7 病に倒れようとも、君は(中編)
それからしばらく、リュートの看病に明け暮れる日々が続いた。
彼の意識は、なかなか戻らなかった。
乾いた唇に水差しを咥えさせ、身体を綺麗に拭き清め(これが一番慣れるまでに時間が掛かった)、回復魔術で体力を補う……挫けそうな気持ちを奮い立たせ、マイラは甲斐甲斐しく看病を続けた。
返事がないのはわかっていたが、その間は彼との思い出話や仲間の近況を話すように心掛けた。少しでも彼の意識の戻るきっかけになればと、藁にも縋る想いだった。
――三日経っても、彼の意識は戻らなかった。熱も、いつまでも高いままだった。
五日経った。十日経った。
一向に進展を見せない彼の病状に、マイラも胸も潰れそうだった。
――そして更に時が過ぎ……、十二日目の朝。
「ぅ……」
「っ、リュート!」
彼はようやく、目を覚ましたのだった。
それからも、リュートの症状は一進一退の状態が長引いた。
熱はなかなか下がらず、せっかく食べたものを戻してしまうこともしばしば。節々が腫れる所為で指先に力が入らず、スプーンを持つことすら儘ならない日々が続いた。
……それでも。
リュートは諦めなかった。決して心折れなかった。
食欲がなくても、体力をつけるために必死で栄養を咀嚼した。
何度床に落としても、スプーンやペンを持って指先の感覚を取り戻そうと訓練を続けた。
そして、やがて杖を使って歩けるくらいまで回復してからは、脂汗が滲むまで歯を食いしばってリハビリに臨んだ。
――ああ、そうだ。彼はこういう頑張りができる人だった。
看病をしながら、散歩の付き添いをしながら。マイラはその姿を見守りつつ、泣きそうなくらい懐かしい感覚に浸っていた。
確かにリュートは才能に恵まれ、英雄として選ばれた人間ではあったけれど。でも、その力の使い方を最初から身につけていた訳ではなかった。その裏には彼の並々ならぬ努力が、献身があった。
まだ年若い彼の身体に背負わせた勝手な使命、世界の命運……それでも彼は腐ることなく鍛錬を重ね、やがて魔王を討ち滅ぼす偉業を成し遂げた。
マイラはそんな彼の姿に惹かれて、恋に落ちたのだ。そのひたむきな性格は今もなお、眩いほどにリュートを輝かせていた。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
そうして彼の看護に明け暮れているうちに、いつの間にか季節は随分と過ぎ去っていた。
リュートが倒れた頃にはまだ青々と繁っていた葉も赤や黄色に紅葉し、そしてはらはらと地面に落ちて美しい文様を描き始める。
吹き抜ける旋風も冬の気配を漂わせ、人々に冬支度を急かす。……そろそろ霜が降り始めてもおかしくはない。そんなひんやりとした空気に包まれるようになった頃。
(……ああ、今日は星夜祭の日だ)
ふと、マイラは気がついた。リュートの体調もだいぶ回復してきて、明日ここを発とうと決めた日のことである。
その前にささやかな祝宴でも、と食卓をととのえていたマイラは、そのことに気づいて少しの間手を止める。
(今年は……告白はやめておこう)
小さく笑って、首を振った。毎年の恒例行事ではあるが、今回はいささかタイミングが悪い。
この看病は、告白を受け入れてもらう目的でしたことではないのだ。負い目に感じてほしくはない。
マイラには特別なことをした意識はない。きっとかつての仲間が同じ状況に陥っても、彼女は同じだけのことをするだろう。
(まぁ、私にとっては役得だったし、ね)
お粥を食べさせてあげるのも身を寄せ合っての歩行訓練も、看病としてしている時は必死でそんな余裕はなかったが、今振り返れば良い思い出だ。この思い出だけで、これからの一年を十分に頑張れる。
そんな回想に浸りながら窓の外へと目をやった。
沈みゆく夕陽は、晴れ晴れとした気持ちと呼応するかのように木立を黄金色に美しく輝かせている……。