大好きな兄は死神だった
少年×死神のBLです。
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「先生……?」
少年レイは弱々しい声色で彼に尋ねた。
少し伸びた柔らかな栗色の髪はゴムで一つに纏められ、灰色の垂れ目は小動物のように左右に素早く視線を動かす。
顎の長さまでのふわりとした彼の揉み上げが微風に揺れ、サイズの緩いサスペンダーが肩からずり落ちていた。
華奢な体は恐怖と不安でさらに縮こまり、背中が丸まっている。
レイが先生と呼ぶ男から呼び出されて来たのは夜の暗闇に包まれた廃れた教会。
大きく掲げられた十字架はとうに錆び、ステンドグラスはひび割れて、血の赤で染められている。
粉々に割れた窓ガラスの奥に血まみれの死体が確認できた。
「っ!」
レイの足がすくみ、金縛りで動かない。
ひゅっ、と息だけの悲鳴が空気に舞っただけではあったが、それでも彼はその様子を見逃さなかった。
「怖いのか?仕方ない、手を繋ごう」
「せ、先生……」
レイの瞳に先生の美貌が映った。
黒髪の艶やかな長さがバラバラの短髪に他に誰一人として持っていないつり目で赤色の双眸。
真面目な丸渕眼鏡にスーツ姿でもかっこよさと優しさは健在だ。
筋肉質でありながらも細身の体格、無意識に引き込まれてしまう謎のオーラ、レイとの関係は彼が通う学校の教師と生徒。しかし本当は五年前から同居するレイの親代わりのような兄的存在で、回りにその事実を知られたくない故、レイは先生とよそよそしく呼んでいる。デイレスは怯える彼に自らの白い左手を差し出す。
レイが彼の左手にゆっくりと手を置くと、デイレスは怖くないと心で伝えるかのようにレイの小さく、もちもちとした手を強く握った。
自分の体はこんなにも火照っているのにその熱を包んで冷ましてくれるようなデイレスの掌の氷のような冷たさ。
困り眉で見つめる彼にレイは目を反らしながらも頬に熱が上がっていく感覚を確かに感じた。
レイはかつて廃れる前の教会に住む一人の孤児だった。
物心ついたときには親という存在はどこにもいない。
教会の神父がレイを養子として迎え入れ、十二まで学校と教会を往き来する日々を送っていたが、彼が十三の時、突然にして親権者は神父からデイレスに変わった。
デイレスは両親の知り合いで、遠く離れた街からレイを遥々迎えにやってきたとの事だったが、顔も似ていないことから血縁関係は感じられないし、その真実は教えてくれない。
デイレスは教師としてこの小さな村の学校教師として少年少女に知識を広めていた。
勿論レイも生徒として在籍していた。
臆病で繊細で人と馴染めないレイを否定することなく、デイレスはいつも彼の隣にいて心のケアをしてくれる。
厳格で、何でも信仰が足りていないからで事を済ますあの神父とは天と地の差だった。
彼はレイにとっての本当の親代わりで、けれども頼れる兄のような存在だ。
それは五年経った今でも、いや今の方がそう思える。
でも、その想いは何時しか顔が赤く染まるような恋心へとなっていた。
何度レイが自分自身に感情を問いても、彼へ対する強い恋心でしかないと心は意志を変えなかった。
男が男に心昂るような感情を持つのはいけないことなのだろう。
誰にも理解されない奇妙で忌々しいことなのだろう。
今までそう言い聞かせて想いを表に出さないよう無理矢理押し込んで閉じ込めていた。
でもそれも年を重ねるごとに心のストッパーは緩んでいき、さりげなく彼に触れる機会が偶然に、必然的に多くなってしまった。
隣に並んでいるときに不意に触れる互いの手の甲。
生々しい吐息。
プライベートのときだけ頭を撫でて褒めてくれる彼の仕草。
デイレスの全てがレイにとって性的興奮の対象となっていたのだ。
公の場では彼を先生と呼び、デイレスの言うことには必ず従った。
根性なしの性格でもそれだけは胸を張って誇ることが出来た。
レイの元々の気質のせいか、そんなレイを気に入らなかったのか陰湿な嫌がらせをする男子の集団もいたが。
ある日の休み時間、そんな彼らの話の一連を机に突っ伏して寝た振りをしたレイが盗み聞きしていた。
「あの先生が夜に廃教会へ向かうのを俺見たんだよ。しかも一人で」
レイは動揺する。
いつも教師として夜遅くまでやることがあると近頃は帰りが遅くなっていたが、彼は夕方には仕事を終わらせて教会へ行った?
何の為に?
しかもかつての自分が住んでいたあの教会に?
