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8 病に倒れようとも、君は(後編)


「リュート、ひとまずの回復おめでとう!」

「ありがとう、マイラには本当にお世話になったね」


 ――辺りが暮れなずみ、夜の帳が下りようとする頃。

 二人の祝宴は穏やかに始まった。


 チン、と軽くグラスを合わせて乾杯をする。リュートの体調を気遣って、グラスの中身はノンアルコールの果実水だ。

 こくりと一口飲んでから、マイラは軽い調子で手を振って笑い飛ばす。


「全然気にしないで。本当に大したことしてないし。むしろ、この前の恩返しを少しでもできて良かった」

「それこそマイラが気にすることじゃないよ。あれは僕が勝手に……」


 言いかけて、「これじゃお互いキリがないか」とリュートは明るく笑った。

 その笑みがまた見られるようになったことが本当に嬉しくて、マイラは今まで信じていなかった神に初めて感謝を捧げる。




「セラももう問題ないって言ってくれたし、ひと安心だね。リュートほど酷い症状になるのは、大人でも(まれ)なんだって。後遺症もなく回復できてのは、本当に幸運なことみたいだよ」

「そうだね、マイラが付きっきりで助けてくれたおかげだよ。ただ、勇者だった頃の力が戻って来るのかはわからないけど……」

「別に、戻らなくても良いんじゃない? 魔王はもう居ないんだし」


 あっさりとマイラは言い放った。


 こんなことを言っているが、実際のところリュートの魔力量は既にメキメキと回復してきている。体力が戻るのも、もう時間の問題だろう。


 ――でも、そんなことはどうだって良い。


「もう、勇者じゃなくても良いんだよ。私は、リュートが居てくれるだけで嬉しい」

「……うん、ありがと」


 驚いたように少し目を見開いてから、リュートはふわりと笑む。そして、手を伸ばすとマイラの髪をくしゃりと撫でた。


「っ!」


 あっという間にマイラの頬に熱が昇っていく。




 ――(やまい)で心細くなったのだろうか。療養中から、いつの間にかリュートは今までにないほどにマイラとの距離を縮めていた。

 ふとした瞬間に頭を撫でたり、頬に触れたり。その優しい手つきに触れられると、それだけでマイラの胸は痛いほどに高鳴ってしまう。


 ……そして、そんな時の彼の眼差しと言ったら!

 その視線の熱はマイラを(とろ)かしてしまいそうなほどに熱く、そして扇情的であった。

 目を合わせただけで、マイラの身体は勝手に熱くなっていく。そんな自分が恥ずかしくて、居た堪れない気持ちに逃げ出したくなる。


 ――どうして、そんな目で私を見るのだろう。

 その答えを聞くこともできず、マイラは熱くなった頬を隠すように俯くことしかできない。その熱のこもった視線に焼かれるだけで、恋心はどこまでも暴走しそうになってしまう。


 少しギクシャクとした空気の中で、マイラはこれからの予定や誰にリュートの回復を知らせるべきかなどの話を始めた。

 もう既に話した内容も多かったが、今まで通りの会話をすることに必死な彼女に気にする余裕はない。行き当たりばったりでなんとか話題を繋げていく。


 そうして懸命に沈黙を埋めても、ふとした瞬間に話は途切れてしまう。その何度目かの気まずい静寂の中で、リュートはぽつりと呟いた。


「そうか……今日は星夜の日か」

「あっ、うん、そだねっ」


 不自然なくらい明るいマイラの相槌が、微妙な空気の中で空回りをした。そしてもう一度訪れる、相手の出方を窺うような静寂。




 今年は告白しない、と果たして彼に言うべきなのだろうか。迷うマイラが口を開くよりも先に、リュートが真面目な顔で切り出す。


「実は……マイラに聞いてほしいことがあるんだ」

「聞いてほしいこと?」


 その緊張に強張った声に、つられてマイラの身体も硬くなった。

「ああ。僕がずっと言えなかった……大事な話」


 真剣な口調でそう頷き、リュートはテーブル越しにそっとマイラの手を握り締めた。


「……!?!?!?」


 戸惑うマイラの反応も気にかけず、リュートは更にそのまま指まで絡め始める。

 しかし彼に巫山戯ふざけている様子はなくて、むしろ至って真面目で……そして不安に押し潰されそうな弱々しい表情を浮かべていた。


 だからマイラは何も言えなくて。ただ大人しく口を噤んで、その後に続く彼の言葉を待つ。

 しばらくの間リュートは、俯き加減でそうして繋いだ手を握ったり開いたりしていた。


 マイラよりふた周りくらい大きな、リュートの手。

 病気の所為で少し骨ばった感触になってしまったけれど、マイラに与えてくれる安心感とドキドキはいつまでも変わらない。


 やがて、リュートは覚悟を決めたようにその手をギュッと握り、口を開いた。


「君も知っての通り、僕は違う世界からやって来た。文化も違う、歴史も違う、そもそもの世界のルールさえも違う……そんな何もかもが異なる世界から」

「うん……そうだね」


 何を言うつもりなのか見えぬまま、マイラは小さく頷く。少しだけ身体を起こすと、リュートは何気ない口調で続けた。


「僕の世界も春夏秋冬の季節があって、一年の月日が流れて、歳を取っていく――君たちの世界と同じだ。……ねぇ、マイナ。この世界の一年って何日あるんだっけ?」

「? 四つの季節がそれぞれ三十日、全部で百二十日だけど……」


 あまりに当然のその答えを。しかし、それを耳にしたリュートは助けを求めるようにマイナの手に(すが)りつく。




 ――リュートの躊躇(ためら)いは、それほど長くはなかった。やがて覚悟を決めた顔でまっすぐにマイラに向き合った彼は、静かに告げる。


「僕の世界ではね、一年はおよそ三百六十日あるんだ。君たちは……()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」


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