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可愛い弟には首輪を

血管を突き破る牙は真っ赤に染まり、傷口からどくどくと溢れでる鮮やかな甘いフレーバーは彼の渇いた喉を潤した。

それは美味しいを通り越し、限界値を越える依存性を生み出す。

この吸血衝動は変な横縞な気持ちではない、レイの姿や仕草から自然現象のように沸いてくる爆発の連鎖。

首筋に空いた穴に牙を再度突っ込んで塞ぐようにデイレスの舌が何度も何度も往復して彼の極上の蜜を取り込む。

「ああっ、血っ……吸われてっ!」

ズキズキと広がる痛みはいつしか幸福感に変わって、レイは首から肩へ垂れる一筋のそれを徐に指に掬った。

散った花弁のように赤く流れるそれを求めるデイレスにもまた新たな興奮を覚える。

わざとではないのに不意に漏れる甲高い喘ぎ声。

強い力で捕まれた腕は無理矢理デイレスの口元へ運ばれて付着した血液と共に指を食われる。

触れる舌先、肌に引っ掛かる鋭い犬歯、暖かな血生臭い吐息。

こんなことされたらもう……!

全身から沸き上がる快感は絶頂に達し、彼の体がブルリと震える。

もう一度首筋を必死こいて舐めるデイレスの姿はミルクを欲する猫のようで、その強い欲求は狼のよう。

デイレスからは荒い息と共に時折声にならない血を啜る獣の唸り声がする。

吸血に夢中になるデイレスの様子と鳴り響く心臓の爆音がレイの全身をさらにかき乱す。

突然、霧がかっていく思考回路、二重に重なってぼやけていく視界、遠退いていく意識が彼を阻む。

襲ってくる眠気を前に宝石のような、今にも零れそうな瞳をデイレスに向けて、レイは言葉を暗闇の空虚に落とした。

「僕の全部……吸っちゃってよ」

レイは溺れない水の底無し湖へと沈み、その意識を手放した。

声が消え、舌で何度も傷口を舐め回す死神は暫くして、動きを止めた。

「……!」

正気に返ったデイレスは目を見開く。

デイレスの白目はいつの間にか赤黒く充血していて、人目につかない場所で血肉を貪り、蠢く化物達と同じそれになっていた。

自らの膝の上で気を失ったレイがぐったりとしている。

首筋には二つの痛々しい穴と、シャツに染みた彼の血が全てを物語っていた。

あまりの興奮と衝動で我を失い、吸血し過ぎてレイを貧血状態にさせた。

デイレスは一人、ちっ、と舌打ちをする。

「意識がない……俺の馬鹿が。本能に呑まれて大事なものを手放すつもりか!」

叱責の声に返事をする者は誰もいない。

幸い脈はまだあるようだった。

重度の貧血状態、あと一吸いしていたら失血死していただろう。

死神……それはあくまでも彼の二つ名であって、暗闇から生まれる強い憎悪の塊、闇を纏いそれ以外を嫌うそれらは例えどれだけ理性を持っていようと、人間の体を食らうという食事行為になると本能のままに動く。

デイレスに至ってはレイへの愛と支配欲でアクセルが入り、最早バーサーカーとなっていた。

本能に従う他ないが、レイだけは殺したくない。

彼が冷たくなる前に理性を取り戻さねば。

今宵の反省をデイレスは一人レイをそっと抱えてしていた。

成人仕立ての体に見合わない程大きく空いた二つの傷穴。

そこに棚に陳列された液体状の薬の一つを手にとって垂らす。

教師として生きるために薬学を身に付けたデイレスが調合させて作った治療薬だ。

液体は白煙を上げてあっという間に傷を癒した。

アルコールに近しい独特な臭いが鼻につく。

デイレスは眠ったレイを部屋を出て向かいの部屋のベッドへ移動させる。

机にタンス、レイの趣味である料理の本なども置いた部屋はデイレスが手間暇かけて作った新たな彼の自室だ。

一人部屋にしては十分すぎる程のスペースで、殺風景だったタイル張りの壁や床も上品な柄の壁紙で柔らかなイメージに仕立てた。

血の臭いを消すためにデイレスが薬品を掛け合わせて作った消臭剤を入口にコトリと置かれている。

彼が好きだった縫いぐるみも埃を叩いて角に飾ってある。

レイの部屋には出入口の他にもう一つ扉があって、そこは彼が趣味で料理できるよう物置部屋をキッチンに整備した。

井戸から直接水をシンクに繋げたのでわざわざ教会の外に出なくて済む。

壊れたら早急に直せばいい。

人間に必要なシャワー部屋、トイレとやらも空間を無理矢理広げて作った。

何でもしよう、彼のためなら無理なことだって実現させる。

デイレスはやや満足気に辺りを見回し、腰に手を当てる。

これで一件落着と。

薬で容態が良くなったのか眠るレイの顔色は元気を取り戻し、可愛らしい寝息を静かにたてていた。

デイレスがレイの頬を一度、ぷにっと押してみせる。

レイの頬が異常な程に好きだった。

撫でると温かく、押すと柔らかい。

それは普段の彼そのものを表しているようにも感じる。

「全く……罪な奴め」

伊達眼鏡を外した鋭い眼差しは一瞬だけ優しくなり、デイレスはレイの猫っ毛を一つに縛った髪ゴムをほどいた。

そして傷の消えた彼の首には革製のベルト……黒い首輪が嵌められる。

それは照明に反射して、金具がキラリと目映い光を見せた。

少し雑に扱えばぽっきりと折れてしまいそうな細い首に付けられた直径の大きい緩めの首輪。

なんて可愛らしいのだ。

これで誰のものでもない唯一無二のレイの証明が成される。

二度とこの身から離れないように。

デイレスは取り出した小さな鍵を首輪の鍵穴に差し込んで、レイから外れないようガチャリと鍵を閉めた。

一生の契約の証だ。

彼が何歳になったってずっと側にいてあげよう。

この欲と衝動と牙を貴方だけに向けたい。

寿命というものが二人を引き剥がすならその時は……。

「まだ、その時を考えるのは早いか」

そんなことを呟いて、デイレスは彼の頬にキスをした。

血生臭い残り香を僅かに彼の唇に移して。

しばらく寝かしておこうとデイレスはベッドの天蓋から下がったカーテンを閉じ、照明を消して扉を閉める。

闇夜に対応した死神の瞳は見るも無惨な光景にも無関心で、歩く度にビチャビチャと汚ならしい音がなる。

流石のデイレスもこれには不快感を持った。

「レイもいることだし、そろそろ綺麗にするか……」

床に向けて長く伸びた爪を突き出す。

転がっていた血肉は突如として表れた黒い渦の中へ消えていき異臭も収まる。

今のは単に空間を操った死神お得意の術だった。

ため息を吐きながらデイレスは元いた椅子に腰掛ける。

口内には未だレイの血の残り香がどこかでする。

想像を絶する程とろける味わいは、もう他の死体から取れる血が不味くて飲めなくなる程だった。

ふっ、とおもむろに口角を上げた彼の耳に地上からの靴音が届く。

不安の声、倒れた女神像を見て何かを祈る人の声と階段を降りる規則的な音。

幻影は愚かな人間共の脳を操って死神の元へ寄せ集め、デイレスのとある野望を叶えるための素材となる。

「さて……邪魔者には大人しく消えてもらおう」

大鎌を担ぎ、低く嗤った死神の巣は真っ赤に染まった。

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