いらっしゃいませお客様!人生最後のお食事は何になさいますか?
眩しい光に囲まれた街、かん高い声で馬鹿笑いで通り過ぎる若者、疲れた顔のサラリーマン、よく分からないティシュを配る女、怪しい看板を手に呼び込む男、そんな奴らに目が合わないようにポッケに手を入れたまま早歩きで目的の路地裏に滑り込むように逃げ込んだ。
さっきまで、煌びやかな光の中にいた為、目を細めゆっくり歩む。
ビルとビルの間を抜け、裏通りに出た。暗い灯りのない建物が続く。
俺の目的の場所は、もうすぐだ。
止めた足を一歩踏み出した時、ふわりと、良い匂いに足を止めてしまった。
鼻をくすぐる、とても美味しそうな良い匂いだ。
何処からだろうと、俺は思わず匂いを追う。
こんな所に居酒屋でもあっただろうかと不思議に思いながら、足がふらふらと一軒の平家の前に。
まるで時代劇から出てきた様な、水車付、茅葺き屋根の家だった。屋根には【食事処ごん】と書かれた看板が有り、障子の引き戸の前にも同じ名前の暖簾が掛かっている。
都会のど真ん中にこれは違和感だらけ。ビルとビルの間に平家だけタイムスリップして来たかのようだった。
グゥと、タイミング良く腹が鳴ったので、変わった所だが少しだけ入ってみる事にした。
障子から温かな光が漏れて、戸口横には【商い中】の板が立てかけてあった。
水車から流れた水が、小さな川の様に平家の前を流れ、そこにとても小さな橋が掛かっていた。
二歩程で橋を渡り、戸を開けると、地下鉄の入口のような形で赤い絨毯と地下へ続く階段が西洋風なランプで照らされていた。
地下一階に降りてみると、これまた西洋風の重々しい木製の扉が。
ゆっくり扉を開くと、レトロなバーがそこにあった。
誰も居ないのかと、店内を見回しながら中に進む。
「いらっしゃいませ」
いきなり声をかけられ、驚いて振り向くと、先程まで誰も居なかったカウンターに金髪金眼の男のバーテンダーがいた。バーテンダーにしては、頭に金の輪や背中に白い羽根を生やしていて妙だ。まるで天使のコスプレをしているかのよう。
そういったコンセプトの店にでも来てしまったのだろうか。
俺の怪訝な視線に気づいたのか、男はニコりと笑みを深めこう言った。
「ようこそ、食事処ゴンへ」