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イトメに文句は言わせない  作者: 慎一
イトメとゆかいな仲間たち
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なんか知らない場所だけど

気づけば草原で転がっていた。


「ここ、どこだろう?」


なんかよく分からん自称女神に早口で説明された感じからして、異世界というやつなのだろう。荷物もどこかへ行ってしまっている。まさに身一つで知らない場所にほっぽり出された。

ガラガラガラと遠くから何かが近づいてくる音がする。

その音の方へ行ってみると、道があった。道の向こうから徐々に見えてくるのは、馬車だ。


「すいませ~ん」


両手を振り、声を上げる。

馬車が近づいて来て、近くで止まってくれた。


「どうしました?」


御者さんが尋ねてくれた。


「ええと、気が付いたらここにいて。何も分からないんです。それでその、できれば近くの街が村か、人がいる場所に行きたくて」

「それは災難でしたね。盗賊にでも襲われたのでしょうか」


馬車の中から男性の声がした。


「お父様、可哀想ですわ。街まで送って差し上げましょう」


もう一人、少女の声がした。

馬車の扉が開けられ、イケメンダンディが顔を出した。


「よければ送りましょう。乗ってください」

「え、いや、でも…」

「ここからだと歩きでは夕刻までに街へは着けませんよ。荷物も何もないようですし、それでは野宿もかないませんでしょう」


確かにそうだ。


「ああ、では、お言葉に甘えて」

「どうぞどうぞ」


中にいた少女がイケメンダンディの横へと移り、僕が少女の座っていた場所に座った。

馬車が動き出す。


「ご親切ありがとうございます。僕は威無人と言います。」

「私はベルクナーと申します。ちょっとした商家を営んでおります。こちらは娘のアーリス。困っている者には手を差し伸べよと、女神アテナイも言っておりますので」


あれ? 女神の名前が違うけど。まあいいか。


「なんだか珍しい服を着ていらっしゃいますのね。どこからおいでになられたのかしら?」


13歳くらいだろうか? とても淑女然とした少女アーリスが僕を物珍しそうに眺めている。

学校帰りに攫われたのだから、僕は学生服のままだ。


「それが、何も覚えていないんです」


ということにしておいた方が無難だろう。


「あちらこちら暴行を受けた様子もありますし…きっと盗賊にでもあって酷い目にあったのでしょう。街まではまだ時間もありますし、ゆっくりしてください」


ベルクナーさんが優しくにっこり微笑む。

うわあ、人に優しくされたのなんて、どれくらいぶりだろう…。

そういえば阿多地君達に殴る蹴るの暴行を受けたままの格好だから、見た目はボロボロだな。


「お菓子はいかがですか? こちら甘くて美味しいのですよ」


アーリス嬢が小さな箱を取り出してパカリと開けた。中からは甘い香りが…。

そういえば今日はまだ甘いものを食べていなかったことを思い出す。


「あ、ありがとうございます」


礼を言って一口もらう。うん、あま~い。幸せの味だ…。今日のご褒美だ…。

勧められるままお菓子を味わっていると、


ヒヒ~ン!!

「どうどう!!」


馬の嘶きと共に、馬車がガタリと急に止まる。


「どうした?」

「旦那様! 魔物です!」


魔物? うわあ、異世界だぁ。


「魔物か。すまないねイムト君。ちょっと待っててくれたまえ」


そう言ってベルクナーさんが馬車を降りていく。

魔物とはどんなものなのか。気になって外を覗くと、アーリス嬢がクスクスと笑う。


「そんなに心配なさらずとも、お父様は初級ですが魔法を扱えるので大丈夫ですわ」

「そうなんですね」


魔物とは魔法で倒すものらしい。


「ヨヒ マタ テガウ!」


ベルクナーさんの掲げた掌から火の玉が出て飛んでいく。その先を見ると、


(あれはスライム?)


ゲームでおなじみ最弱モンスターのスライムが、道の真ん中にいた。火の玉はそちらに向かって一直線に飛んで行く。

すると突然スライムが膨れ上がり、火の玉を飲み込んでしまった。


「しまった! 奴は特殊個体か!」


特殊個体。あるのか。


「旦那様!」

「ギリス! 街まで馬車を降りて行くぞ! 馬を放してやれ」

「はっ!」


なんだか物々しい雰囲気になって来たな。


「イムト君。すまない、あれは特殊個体のようで私では倒せない。馬車は通ることができないからこのまま街まで歩いて行こう。アーリスも呼んでくれるかい?」

「あ、はい」


振り向けばアーリス嬢も顔を真っ青にしていた。


「私は大丈夫ですわ」


僕が先に馬車を降りると、アーリス嬢も降りてきた。

御者のギリスさん、ベルクナーさん、アーリス嬢、僕の順番で、スライムを避けながら街へ向かって歩き出す。

道でもにょもにょしているのを見ても、移動速度はそんなに早いようではないようだ。


「あの、す…魔物って、魔法じゃないと倒せないのですか?」


ちょっと気になって聞いてみる。


「ああ。君は忘れているのか。あれは魔素でできた生物だからね。物理攻撃は一切きかない。普通は初級でも魔法で倒せるのだけど、時折初級では倒せないものも現れるんだ。そしてこいつの厄介なところは、一度獲物として認定されると、どこまで行っても追いかけてくる習性を持っているんだ」

