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化物であり、友人で、守ってくれる商人

「……まあそんな訳で、単刀直入に聞こう。レイは昨夜、デイレスに血を吸われた記憶があるか?」

無言でレイが首を縦に振った。

ワイドパンツの布地を握り締めて。

心臓が変に大きな音をたてる。

この感情も今どこかにいるデイレスに伝わっているのだろうか。

そう考えると不思議と体が熱くなる。

美味しかったとあの顔で言ってくれるなら失血で死ぬまで吸われたって構わない。

それで死ねるのなら最大の幸せとも断言できる。

レイは取り乱しながらも、デイレスとの互いに了承した上で吸血行為を行い、貧血で意識を失っている間に首輪が取り付けられていたと真実をムドレーに話す。

蛇足かもしれないが、その後薬を投与されたことによって回復したというフォローも忘れずに入れて。

同時に秘密を守れなかったことへの罪悪感も生じ、レイはムドレーに気付かれないよう、下唇をぎゅっと噛み締めた。

「傷口は無さそうだが、首元辺りから薬品の匂いがすることもあって確証はついていた。比較的貴重なナリリの葉とニース液を合成した治癒薬か。確かにあれは深い傷口も元通りになる。幸い謎が解けたから本当のことを言ってくれて助かった。まあなんだ、別に強制的じゃなければ俺は何だっていい。その辺は俺がどうこう言う立場でもないからな。とはいえ、あいつの吸血衝動はただでは抑えられないから気を付けろ。無理に牙を抜かせようとすると反って反発して全身噛み跡だらけになるからな。俺は何回かやられた」

レイが顔を上げる。

彼の驚いたようにも見える呆けた表情は安堵の意味でもあった。

ムドレーはデイレスの友人であり、レイの味方。

そんな二人を真っ向から否定などしない。

寧ろそんな偏見を持った自分の方が愚かだった。

ふっ、と儚げに微笑むレイにムドレーが首を傾げる。

「何でもありませんよ」

レイが柔らかな猫っ毛を揺らしてみせた。

脱線した話題を元に戻し、レイは脳内の外から濁流のように流れ込む情報を簡潔にまとめる。

吸血衝動

普通人間なら知りもしない言葉だ。

昨晩はレイは血を大量に吸われたことによって貧血で気を失っていた……とデイレスは言っていた。

そして同時に謝られた。

理性を失くしていた。

気がついた時にはお前が目を閉じてぐったりとしていたと。

確かにあの時のデイレスは人の要素など何処にもありゃしなかった。

血走った赤黒い双眸、容赦のない牙、血生臭い吐息に獲物を押さえ付けるかのように爪を立てたがっしりとした手、そして彼の口から漏れ出る呻くような声。

獣のような唸り声は一生懸命血を啜るからこそ出た音なのだろうが、人間ではないことの大きな証明でもあった。

化物と形容される彼らはまさに人間に化けた物であり、化けの皮を被った何かという抽象的な概念しかない。

姿形が異なれど皆、化物としての本能を理性の裏側に合わせ持っているのだろう。

ムドレーがその事を知っている、過去にデイレスが彼を吸血したことがあるという事実にレイは疑問を覚える。

果たして彼は人間なのかそうでないのか。

吸血衝動というのは人間以外も対象に入るのか。

そんな疑問が頭に過った。

「あの、」

「なんだ」

「直球なんですけど、ムドレーさんってその言い分からして人間ではないのでしょうか?詮索とかではないんですけど……」

レイが目を伏せる。

興味本意だったが悪い質問だったかもしれない。

ムドレーが暫く考え込んだ後、レイに一つ一つ言葉を選んで説明した。

「別に詮索したって構わない。そうだ、俺は人ではない。デイレスと同じ化物の類いに入る。汚い話、容赦なく人は殺せるし、理性を吹き飛ばして血肉にかぶり付きもする。実際今の見た目は人前での張りぼてなだけで本来の姿はレイが見たら恐怖で

卒倒するだろうな」

一体どんな姿なのだろうか。

何故か想像しようとすると、生気というか、意欲が摩耗していく感覚がした。

「因みにムドレーさんのように人の見た目で普段から街や村へ出て働きに出る方々もいるのでしょうか」

「少なくはないが、多くもない。完全に人間を家畜として見下す奴らも一定数いるからな。下等生物の群れで生活するなど虫酸が走るとか言っている奴も居れば人に惹かれてリスペクトの心を持つ奴もいる。ただ、そういう奴らは最終的に人を安易に殺したり食べたりできなくなって短命で化物としての生涯を終える。そう考えればデイレスはかなり珍しいタイプだよ。猟奇的な癖にこうやって人間を可愛がる一面があるからな。それも面倒臭い女みたいに束縛なんかして」

