なんか勧誘されたけど
「イムト君と言ったね。君、良かったら僕の入っている研究室に入らないか?」
講義が終わったら僕だけ別室に呼ばれ、講師のイートリンスさんから勧誘を受けている。
「え~と…」
姉さんから能力についてはあまり使うなとは言われているけど、魔法はどうなんだろう?
この世界では魔法は普通にある能力みたいだし、元の世界みたいにこそこそ隠さなくてもいいのかな?
でも悪目立ちして変に狙われたりしたらやだなあ。
どうしようか悩んでいると、部屋の扉が乱暴にバタン!と開け放たれた。
「イートリンス! その子は俺が先に目をつけたんだ!」
最初の冒険者試験の試験管、たしかアッシュさんが乗り込んできた。
「アッシュさん。しかしこの子は卓越した魔法の才能があるようなので…」
「それは分かってる! 多分無意識だろうが身体強化を使って俺を吹っ飛ばしたからな。でもその子はこれから冒険者としてとてつもなく活躍するに違いない! 魔法漬けになって日和ってしまったら勿体ない!」
イートリンスさんがむっとした顔になる。
「魔法漬けなんて、研究です。魔法の発達こそ人類の発達ではないですか?」
「この子はこれから偉大な冒険譚を綴っていくんだ! 今はその第一歩!」
「魔法の勉強はさせなければいけないでしょう。でしたら研究室に入ってもらった方が学びやすいと…」
「いや、この子の体捌きもかなりのものだ。研究で体を動かさなくなって鈍ったら困る」
「しかし魔法が…」
「いやいや修行が…」
話し合いが終わりそうにない。
どっちにころんでもなんだか面倒くさそうだ。姉さんがいてくれたら上手く話をつけてくれたのかもしれないけど。
「目立つのも嫌だしな…」
ずっと普通に過ごせるように心がけてきた。今さら目立ちたくもない。
ということで。
「ちょっとすみません」
丁度近くにあった二つの頭をひっつかむ。
「「は?」」
「本当はやりたくないんですけど、面倒くさそうなので記憶をいじらせてもらいます」
「「え?」」
いつもは開けているのかどうかも分からない糸目が、薄っすらと開かれた。
「では。お邪魔しました」
「ああ…」
「はい…」
威無人が部屋を出て行くと、アッシュとイートリンスは顔を見合わせた。
「俺たち、何の話をしていたんだっけ?」
「なんでしたっけ…?」
「遅くなっちゃいました」
外に出るとすでに空は赤くなっている。
「適当な木賃宿でいいんですけど、空いてますかね」
ベルクナーさんからお金をもらっておいて良かった。
「あ、魔核忘れてた。まあ明日でいいか」
ギルドで聞いた宿に向かう。
一階が食堂になっている宿だった。丁度夕飯の時間なのか、給仕のお姉さんがくるくる働いている。
「らっしゃい! ご注文は?」
「あ、えーと、泊まりたいんですけど…」
「あ~ごめんね。さっき満室になったばかりなんだよ」
あそこで引き止められなければ間に合ったのでは?
「そうですか…。他に安い宿屋はありませんか?」
「う~ん、この時間だとたいがい埋まっちゃってるだろうしな~。ちょっと治安は悪いけど、裏の方に行ったところに安い宿屋があるよ。でも食堂はないからここで食べて行きなよ」
商売上手ですね。
一番安いものを頼んだら、パンとチーズだけだった。世知辛い。
持っているお金がどんどん減っていく。
さっさと食べて教えてもらった宿屋へと行く。
ちょっと治安は悪いだって? なんだか世紀末っぽい恰好をした人が多くなってきたんだが…。ちょっととは…。
宿屋の扉を開けると陰気な感じがした。
「いらっしゃい…」
覇気のない声で迎えられ、空き室はあるかと問えば、
「30デジール」
と手を出してきた。あるらしい。
お金を渡すと、
「二階の右手奥…」
と鍵を渡してきた。
必要最低限しか話さないようだ。
階段はギシギシ音が鳴り、廊下もギイギイ音が鳴る。踏み抜かないよね、これ?
指定された部屋の扉を開けると、予想通りお化け屋敷の扉のような音がした。建付けが悪いのだろう。
部屋にはベッドがあるだけのシンプルな部屋だった。広さは三畳より少し広いかというところか。
空気が淀んでいるので窓を開ける。
能力を使い、空気を循環させる。これで多少埃っぽいのは取れたか。
ベッドも少し黴臭いけど、僕の能力もそこまで万能ではない。
僕の持っている能力とは、いわゆるサイキック、超能力と呼ばれるものだ。
両親は精神感応系、姉は身体強化系と実は超能力一家なのだが、僕はその中でも特異な全能系の能力の持ち主だ。
念動力、発火能力、精神感応と幅広い力を使うことができる。
ただ強すぎて感情の揺らぎで力が発動してしまうことがあるので、幼いころより姉さんに特訓を受けていた。
あの理不尽の暴力に耐えられれば、多少のことなど動じなくなる。(遠い目)
黴臭さはあるけれど、休めないほどではない。
窓をしっかり閉めて、扉の施錠もしっかり確認。あとは能力で障壁を張っておけば、寝ている間も一安心。
あちらこちらの部屋からギイギイ音がするけど、それは気にしなければ問題ない。
「お風呂に入りたかったなあ」
薄汚れた制服のままだ。服もお金に余裕ができたら、買わなければならないだろう。
寝ている間に皺にならないように、上着などは畳んで置いて、下着姿になって布団に潜り込んだ。
「甘いものをどこかで補充しないとなあ…」
いろいろあって疲れていたのか、すぐに寝入った。
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