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狐と狂ってしまった依頼主

レイも寝に入り、山に静寂が訪れた頃、ナスタはレイの部屋から出て、長細い間取りの奇妙な部屋へと入室する。

扉を開けた瞬間に噎せ返る血の臭いはナスタの化物としての本能を燻らせる。

「まだ我慢っすよ、自分」

部屋は壁から天井まで血飛沫が飛び散り、祭壇からは肉を裂いてグチャリグチャリとがっつく血色の双眸をした化物が有らぬ姿で唸り声をあげていた。

「お取り込み中失礼しまーす。烏丸堂のナスタ、先程参上したのですが……」

祭壇の闇の奥に蠢く何かはもうそこには居なかった。

その数秒後、凄まじい速さで二つの血濡れた剣がナスタを襲う。

「うぉっ!?」

咄嗟に身構え、驚いた彼だったが、顔の前で交差させた両腕が剣に裂かれて吹っ飛んだ。

ただ、時間を置いて待つことなく新たに生えた腕は傷一つない。

目の前には脱力しながらも、血走った瞳で憎々しくナスタを見る化物が佇んでいた。

「__________!」

息を切らした化物が気が狂ったように唸り、雄叫びをあげる。

そこに普段の冷静沈着な彼の姿はどこにもなかった。

普段彼が着用しているズボンは祭壇上の椅子に畳まれている。

灰色の髪は赤く染まってボサボサに乱れ、上半身を露呈させた筋肉質な肌は返り血が大量に付着して見るも無惨な光景だ。

世界各地の硬貨を縫い合わせた商人の彼らしい普段着は腰に巻かれているが、それも血濡れて元の布の色すら分からなくなっている。

左肩から斜めに黒のインナーを掛けて袖口同士を結んでいた。

両手にはそれぞれ柄の長い二本の剣を持ち、どちらも刃がボロボロに欠けている。

彼の魔力で造られた二つの剣の柄からは太い血管のような赤色の管が彼の背中に繋がっていた。

恐らくあの管を抜く、若しくは千切ることでこの暴走状態が収まるのだろう。

ナスタは顎に手をあてて対策を練る。

本当はただ単に依頼の料金の話をしたいだけだったのだが、少々彼に対抗しなければならないようだ。

血をいっぱいに取り入れたのか剣に繋がる管は赤黒く光を帯び、彼の背中周りの血管は浮き出ていた。

腰に巻かれた服の下からは切れ味のいい血濡れた刃が八本、蜘蛛の足のように動いていて、関節もしっかりと存在していた。

その奇っ怪な行動、仕草は八本の足を持った蜘蛛の動きそのものに酷似していた。

「完全に理性を失っている……いつも少食だからっすよ。遠慮も程々にしないと衝動的になって歯止めが効かなくなるって自分で言ってたじゃないっすか!ムドレーさん!」

苦笑いで言い放ったナスタの言葉はムドレーには届かない。

完全に人食いの化物の本性が露になったムドレーはナスタを敵対する生物と見なし、呻き声を口から流しながら二本の剣を持ち直した。

ガチャリガチャリと硬質な足音、いや刃音は段々と速くなり、物凄い飛脚力で八つの足となった刃と共に二つの長剣が上から襲い掛かる。。

「ムドレーさん……すんません!」

爆音と共に白煙がナスタの周りを立ち込める。

次に煙の中から現れたのは金色の毛並みを逆立て、口を大きく開いて牙を剥き出しにした巨大な狐だった。

狐は丸呑みするかの如く極めて獰猛な歯で彼にくっついた管を器用に噛み千切った。

その後、巨大狐は間を置かずに剣を彼の腕ごと前足で振り払い、ムドレーから引き剥がす。

手首と共に吹っ飛んだ剣は、魔力の供給が切れたのか黒い霧となって空気中に霧散した。

金色の瞳は獲物の位置を定め、鋭利な爪が飛び出た前足で体制を崩したムドレーを押さえつける。

九つの尻尾を逆立てて、狐……本来の姿となったナスタは天井に向けて一吠え、犬のようにアオンと鳴いた。

ナスタは九つもの尾を持った狐.......東洋の妖怪、九尾狐そのものだ。

生まれついた時には人に似た姿と獣本来の姿の両方があった。

ある時黒い羽の、烏丸の翼を生やした青年と結託し、この地にやってきた。

それからはというと、化物達としての細かな種族関係なしにここに住み着き、烏丸堂の従業員として化物の何でも屋をしている。

ムドレーに頼まれたのはレイの護衛の依頼。

化物界の頂点に君臨する暴君、死神の弟の世話だ。

首に麻縄が掛けられた生死の瀬戸際の依頼といっても過言ではない。

しかしながらムドレーから提示された金額は目が飛び出る程に巨額だったため飛び付いてしまったまでだ。

もう一度白煙を立てて人の姿に戻ったナスタが、ぐったりとした様子のムドレーへ駆け付ける。

化物の再生能力で彼の腕も何事もなかったかのように元通りになっていた。

二本の剣が黒い霧となって抹消すると共に彼から生える刃物がスライムのようにドロリと液体状になって溶け、八本あった内の特に太く、ごつい形をしていた左右の刃物の二本の中からムドレーの人間の足が現れる。

