた。
元々顔が良く、成績も悪くない。生活態度も良く、いわゆる優等生タイプだ。
そしてそのストレスをイトメで発散させていた。
イトメは地味で大人しく目立たない、モブのような存在だった。彼が目をつけるのは当然だった。
どんなに殴ろうが蹴ろうがけろっとしていて、いつも笑みを絶やさない。そんなところがまたイラっとくる。
「あ~あ。あいつがいればいろいろ発散できるのに」
怒りやストレスの吐き出し口がなく、イライラする。しかしそんなこと周囲に漏らすわけにはいかない。
今はまだ、信頼を構築しなければならない時だ。いろいろ手を出し始めるにはまだ早い。
コンコン
部屋がノックされた。
「はい」
爽やかスマイルを顔に張り付け、扉に向かう。
「あ、あの、ピンスです…」
「お待ちしてました」
扉を開けると、ピンスがおずおずと入って来た。
「あの、お体は大丈夫ですか?」
「あはは、サーシャに治してもらいましたから。でも慣れないことをしたせいか、あちこち筋肉が悲鳴を上げてます」
「そ、そうですよね…。あの、それで、魔法の講義なんですけど…」
「はい。すみません。僕の体が辛いからと、部屋でやりたいなんて我儘を言ってしまって」
「い、いえ。慣れるまで大変ですよね…」
「どうぞ。座ってください、先生」
「先生なんて…。そんな…」
見た目は10代の少女だが、彼女はこれでも25歳なのだそうだ。
魔法に関しては天才的な才能を持っており、幼いころにその実力を見いだされ、今は宮廷にて魔法の研究をしているらしい。
ベッドへと誘導すると、ピンスも緊張しているのか疑問も持たずにベッドに腰かけた。
その隣に座る。
「では、まず魔法に関して注意事項があるとか…」
「は、はい。まずはですね…」
魔法を悪用しないとか、魔力がなくなると危ないとか、ユーマでも知っているようなことをたどたどしく説明していく。
注意事項が終わると、魔法の仕組みについての説明となる。
その間にも不自然にならない動作で、ユーマがピンスとの間を詰めていた。
「つまり、呪文の組み立てがおかしくなると、魔法は使えないということですか?」
「そ、そうなります。やはり呑み込みが早いですね」
夢中で喋っていたピンスが顔を上げると、目の前にユーマの顔があった。
「ひゃうっ!」
「どうしたんですか? 先生」
ユーマがにっこり笑う。
「あ、いえ…。なんでも…」
ピンスが少し体を離す。
(やっぱり、男慣れしてないな…)
ユーマが距離を詰める。
「やっぱりすごいですね先生! そんなにお若いのに、とても博識で、憧れちゃいます」
「そそそ、そんな…。これくらい、みんな知ってます…」
居心地悪そうにピンスが顔を背ける。
「先生、簡単な魔法、見せてください」
「え? あ、はい」
ユーマにせがまれ、ピンスが片手を目の前に掲げた。
「ヨヒ マタ セラテ」
ピンスの掌に火が灯り、周りを照らし出す。
「灯の魔法です。さほど魔力も必要とせず、ただ明かりとして用いられます」
「凄いです。僕、魔法なんて初めて見ました」
ユーマの声に、ピンスが振り向いた。目の前にユーマの顔あった。
「ふにゅ!」
ピンスの顔が真っ赤になる。
「先生の可愛い顔が、よく見えるようになりましたね」
ピンスの動揺を表すように、明かりが消滅した。
「あ、あ、あ、か、可愛いなんて…」
「可愛いですよ」
お世辞ではなく、ピンスは可愛い顔をしている。
(もう少し凹凸があると嬉しいけど)
「僕もやってみますね。呪文は今のでいいんですか?」
「は、はい…」
真っ赤になって俯くピンスに内心にやにやしながら、ユーマは呪文を唱えた。
「ヨヒ マタ セラテ」
問題なく、掌の上に火が灯った。
「わあ! 先生、見てください。僕、魔法なんて初めて使いました!」
「そ、それは基本中の基本ですからね。でも、できて良かったです」
「先生のおかげです!」
「ひゃあっ!」
どさくさに紛れてピンスに抱き着く。ピンスの体が固まったのを感じ、笑いをこらえる。
(どんだけ初心なんだ)
「嬉しいです。僕、もっともっと魔法を使えるようになって、みんなの役に立ちたいです」
「そ、そうですね…。わ、わたしも、頑張って、お、教えますので…」
「あ!」
今気づいたという風に体を離す。
「す、すいません。嬉しくて、つい…。女性に抱き着くなんて…」
「い、いえ…。う、嬉しくなったら、しょうがないです…」
顔を赤くしながらも、まんざらではない様子ににやりとする。
(サーシャは聖女という立場もあって身持ちが堅そうだけど、この女はそれなりに遊べるかもしれない)
新しい玩具を見つけ、ユーマは見えないところで顔を歪ませた。
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