「俺も見た!散々俺らにあそこは死神とかいう奴が出て魂を狙われるから絶対に近づくなとか言っている癖にな」
「ひょっとしたら先生が死神なんじゃない?」
「意外とありそうだな。普段全く怒らねえ気味の悪い先生だし」
「ちょっと、本人の前でそれ言っちゃだめでしょ!」
その日も先生を嘲笑う蛆の声が鳴り響く。
死神
それは確かにこの村に実在し、殺戮と血肉を好む化物。
数年前、この村の山の麓にあったセーレ教会を一夜にして乗っ取り、教会に従事していた人々の首を刈り取って血肉を跡形もなく貪り続けた人ではない、化物のことだ。
濃霧で普段は見えない教会は夜中になると忽然と姿を表し、毎晩幾人かが吸い込まれるかのように教会へと足を進める。
そして彼らは皆帰らぬ人となる。
何故人々は自ら教会へ行くという自殺行為を行うのか。
ある日レイが何の気なしにデイレスに聞くと、彼は自棄に淡々とした口調で答えた。
「それは死神が幻術を使って人を騙しているから」らしい。
レイの周りにも家族や親戚が行方不明になった、死神に首を斬られたかもしれないという話がちらほら聞こえた。
そんな極悪非道なことを彼がするだろうか。
死神なんかじゃない!
優しい兄を悪く言わないで!
やがて怪訝な形相で無意識に彼らを睨むレイに野次が飛び、また理不尽な嫌がらせを受ける。
最近でもそれは変わらない。
今日の昼間に卒業式とやらが幕を閉じても彼らからの野次は酷く、五月蝿かった。
でもデイレスは心が凹み、いじめで苦しむレイを見捨てることなく全霊をかけて向き合ってくれる。
大丈夫だ。俺がいる、と。
いつもベッドの角で踞り、傷んだ心に苦しむレイにそう囁いて子供のように抱いてくれる。
夏でも冷たい彼の肌はいつレイの手で撫でても心地がよい。
そんなデイレスのことが大好きだ。
今回そんな彼に学校から直で連れていかれたのはまさかの廃教会だった。
十八歳になったレイは今日で学校を卒業し、それから街に一人立ちして職を探さなくてはいけないのになんて縁起が悪い。
村の人が次々と行方不明になる恐ろしい場所に何か用があるのだろうか。
デイレスと手を握りながら暗い教会の建物へ入る。
砕けたロザリオ、血濡れた十字架、何かに襲われたのか噛み跡がついた死体。
足を進めるとパキパキと床に散乱する小骨が踏み潰される音がする。
聳え立っていた天使の像も真っ二つに砕け、教会の窓からガラスを突き破ってその首が出ていた。
阿鼻叫喚の地獄が今まさにここに存在している。
「これって全部死神の仕業なのかな?」
「……ああ。そうみたいだな」
いつもより素っ気なく、やや粗雑な言葉づかいに恐怖とは別の念を抱く。
こんなところに来て一体何をする?
目的は何なのか。
これらの不安は例え手を繋いでいても消えることはなかった。
正面から見て左奥の地下室へと繋がる階段に誘導される。
真っ暗で片方の空いた手を壁に触れていないと踏み外してしまいそう。
そんな中レイの右手にベチャリと何かが付着した。
間違いない。血肉だ。
声に出さずとも、レイはその顔いっぱいに嫌悪感を示す。
誰かの頭部やバラバラになった四肢が足元に転がっている。
ぐろぐろしい物に対して拒絶反応は起こさずとも、不快感を感じた。
それは怪しい地下室へ向かっていく程増えていく。
何なのだここは。
五つある部屋のうち一番手前で左の部屋から漏れ出る怪しい赤い光。
そこは、かつて信者が隠れてお祈りを行っていた祭壇のあった小さな部屋で、小部屋というよりかは長細い空間だ。
今は迷い込んだ人々を殺す処刑の場として跡形もないが。
広間の入り口でデイレスがふと足を止めた。
「レイ、先に入ってくれ」
レイは怖さのあまり一瞬躊躇ったが、直ぐ様先頭立って最初に入室する。
そこはもう教会とは別世界の空間だった。
敷かれたレッドカーペットの色は元からなのか転がった死体たちが織り成した赤なのか。
壁には大量に陳列されたホルマリン漬けの生物のパーツと異彩を放つ薬の小瓶。
視界を覆い被さるように垂れ下がる血が染みた包帯と骨のコレクション。
頭蓋骨が山となって所々に散乱している。
祭壇には骨が飾り立てられている悪趣味な椅子に血飛沫と同じくらいに散った薔薇の花びら。
華麗さと残酷さが同居した血生臭い部屋をレイは突き進む。
グチャリ。
レイの足元で肉の筋が千切れ、中の液体が飛び散る音だった。
「えっ……」
レイは絶句する。
彼をいじめた男子達の亡骸がそこに転がっていた。
しかも他の死体よりも無惨な状態で。
「先生っ!」
レイがデイレスの方へ振り向き、駆け寄ろうとした瞬間、背後からレイの頬をひやりと触れる何かが彼の身動きを止めた。
デイレスの手だ。
何度も、レイの顔をやさしく撫でる。
いつもと変わらないデイレスの手の感触。
でもその手は何かが違った。
コツリと柔らかな頬に当たる突起。
それは彼の指から鋭く伸びた黒くて獣のような爪だった。
「はははっ......」
突然嗤ったデイレスの低い声はレイを嘲笑っているかのようだ。
そう、そこに今までの彼はいなかった。
代わりに、レイの頬に手を当てた死神が血のように真っ赤な瞳で彼を覗いている。
「死神」
レイが死を悟ったようにその二文字を発する。
心臓を鷲掴みかれるような、生命の終焉を感じるようなオーラが背後から感じられた。