傷一つない彼の体をを確認すると、ナスタは安堵のため息を漏らした。

依頼主の無事を確認したという二つの理由で。

気を失っていたムドレーが目を覚ます。

「俺は一体……」

「よかった。ムドレーさん、また暫く食事してなかったからこうなったんですよ。危うく、俺も簡単には治らない怪我になりそうだったんすから……」

ムドレーが回らない呂律で謝りつつ、呆然として辺りを見回す。

身体中血生臭く、肉片が彼の頭にべったりとくっついていた。

見るに絶えない程残酷な状態の亡骸が散乱し、いずれも鋭い牙で肉を抉り取った跡が複数見受けられる。

ムドレーの瞳は未だ赤く、白目だった場所が黒色に染まっている。

まさに血に飢えた化物の瞳だ。

「まじか……」

全てを把握し、やってしまったと言わんばかりにムドレーが自身の額に手を当てた。

鉄臭いいつもの血の味が口いっぱいに広がる。

化物と形容される彼らの主食は人肉のみ。

それは本能のままに食べたいと衝動を起こし、武器を持って殺人に明け暮れる物もいれば嫌々人を殺めて血肉を口にしたことによって眠っていた化物本来の本能が目覚め、衝動的に食らう物も少なくはない。

ムドレーの場合は後者に当てはまるだろう。

好きでもない肉の味、況してや余程のデメリットがない限り人と友好関係を気付きたいという思想の彼としては衝動というものが邪魔でしかかいのだ。

「悪い。またおかしくなってた」

「ムドレーさんは気にしすぎっすよ。食欲から激しく湧き出る衝動は誰も抑えられないっすから」

インナーを正しく着直したムドレーが隣で喋っているナスタを見ると、彼は笑顔で口元をもごもごさせていた。

聞こえる咀嚼音はチキンのような肉類だろうが、この物騒な環境からして考えられる食品の可能性は一つしかない。

「お前それ、どこの部位だ」

「ん?それは秘密っすよ」

大きく笑ったナスタが、床に小骨を吐き出したのをムドレーはしれっと見ていた。

的確な部位は不明だが、あまりメジャーではない所だろうか。

「あー、やっぱ夜は物騒なことしか考えられない。そんな俺がだるすぎて嫌だ」

「何か物騒なことってありましたっけ?」

「いや。ただ人間から見ればの話だ」

ムドレーは化物の中でも変わっている。

それは人とも手を取り合いながら、化物としても生きていくという二面性を持っているといった意味でだ。

そもそも彼は生まれた時は人だった。

とはいえ、それも今となっては数百年前の事ではあるが。

後天的に化物と化した者はそう多くはない。

人だった嘗ての記憶の有無や今この世で人肉を貪りながら生きているかどうかを視野に入れると尚更だ。

人間だった化物達の九割型は皆精神を病ませ、自らが人でなくなったと認識していくと共に人肉を食べないで灰になって滅びる自殺行為をする。

ムドレーにだって同類だった種族を食するのには抵抗があるし、生死に関わらないのだったら迷わず否と叫べる。

その気持ちは何世紀経とうが変わらないと断言できる。

ただ、彼らのそういったいつまでも生命があげる血に飢えた悲鳴を抗って人を慈しむ気持ちを理解できなかった。

過程はどうあれ、人を食べないとこれ以上生きていけないのなら殺めて食べるしかない。

何故早死までして生命愛護の心を身に付けなければならないのか。

この思考の時点で人という領域から逸脱しているのだろう。

ムドレーは美学という概念に理解を示さなかった。

それ故、今こうして中立を保ちながら生き長らえている。

ここ数十年で富と友を手に入れられたのなら寧ろ生きててよかったと感じられる位に幸せと言える。

例え人を食らおうとも割り切ることが肝心であるなら偏見や根拠のない美学は必要ない。

ただ、この元人間の手で生命を奪ったのならそれ相応の埋葬はしてあげるのみだ。

幾つかの人の死体をナスタと二人で担ぎ、廃教会の裏の土に穴を掘って埋めた。

二人は静かに手を合わせ、後ろを振り向く。

標高の高い山から見える夜景は実に赤く、黒煙と熱波がこちらにも届いていた。

「意外とあっという間だったな」

ムドレーが腰に手を当てて冷え込んだ空気の中呟いた。

「村が……燃えてる?」

「あれ全部デイレス一人で作り上げた血祭りだってさ。こっから見るとただのキャンプファイアだけどな」

村の学校の時計塔が燃えて柱ごと崩れ落ちた。

火の粉は勢いを弱めることなく暴れ狂い、この惨事を起こした当事者のように村を絶望で包む。

戦い一つ無かった村の平和は一瞬にして崩れ去った。

「死神様が!?確かにあのお方なら人間の村一つくらい簡単に潰せそうっすが……人前では教師としての顔もあった筈。素性がバレた訳でもこれといって不都合なことも無さそうなのに一体何故?」

「答えは一つに決まっている」

ムドレーは彼のことを分かりきっていた。

ナスタがきょとんとして彼と目を合わせる。

「人間への復讐だよ。きっと傷心したレイの代わりだと言い訳にして」

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