「そうなんですね」


それは面倒くさそうだなぁ。

試しに小石を拾って投げてみる。

おお、当たったと思ったら取り込まれて消えた。害がなければごみ収集にとても役立ちそうだな。

試しにちょっと能力(ちから)でコーティングして、核らしきものに向かって投げた。

溶けた。

スライムが。

僕の能力(ちから)でコーティングされた小石が核を壊したら消えてしまった。

どうやら僕の能力(ちから)はこの世界でもそこそこ使えるようだな。


「い、イムトさん…?」


あ、やべ。前を向いているものだと思って気にしていなかった。

アーリス嬢が唖然とした顔でこちらを見ていた。


「い、今、何をしたんですか…?」

「え~と…」


やばいなあ。あまりいじくりたくないけど、記憶を消すしかないかなぁ。

姉さんにも後遺症が出るかもしれないからやめとけって言われてるんだけどなぁ。

でも能力(ちから)のことは知られちゃまずいしなぁ。

でも甘いお菓子をくれたしなぁ。


「どうしたアーリス」


こちらに気づいてベルクナーさんがやってくる。


「お父様! すごいのですよ! イムトさんが小石を投げて魔物を倒してしまったんです!」

「え?」


ベルクナーさんが魔物がいた場所を見て目を見開いた。

あ~、悩んでいるうちに人が増えた…。どうしようかな~。


「なんと…。君は魔法が使えるのかい?」


使える、と答えて誤魔化したいけど、さっきベルクナーさんが聞いたこともない呪文を唱えていたから、使えるとも言いづらい。


「ええと、そうなんですかね?」


必殺忘れたフリ。


「ああそうか。記憶がないのだったか。もしかしたら君はとてつもない魔力を有しているのかもしれないね。そういう人は無意識に物に魔力を付与できると聞いたことがある。だから小石で魔物を倒すことができたのだろう!」

「そうかもしれないですね!」


なんという有難い設定だろう。ここは全力で乗っからせてもらおう。


「でも、それなら何故盗賊に…?」


アーリス嬢、そこ気にしないで。


「お前も魔法を発動するには呪文が必要なことは知っているだろう? 彼の年齢からして、これから魔法を習いに行くところだったのかもしれないよ」

「ああ、そうですね。魔法は特定の機関か学校でしか教えてもらえませんものね!」


そうなんですね。


「とにかくありがとう! 君のおかげで背後を気にする必要はなくなった!」


嬉しそうにベルクナーさんが僕の肩をバシバシ叩く。


「これで安心だ。ギリス」

「はい」


ギリスさんが指笛を吹くと、しばらくして馬が帰って来た。よく調教されている。

馬が馬車に繋がれると、馬車は静かに動き出した。


「街へ行ってギルドの修練場へ行くところだったのかもしれないね。だが無一文となってしまってはそれも難しいだろう。どうだろう? お礼に少しばかりではあるが、金銭を受け取ってくれないかな?」


それは有難い話だ。お金はいくらあっても困るものじゃない。


「ありがとうございます」

「さっきの魔物の核も拾っておいたよね? それもギルドで売ればそこそこお金になるよ」

「そうなんですね」


魔核を拾っておいでと言われて拾っておいたけど、これもお金になるのか。欠けちゃってるけどいいのかな。


「イムトさんでしたら、きっとよい冒険者になれますわね!」


え? 冒険者?


「イムト君の活躍が聞けることを楽しみにしているよ!」


何故二人とも僕が冒険者になる前提なのだろう…。


「あの~、冒険者以外にも仕事ってないんでしょうか?」


途端に二人の顔が曇る。


「イムト君は何も覚えていないのだよね? 身なりからして、まあそこまで悪いとは思えないけれど、何か身分を証明するものはあるかい? 後ろ盾がないとなかなか仕事を紹介してもらうのは難しいね。私たちができたらいいのだけれど、出身地も分からないとなると、正直難しいかな…」


そうだよね。道で拾ったボロボロの人物の後ろ盾になるなんて、分の悪い博打のようなものだよね。

身分証はあっても学生証じゃ意味ないだろうし。出身地なんて、この世界に地名さえ知らないのでは適当に言えない。


「そうなんですね。では冒険者として頑張ろうと思います」

「ご活躍楽しみにしていますね」

「魔法使いとして名を上げれば、魔導士機関に拾ってもらえることもあるそうだよ」


僕が将来高名な大魔法使いになったらなどと目の前の親子はきゃっきゃしてるけど、僕はもっと安全な仕事に就きたかったんだがなあ。

あ~、でも、この世界中を探せば、元の世界に戻る方法なんてのも、見つかるんだろうか?

僕はぼんやりと馬車の外を流れていく風景を眺めた。


お読みいただきありがとうございます。

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