上下家のお姉さん
「威無人のやつ遅いなぁ。せっかく授業が午前で終わったから好物のパウンドケーキ焼いたのに」
上下華凜、威無人の姉がソファーでくつろぎながら呟いた。
ピピピと携帯が鳴り、耳に当てる。
「母さん? うん。今日は授業が午前で終わったの。うん、今家よ。大丈夫、ちゃんとやってるから。母さん仕事は? また帰れそうにない? 仕方ないって。父さんは? はは、大変そう。うん、威無人もちゃんとやってるから。大丈夫よ。うん、そっちも頑張ってね。じゃ」
携帯を切り、ソファーに投げ出す。
「しっかし遅いな。どこで道草食ってるんだ。こりゃ今日は短縮2倍稽古しなきゃだわね」
そう呟きながら、胸の前で拳を合わせた。
「いくらなんでも遅すぎる。携帯も繋がらないし、変なことに巻き込まれてないだろうな?」
玄関を出て、華凜は歩き出した。威無人の学校までの道を辿っていく。
電車を降りて駅前の広場を横切ると、側のゲームセンターから威無人と同じ制服の男の子が数人出てきた。
「あの、すみません」
華凜が声をかける。
「あの、上下威無人って子探してるんだけど、知りませんか? すっごい細い目してていつもにこにこ笑ってる、背はちょっと低いくらいの大人しい子なんだけど。君たちと同じ学校に通ってるんだ」
男の子達が顔を見合わせる。
「ああ、知ってますよ」
リーダー格と思われる男の子が答えた。
「あ、ほんと? 今どこにいるか知ってる?」
「ええ。心当たりがあるので案内しますよ」
華凜は大人しく男の子達についていった。
人気のない寂れた倉庫に入っていく。
「こんなところに威無人がいるの?」
男の子達が華凜の周りを取り囲む。
「いや~、あの威無人君にこんな美人のお姉さんがいるとは。まじで姉弟っすか?」
「あのイトメの姉弟とかまじ信じらんねー」
ゲラゲラと男の子達が笑う。
「あのイトメだったら、まだ学校で転がってるかもしれませんね」
「俺たちがちょっと教育してあげたからな~」
またゲラゲラと笑う。
「どういうことだ?」
華凜の声が低くなる。
「彼はいい仲間ですよ」
「そう。俺たちにとても協力的ないい仲間なんすよ」
「あいつがいないと俺たちいろいろ楽しめないし」
「でもちょっとこの頃非協力的になってきたから、ちょっと新しい趣向を探してたんすよ」
男達の視線が華凜の体を舐める。
「お姉さんが協力してくれたら、あいつももっと協力的になってくれると思うんすよね」
ひとりが携帯を取り出す。
「お姉さん美人だからきっと写真写りもいっすよ」
男達の輪が狭まる。
華凜が大きく息を吐いた。
「なるほど。あいつのトレーニング相手っていうのは、お前らだな?」
華凜がおもむろに正面のリーダー格に飛びかかり、腹に掌底をめり込ませる。
「っが…?」
「てめえら、覚悟はできてんだろうな?」
呆気にとられた男たちは反応するのが遅れ、数秒後には全員がうめき声をあげながら地面に横たわっていた。
「一度ご挨拶はしたかったんだよな」
そう言いながらリーダー格の男の股間に、上げた足を勢いよく下ろす。
「ぎゃ!」
そのままぐりぐりとGを潰す勢いで押し潰す。
「や、やめ…! 潰れる…!」
「うちの弟を可愛がってくれてよくもありがとう。おかげでストレスの耐性がついたって威無人は言ってたけど、聞いてるこっちは腹が立って仕方なかったんだ」
ぐいっと足に体重をかけて男に顔を近づける。
「ぎゃあ!」
「覚えとけ。あいつに手を出していいのはあたしだけなんだよ!」
ついでに蹴り飛ばして足を離すと、男は股間を抑えながら悶絶する。
「ったく。あいつが手を出さないからっていい気になりやがって。言っとくけどな。威無人が本気出したら、あたしより強いんだからな」
ふん! と背を向けて歩き出そうとしたが、
「あ、そうだ。で、威無人はどこにいるって…」
振り向いた瞬間、空から一条の光が差した。リーダー格の男がその光に包まれる。
「え…」
光はすぐに消え、リーダー格の男の姿も一緒に消えていた。
「な、なんだこれ…」
思わず後退る。
「お、お前ら、なんの演出なんだよ」
うめきながらもそれを見ていただろうひとりに問い質すも、首を横に振る。
「し、知らない…。あんたがやったんじゃないのか…」
「なんであたしがこんな大掛かりなこと!」
華凜が何かを思い出したようにはっとした顔になる。
「まさか…」
口に手を当て、何かを考える。
「いや、とりあえず先に威無人だ。おい、威無人はどこにいるって?」
「だ、第二校舎の裏のあたりです…」
「第二校舎だな。よし」
華凜は走り出した。
走りながら携帯を取り、母親に電話をかける。
「母さん? 今忙しい? ごめん。でも緊急事態。あれが起こったかもしれない。そう。威無人の学校の付近。うん。早急にお願い。あたしは威無人迎えに行ったらまた連絡する。もしかしたら威無人の能力が必要になるかもでしょ? うん。じゃ」
携帯を切り、学校へと辿り着く。人に場所を聞きながら、校舎裏へと走った。
「いない…」
数人の人物がいただろう足跡と、誰かが横になった跡はあった。しかし人影はない。
「威無人ー! おーい!」
呼んでも出てこない。
「すれ違ったかな?」
華凜は家に向って走り出した。
電車に乗って、駅から飛び出し、夢中で家まで走り抜ける。
家に着いたが明かりはついていない。
「威無人!」
家に入って名を呼ぶが答えない。
「まずいまずいまずい。こんな時に、威無人までどこに…」
何かあっても自力で帰って来られるだけの力は持つが、できるだけその力は使わないようにと教えてきた。
それが今は裏目に出ている気がする。
「母さんに言えば、テレパスで威無人に連絡つけられるかな?」
電話をかけようとしたその時、ちょうど母から電話がかかって来た。
「母さん? ごめん、威無人がまだ見つからなくて…。…え? 2回?」
華凜が絶句する。
「今日、立て続けに2回? しかもあの学校近辺? まさか、まさかまさかまさか!」
華凜が膝をつき、携帯を持つ手に力が入る。
「威無人が、攫われたっていうの?」
お読みいただきありがとうございます。