ムドレーの口元が少し笑ったようにみえた。

ティーカップを置いた彼の右手がレイの頭上にぽんと乗った。

突然の彼の行動にレイは豆鉄砲を食らったかのように目を点にする。

「ムドレーさん?」

「あの友人がこんなにも誰かを大切にしていたことがあっただろうか。ならば、俺もレイを身を呈して守らなければな」

逞しい彼の筋肉質な腕と手は、不思議にも包容力があってレイを安心させる。

ムドレーの方が一般的な兄という存在に近しい気がした。

「ムドレーさんって本当に何でも聞いてくれて、教えてくれて、僕にとっての二人目のお兄さんな気がします」

「ん?そうか。だったら俺が長男だな。あいつの立場が上だと何か腹立つ」

「イメージ的にデイレス兄さんが二番目なのは僕も同じですね。比較的年齢が近そう」

そこでどっ、と二人の笑う声が暖色の光に包まれた部屋に響く。

ムドレーの脳裏には嘗ての弟の姿が浮かんだ。

白っぽい髪、似たような顔立ちの、最期に顔を見たのは幾年前のことだったか。

背伸びをしても彼の腰丈程にしか達しない身長で、朝から晩まであのトタン屋根のボロ屋で肩身の狭い毎日を送っていた、けれども幸せだった日々を忘れることはない。

名前は、確か……

「…………」

小さな声で、いやただ口を動かしただけであったが、ムドレーは何かを呟いた。

「ムドレーさん……?」

普段の冷徹な印象は消え、哀愁漂う彼の表情は過去をその大きな背中いっぱいに背負っているようにも見える。

かつて何があったのか、どんな事が起きたのかなどレイは知らないし、知る由もない。

ただ、心中を察しようと努めたまでだ。

「……ああ、悪い。少々考え事をしていた」

「全然問題ありませんよ」

レイがにこりと微笑む。

と、ムドレーがズボンに手を突っ込み、何かを取り出す。

それは、一見なんの変哲もないビー玉のよう。

サイズは片目を覆いつくす程で、意外と大きい。

これといって禍々しいオーラも放っていないし、一体彼はどういう意図があってこれをテーブルに出したのか。

ムドレーが口を開く。

「これ、レイにあげようと思っていた商店の売れ残りだ。簡単に説明すると、このビー玉を介して相手の魔力を可視化する便利道具だ。恐らくここには人でない奴らが暇を潰しにちょっかいかけてくるだろうし、食事の方の人間もここに迷い込むから、それらを見分ける為に渡そうと思ってな。覗いた相手が人間ならシルエットだけが映ってオーラだとか色が付いた光は見えない。反対に人を食う化物なら例え人の外見であろうとその本性の形を型どる」

よく見ると、ビー玉の中に赤色の人魂のような奇っ怪な模様が刻み込まれていた。

裏商売で化物用に売り出していた商品で、馬二頭を超えるぼったくりな値段だ。

ムドレー曰く「世の商人や富豪ならこれくらいの値段、痛くも痒くもない」と腕を組ながら断言していたが、売れなかった事実が変わることはないので果たして値段設定が合っていたのかは甚だ疑問である。

確かに、その値段で相手の正体を暴く狐の窓の効果だけでは売れ行きがいいとは想像がつかない。

そもそも化物と呼ばれる彼らは魔力とやらを感知できるのならこのアイテムを使う必要もないのでは?

おかしいな……と呟くムドレーを前にレイは苦笑いで返した。

「とはいえ、注意点もあるからよく聞け。深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いている……なんていうどこぞの界隈の痛々しい言葉があるが、こいつはまさにそうなる。実際、俺がレイをこいつを使って見た時、レイも覗かれていることに気づく。そういうことだ」

ムドレーが玉を摘まんでレイを覗く。

「……!」

レイが身震いを起こした。

それは見られているという意識的なものとは異なり、ムドレーから常に出されている殺気に満ちたオーラだ。

つまり、このビー玉で対象を覗き見て、相手がそれに気づいた場合嫌でも自らの正体が丸裸になって相手に晒されてしまうというかなり高リスクな代物という訳だ。

ビー玉越しに映る彼の姿は真っ赤な魔力を帯びて、異形な何かを型どっていた。

レイの首筋に冷や汗が一筋流れる。

「……と、いう訳で無闇に使うとその内痛い目に合うから使う時は慎重に、だ」

「はぁ……ムドレーさんの闇のオーラが凄すぎて心臓が押し潰れるかと思いましたよ。それ、僕が貰っても怖くて使えませんって」

「魔力を持たない生命なら覗いても気付かれないから十中八九人間であると判断してからだな。予想が外れたら……三秒ルールだ」

ムドレーが指で三を指し示した。

もしかして以外と雑な性格か……?

レイは心から湧き出た本音を喉から出ないように押し込んだ。

「それと、これもあげる」

ムドレーが取り出したのは、黄ばんだ巻物だ。

真ん中に一文字、「清」の墨で書かれていた。

それ以上にもそれ以下にも情報はない。

何のネタ玩具だろうか。

「えっと、これは……?」

「東洋の怪しい商人から仕入れた巻物だ。一回も使ったことはないが、上に衣類を置くと何故か一瞬にして綺麗になるらしい」

魔力でも幻術でもない、それこそ原理の不明な物体だ。

「でもどうして僕に?」

レイが問うと、ムドレーが彼から見て右側……いくら干しても乾かない昨夜の衣類を親指でぐっと指差した。

「生乾きは、不味い」

その後、レイは血の跡すら消えた純白のシャツに驚きを隠しきれなかったのだった。

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